俺はリストを指さしながら言う。

「ミーナはこの中にいる。ミーナがなぜ見つけてみて、と言ったのか。それは、美化委員会の中に西野がいるのを知ったからだと思う。ミーナは西野に気づいていた、だから見つけてって言ったんだ」

「自分から言わないのは、やっぱり西野が言った通りなのかな」

 南は残りのポテトの残りを名残惜しそうに食べている。

「多分な。もしくは、西野自身が現実世界とVRを分けて考えてるかもしれないから、その判断を西野に委ねたのかもしれない。西野がミーナである自分を見つけるくらいなら、きっと現実世界でも交流を持っても大丈夫だろうからな」

「理屈はいいよ。それで誰なんだ、ミーナは」西野が焦れたように言う。

「順を追って、説明するから焦るな。この中からミーナを特定する方法は一つしかない」

「なんだよ」西野が焦らすな、と不満げだ。

「名前だ」

「名前?」

「ミーナは言ってたんだろ?アバターの名前を気に入っていると、逆に自分の名前は好きじゃないと」西野は頷いている。

「好きじゃない自分の名前は、現実での自分の名前のことなんだろう。つまり、本人は、外見と名前が合ってないことが気に入らないんだろう。この中でそれに当てはまりそうな女子は、一人」

 西野が「誰」といい、南は真剣な顔でリストを見ている。

「大和撫子さんだ」

「撫子が不満ってことか?」西野はわかっていないようで、不思議そうだ。

「いや、名前と外見、つまり容姿が合ってないことが不満なんだ。大和撫子、女性を表す時は、大抵美人な人とかに使う言葉だ。大和さんからしたら、その名前は自分には分相応だと感じているのかもしれない」

「東田の言う通り、大和は自分の名前が好きじゃない」

 南は同意してくれる。幼馴染だから、その辺りの事情にも詳しいのだろう。

「だから、バーチャルの世界で可愛いアバターを作って、可愛い名前をつけた」

 公園で見た大和は不細工というわけではなかった。でも、地味な印象の女の子で、美人特有の雰囲気は感じなかった。しかも、南という幼馴染が近くにいた。

 南は学校でも一、二を争うくらいにカッコいい男子と言える。バレンタインの時期にいくつもチョコを送られるような男だ。そんな男子と幼馴染として、横に並んだ時、名前に比べて、自分の容姿について考えて、分相応だと思うのかもしれない。

「ミーナ、いや大和さんは、理想の自分をVRChatでつくり上げたってことか」

 西野は感心するように言う。

「ミーナの言うことを信じるならな。VRと現実、それぞれ共通の内容にあっているのは、大和さんしかいない、俺はそう思う」

「いや、俺も東田の意見に賛成だよ」西野は興奮した様子だ。「南もそう思うよな」

「うん。東田はやっぱり凄いよ」南は賞賛の拍手をくれる。

「落ち着け。まだ確定とはいえないから、ミーナにちゃんと確認してみろ。勿論、VRの世界でな」

「わかってるって」西野はいてもたってもいられない様子だ。「悪いけど、俺、先に帰っていいか?ミーナに会いたい」

 俺と南は顔を合わせて、呆れたように息をつく。

「いいよ」「行ってこい」俺と南が言うのを聞いて、西野は素早く身支度を整え、財布から取り出した千円を置いて、席を立った。

「釣りはいらない。二人共サンキューな」

 西野は早歩きで店を出て行った。

「行動が早いよな」南は席を立って、俺の向かい側に座った。「俺たちも帰るか?」

「いや、帰らない」俺は南に向かって言う。「これで本当に良かったのか?」

「なにが?」

「惚けるな。本当のミーナはお前だろう。南」

 南は鼻で笑い、なにか言おうとしたが、俺の表情を見て、察したのだろう。口を閉じて、一瞬考えてから言う。

「おかわり取ってくる」

 南はそう言い、俺のグラスも持ってドリンクバーに向かった。


 ドリンクを持って戻った南は複雑そうな顔をしていた。なにを言えばいいのかわからない。そういう顔だった。

「俺は別に南を追い詰めたいわけじゃない。まず、俺が考えたことを聞いてくれるか」

 南は静かに頷いた。

「西野には悪いが、俺はずっとミーナは男性だと思っていた」

「なんで?」南は少し驚いた様子だ。

「西野に、ミーナの動画を見せて貰ったことがある。見た後に気づいたが、ミーナがおかしな動きをしていた」

「おかしな動き?」

「その動画では、学校終わりだというミーナが制服を脱いでいた。当然、アバターの動きだからなにかを脱いでいる挙動しかわからない。だけど、シャツの脱ぎ方がおかしかった。ミーナは女性のはずだ、それなのにシャツの脱ぎ方は、男性用のシャツの脱ぎ方だった」

