西野の様子がおかしい。ため息が多く、元気がないように見える。かといって、沈んでいるわけではなく、時折周囲を見回して、また、ため息を吐いている。

 土日にかけて、なにかがあったのは明白だったが、訊くこともしなかった。ただ、南は普段通りで、様子のおかしい西野を見て「なんか変じゃないアイツ?」と俺に訊いてきた。

 昼休みになったら、話すだろうと考えていたが、西野は購買に行ったきり、教室には戻ってこなかった。南と二人で昼食を食べ、一体アイツはどこに行ったのかと話して、昼休みは終わった。午後の授業には、なに食わぬ顔で西野は参加していて、昼にどこに行ったのかは不明のままだった。西野から言ってくるだろうと、思っていると、放課後、案の定西野が南を引き連れて、俺の席まで来た。

「東田作戦会議だ」西野は気合いに満ちた様子でこちらを見ている。

「はぁ?」

 ちらりと南を見ると、肩をすくめて首を振っている。なんの作戦会議かは、南も知らないらしい。

「詳しいことは会議場所に行きながら、説明する」

 西野は真剣な表情で教室を出て行った。俺はまだ行くとは言っていないのに。

「南、アイツなにがあったんだ」

 西野が出て行ったのを南も見送り、俺の机の横に立っている。

「さぁ。僕のところにも同じ誘い方してきたから、意味不明」南は呆れた顔で笑っている。

「おい、お前ら早く行くぞ」

 西野が教室の戸から、俺たちを呼ぶ。後ろにいないことに気づいたらしい。こうなったら、西野は止まらないだろう。俺は鞄を背負って、席を立った。


 会議場所、が一体どこなのかと思ったら、ファミレスだった。高校から徒歩十五分ほどの場所にある。近所なだけあって、同じ高校の制服がちらほら見える。

 三人共、ドリンクバーを頼んだ後、俺と南はシェアするつもりでフライドポテトを頼み、西野だけスパゲッティを頼んでいた。

「昼食べたばっかりで、スパゲッティなんか入るのか」俺が言うと、西野は頷く。

「作戦会議について考えすぎて昼飯抜いたんだ」

「それで、作戦会議ってなんだよ」

「まぁまぁ、まずは飲み物でも持ってこようや」

 西野の言葉に、俺と南は頷き、各々交代でドリンクを持ってくる。一気に三人で行くと迷惑なので、一人と二人に別れて行く。全員のドリンクが揃った時、西野は俺たち二人を交互に見て言う。

「今日は集まってくれてありがとう。集まった理由は他でもない。ミーナのことだ」

 西野が南を見て、頭を下げた。

「まずは最初に。すまん、南。俺は正直、お前がミーナじゃないかって疑ってた」

 俺は驚いた。南への疑惑が晴れたらしいこと、それを本人に伝えたことにだ。言われた当の本人は呆れたように笑っていた。

「西野の様子が変だったのはそういうことか。なんか、ずっとよそよそしいから、なにかと思ってた」南は肩をすくめている。怒るよりもホッとしているみたいだった。

「いや、本当にごめん。なんか色々似てたんだよ」西野は手を合わせて、頭を下げている。

「いいけどさ。それで、ミーナって子がなんだって?」

 南は気にした様子もなく、西野に言う。西野はもう一度だけ、「悪かった」と南に謝ってから、本題に入る。

「昨日、ミーナと話したんだ。その時、ミーナに言われた」西野は俺たちの顔を交互に見る。

「私のこと、見つけてみてよって」

「見つける?」俺は思わず訊いた。どういう意味なのか、真意がわからない。西野は神妙な顔で頷く。

「だから俺は思うんだ、ミーナは間違いなく俺の近くにいる」

「近くにねぇ」俺は本当か?と思う。なんだか、西野の言葉をいつも疑っている気がする。

「とりあえず、俺の昼飯を抜いて、考えた仮説を聞いてくれ」

 西野が自信ありげに言うのと同時に注文した料理が運ばれる。店員が置き終わるのを待って、西野が話し始めようとする。

「いや」西野は目の前のスパゲッティを眺めてから、

「これ食べてからでもいい?」と言い、俺と南はため息を吐いて、食べろと促した。

「見つけろって、どう意味だろうな」俺は隣の南に訊く。

「ふぃふけてな」西野はスパゲッティを頬張りながら言う。

「いいから、食べてろ。俺たちは勝手に話してるから」

「ふぁい」西野はまたスパゲッティに視線を戻す。

「単純に考えたら、西野の知り合いってことだよね」南はポテトつまみながら言う。

「そうなんだけど、そもそも見つけての意味がわからない」

「そのままの意味じゃなくて?」南は次のポテトに手を伸ばす。

「VRChatで交流のある人間が、現実世界の自分を見つけてって言うか?」

「それはそっか」俺もポテトをつまんでケチャップをつける。

「意図がわからない」

 もし、ミーナが西野に会いたいなら、時間と場所を指定して会えばいい。それをせずに、自分が身近にいることを匂わせるようなことを伝えてきた。ミーナは一体どういうつもりなのだろうか。