 動画の中のミーナは恥ずかしいといいながら、先に左手からシャツを脱いでいた。普段の俺と同じだ。

「前に姉さんのシャツを間違って着たことがあってな。そん時に、ボタンが逆なことを知ったよ」

「西野の奴、勝手に動画撮りやがって」南は天を仰いでいる。「先にフルトラ機器つけるんじゃなかったな」

「なんで着替える前につけたんだ」

「早く遊びたかったんだよ」南は笑う。枕言葉に「西野と」、なんて言葉が隠されてる気がした。

「やっぱり、ミーナは南なのか」

「そうだよ」案外、アッサリと南は認めた。さっきまでのは、演技だったことになる。演技が上手すぎる奴だ。

「俺に隠すつもりはなかったってことか」

「いや、指摘されなかったら言うつもりはなかった。でも、東田なら、ちゃんとした根拠の上で見抜いてくる。そう思ってた」南は自嘲気味に笑う。嫌な笑い方だ。

「見抜けると思ってたってことか」

「うん。想像より早かったけど」

「なんで」

「待った」俺が訊く前に南が止めてくる。

「今度は僕が訊く番。ミーナは西野のボイチェン疑惑を晴らす為に、スマートフォンで通話をした。西野はその声を聞いて、ミーナは女性であると確証を持ったんだ。これをどう説明する?」南は挑戦するような聞き方だ。

「そこは正直曖昧だな。ただ、俺は単純にそういう技能なんだと思ってる。西野にVRChatの話を聞いてから、調べたんだ。ボイチェンを使わなくても、女性の声を出す人達のことを両声類と呼んでいるってな。ミーナ、いや南も多分それなんだろう」

「東田は凄いな」南はそう言って、俺にイヤホンを向けてくる。イヤホンはスマートフォンに繋がれている。聞け、ということらしい。

 片耳だけイヤホンに挿して待っていると、女性の、前に聞いたミーナの声が聞こえた。驚いて、南の顔を見ると笑っている。

「ミーナの声を出す為の練習してた時のやつ。練習中でも十分、女性っぽいだろ?」

「これはミーナだ。凄すぎる」

 お世辞でもなく、賞賛に値する。これを技能としてやってのけるのは凄いとしか言いようがない。

「普段はボイチェンも併用してるけど、なくても短い間ならなんとかなる。西野も騙せたし。それでも、よく僕だってわかったよ」

「西野から、南はミーナじゃないかって相談されてた。その時は違うって言ったけど、シャツの件で、もしかしたら、っていうのはあった。確信を得たのはさっきだけどな」

「さっき?」

「美化委員のプリントを見て、ピンときた。南は『信長』っていう名前が好きではないんじゃないかって。ミーナという可愛らしい女性アバターになりたい南と、織田信長を連想させる名前では、真逆だ。男らしさの象徴のような名前が、南は嫌だった」

「そうだよ」南は諦めたように言う。「昔から、自分が男性であることに抵抗を感じてた。幼いながらに親に相談したのが、正解だった。二人共、僕の考えを理解しようとしてくれて、色々考えてくれた。その内の一つが、VRChatだった。僕が僕らしくなくていい世界があるって知った。僕の理想の姿で、もう一人の自分として生きる。それが僕にとって、どれだけ救いになったか」

 以前、西野とミーナはどうやってフルトラッキングの機材を揃えているか、そんな話をした。西野の両親が買ってくれたは、見事正解だったわけだ。

「なんで、『見つけてみて』、なんて言ったんだ」

 南に遮られて、聞けなかったことを訊く。

「バレるのは時間の問題だと思った。西野が僕のことを怪しんでることも知ってたし、その内、ボロが出てしまう気がした。だから、別の誰かをミーナとすることで、僕への追求から逃れようとしたんだ。それに、東田ならミーナの存在を見抜いた上で、僕の考えを否定しないと思った。結果は想像以上だった」

 俺はドリンクを飲みながら、「やっぱりな」と思っていた。南、いやミーナの意図はこれだったのだ。

「俺が大和さんがミーナだって言ってなかったら、どうするつもりだったんだ」

「東田なら、俺を守るように動くって信じてたから、考えてない」南は飄々と言い放つ。

「なんで、そんなに俺を信じられる」

 理由はなんとなくわかっている、それでも聞かずにはいられなかった。

「東田のお姉さんが同性愛者だから」

 俺は息を吐いた。南の言う通り、俺の姉である光は同性愛者で、秋名唯香とパートナーとなっている。姉さんは大学生の頃、俺や両親にそのことをカミングアウトし、唯香と付き合っていることを明かした。両親も俺も動揺したが、最終的に二人を認め、尊重することにした。二人は社会人になる頃、パートナーとして、一緒に住み、共に生活を始めた。以前、姉さんたちと俺たちがたまたま出会ったことがあり、その流れで南や西野に話したことがあった。南はそれを覚えていたのだ。

「東田がお姉さんを大切に思っていたのは知ってる。身内にそういう人がいたら、偏見がないようにしたり、守ろうとすると思ったんだ。だから、僕としては東田に見抜かれた方が、却って都合が良かった。きっと、ミーナが大和だという流れに誘導してくれる、そう思ったから」

「俺は南の手のひらの上だったのか」

「そうなったらいいな、ぐらいの気持ちだ。保険もかけてたし」

「大和さんか」

「そう。大和には西野から訊かれたら、ミーナだと答えて欲しいってお願いしてた。それと、僕が疑われた場合は、大和から西野に言いに行く予定だった」

「よく許可したな。そんな身代わり」

「大和からの条件を呑んだ。内容は秘密」

 秘密、と言っても想像は容易い。恐らく、こないだ翔子と二人を見かけた時もその話をしてたのではないか。あの時の大和は普段の姿からすれば、全く違う雰囲気だった。あの服装は、大和が南を好きだからしていた、そう考えるのが自然だ。容姿に自信のない大和が、南と対等になろうと努力をしている。そんな印象だった。翔子も的を得たことを言っていた。「あんなに格好いい幼馴染がいたら、好きになってしまう」と。身代わりという条件つきの恋は偽物だと思うが。

「西野のことは好きなのか?」

「好きだよ。今までの人生で一番。隠し通すけどね」

 南は笑った。今日一番の笑顔で悲しいことを言う。

「西野はさ、僕がミーナだったらで、なにか言ってた?」

 一瞬躊躇してから答える。

「いや、なにも」

 俺が躊躇したことで、南に伝わってしまっただろうか。 

 なにも、というのは嘘だ。西野は、「普通に」、「女の子ことが好きだしさ」と言っていた。これを聞いて時、真っ先に思い浮かんだのは、「じゃあ、俺の姉や義姉さんは異常なのか」だった。勿論、西野がそういう意図があって言ったことではないことはわかっている。でも、無意識の内に、西野には普通という言葉が刷り込まれている。それがわかったから、あの時、悲しい気持ちになったのだ。 

 姉が実家にいる時、叫んでいるのを聞いたことがある。

「『わたしたち、そういうの偏見ないから』とかいう奴等が一番私たちを差別してる!偏見なんてないの当たり前なんだよ。私たちの普通はこれなんだよ。私たちは間違っているわけじゃない。個性なんだよ!」

 それからしばらく姉は、部屋に籠りきりだった。そんな時、初めて唯香はウチを訪ねてきた。姉がカミングアウトしたのは、そのすぐ後だ。

「これからも、ミーナとして西野に会うのか?」

「ああ。西野がVRの世界に飽きるまではさ、夢をみたい」

 南は遠くを見つめるように言う。

「西野は現実でミーナ、大和さんに会うつもりだけど、どうするんだ」

「大和には、プライベートとVRは分けたいとか、現実では彼氏がいるとか、適当に躱して貰う。西野には悪いけど、現実にミーナはいないんだ」

「周到だな」

 根回しが完璧なのが、南らしい。南が「あのさ」と前置きして話し始める。

「僕たちみたいな、性的マイノリティの人間はさ、恋愛も堂々できない。特に高校なんて、限られた人間関係の世界で、それを明かしてしまったら、どんな謂れがあるかもわからない。だから必要だったんだよ。僕にはもう一人の自分が。ありのままを晒せる、自分の好きを肯定して貰えるような、そんな自分が。ミーナはさ、僕が恋愛する為のアバターなんだ」

「恋愛する為の、か」

「おかしな話だよな。恋愛する為に、別人格が必要だなんて」

「おかしいのは南じゃない」

 俺は心の底からの言葉を南に伝えた。

「ありがとう」

 南は笑っている。この友人の笑顔がこれから先も、曇りなく晴れやかであることを俺は祈った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

恋愛アバター Nanatu772 @Nanatu-772

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る