「だから、その仮説を俺が説明するって」

 西野は凄まじい速さで、スパゲッティを平らげていた。余程腹が減っていたのだろう。俺は西野にどうぞと、手を向けると、自信満々に話し始めた。

「ミーナはさ、恥ずがしがりやなんだと思うんだ。勿論、VR上ではフランクで皆の人気者だ。でも、現実世界ではそうじゃない。シャイだから、自分から俺に会いに来ることはできない。だから、俺に見つけて貰おうと思ったんだよ」

 西野はどうだ、と言わんばかりの顔だ。

「恥ずかしいけど会いたいってこと?」

 南は困惑している。不思議と俺は困惑していなかった、これが西野である。

「そう。だから、こんな回りくどいやり方で、俺に伝えてきた」

 南は俺を見ている。その目は「どう思う?」と聞いてきている。

「見つけてって、どういう脈絡で言われたんだ?」

「脈絡はなかったな。俺に言っておきたいことがあるって言われて、その後に見つけてって言われた」

 俺は余計にわからなくなった。

「わざわざ、西野に見つけてって言うことは、やっぱり西野の言う通りなんじゃない?」

 南は西野の説を推すらしい。

「そうだな」俺は一応、肯定したが納得はいっていなかった。

「そういえば、なんで南はミーナじゃないと思ったんだ?」

「そうだ、その話をしてなかった」

 西野はミーナにボイチェンのことを訊いたこと、スマートフォンで通話したことを教えてくれた。

「ボイチェン使ってないなら、女の子確定だ。あんな可愛い声で、女子じゃないわけがない」

「スマホの音声とVRChatの声に違いはなかったのか」

「なかった。これは保障する」西野は自信があるらしい。これだけ自信があるのなら、そうなのだろう。

「それで、ミーナに心当たりはあるのか」

「ある。仮説はまだ終わりじゃないんだ。俺がもしミーナに会えるとしたら、バイト先か学校のどちらかだ。でも、バイト先はあり得ない。ウチのバイト先、女子高生がいないからな。となれば、学校だけ」

 西野はそこで言葉を切った。俺たちは続きを待ったが、西野はなにもいわない。

「続きは?」南が焦れて言うと、西野は首を振った。

「仮説はここまで」

 俺と南は目が合い、お互い肩を落とす。それでは、全校生徒が範囲じゃないか。呆れた二人を見て、西野が言う。

「だから、二人を呼んだんだよ。いったろ、作戦会議だって。題して、ミーナを見つけろ大作戦」

「ミーナは、西野に見つけてっていったんじゃないのか?」

「それは言われると弱い。でも、見つからなかったら意味ないし」

 西野はいじけたようにポテトに手を伸ばす。ポテトの支払いは三等分にしよう。

「全校生徒の中で一人を見つけろってのは、無茶じゃないか」

 ウチの高校は各学年四クラスで、一クラス四十人くらいだ。半分は女子と考えれば、二百四十人はいることになる。

「東田、よく考えてみ。見つけてってことは、俺がちゃんと見つけられる人間ってこと。つまり、クラスの中にいるはず」

「クラスの女子なら、声でわかるだろ」

「地声は違うっていってたから、多分わからない」

「多分じゃねーか」

 俺は思わず溜め息が出る。この不毛な人探しを考え続ける気は全くなかった。あまりにもヒントが少なすぎる。

「西野はミーナに会いたいのか?」

「会いたいさ」

「ミーナがどうあれ、現実では西野が思うような人ではないかもしれないぞ」

 西野は複雑な顔をしている。

「わかってる。でも会ってみたいよ。どんな子でもミーナはミーナだ」

 西野はいつになく格好いい顔になっている。最近の西野は真剣だ。ミーナが絡むとそうなるらしい。

「なにより、ミーナとは現実でもお砂糖関係になれるかもしれないんだぜ。そりゃあ、会いたいだろ!」

 俺の感心した気持ちを返して欲しい。

「ミーナはさ、ヒントみたいなの残してないの?」

 南は考えてみるらしい。今の西野を見て、考えるつもりになるのは優しさとしか言いようがない。

「ないな」

 西野の発言に俺と南は二人ともうんざりした顔になる。

「頼むよ。二人はさ、俺より頭がいいから、絶対なにか気づけると思うんだ」

「あまりにも他力本願」俺が言うと、

「あまりにも荒唐無稽」南も同調してくれる。

 西野は返す言葉もないようで、押し黙ってしまった。

「ミーナとは普段どんな話をしてるんだ」

 なんだか哀れになって訊くと、西野が食いついた。

「考えてくれるのか!」感情表現が豊かな奴だ。

「考えるって言ってもな」俺は頭をかく。「話を聞いてみて、気づいたことがあれば言う、その程度だ。とりあえず話してくれ」

 西野は二、三回頷いた。俺が取り組む姿勢になったのが嬉しいらしい。

「ミーナとは、なに話してたかな。俺もミーナも海外サッカーが好きだから、どのチームが強いとか、どの選手が凄いとか。あとは、学校生活のことか、数学が苦手とか、歴史なんて興味ないとか」

 なに気ない日常の話、この調子で話を聞いてると日が暮れそうだ。

「わかった。ミーナについて教えてくれ」

「ミーナか」西野はまたしても考え込む。「うーん。都内に住む女子高生で、現実では人付き合いが苦手だから、せめてネットの友達が欲しくて、VRChatを始めたとか。趣味は、海外サッカー見たり、話題の動画見たり、ソーシャルゲームも好きだって言ってたな。外見のアバターは結構気に入ってて、ミーナって名前もアバターに合ういい名前を付けれたって、嬉しそうだった。自分の名前が好きじゃないから、VRChatみたいに外見にあった名前を現実でも付けれればいいのにって、嘆いてた」

 西野は「それぐらいか、いやちょっと待って」と考え込む。多分、これ以上は大した情報は出ないだろう。特段、気になることはない。強いて言えば名前の話ぐらいだ。

「そういえば、海外サッカー好きか訊いてきたのは、ミーナからだった」

「ミーナから?」

「そうそう。女の子で海外サッカー好きな子は珍しいな、と思ったからよく覚えてる」

「男でも頻繁にいるわけでもない」俺は言ってから、質問を思いつく。

「ミーナは、海外サッカーが好きか、訊いてきたんだよな?」

「そう、国内でもなくプレミアが好きかって」

「俺が気になってるのは、そこじゃない」

「なにが気になるんだ?」西野は不思議そうに言う。

「普通そういう時は、サッカーが好きか訊かないか?その後で、主にどのチームを見てるのか、国内か海外か、そういう話になるはず。それなのに、いきなり海外サッカーが好きか訊いてきた」

「言われてみれば、そうだな」

「もしかして、西野が海外サッカーを好きなのを事前に知ってた?」

「俺はそう思う」西野と南は感心したように頷く。「問題はどこで知ったか」

「VRChatでは話してない。好きそうな人がいなかったから」

「てことは、学校で誰かに話した」

「学校じゃ、南ぐらいにしか」西野は、そこまで言って南を見る。

「この期に及んで、南がとか言わないよな」「言わないでくれ」俺と南の声が重なった。

「違う、違う。南とも教室では、海外サッカーのことは話してない。東田がわからないからな。だから、二人だけで話す時は、話題に出してる」

 南も思い当たることがあるらしく、「そうだな」と同意している。

「美化委員の集まりがある時とか、暇だから話したりするよな。もしかして、その会話を」

「聞いてる人がいた」南の言葉を補足するように西野が言う。

「そうだ」南が思いついたように、鞄から一枚のプリントを出した。

「こないだの委員会で配られた、担当区域一覧に美会委員が載ってる。この中にミーナがいるのかも」

 南のプリントを覗き込むと、各クラスの掃除の担当と委員の名前が書かれている。


【1-A 正門 安藤雄介 飯島隆】

【1-B 北階段 山本拓未 高梨美咲】

【1-C 二、三年昇降口 藤原由紀 増川愛】

【1-D 一年昇降口 津谷誠二 山口海】

【2-A 裏門 南信長 西野圭人】

【2-B 南階段 佐藤壮太 小池達也】

【2-C 二階踊り場 浅海翔子 三木谷慎吾】

【2-D 一階踊り場 大和撫子 佐倉美鈴】

【3-A 三階踊り場 木崎真美 工藤涼音】

【3-B 校庭南 有沢藍 渡辺梨々花】

【3-C 校庭北 加藤梓 寺島澪】

【3-D 体育館倉庫 谷口康太 飯田正樹】


 場所は、掃除の担当区域らしく、実施日などは二枚目にスケジュールが書かれている。重要なのは、このメンバーの中の誰かがミーナかもしれない、ということだ。各クラスで二名選出で、男女は問わない決め方の為、男と男、女と女という仲の良い友達同士で組むことが多い。女子っぽい名前がいるのは、1-B、1ーC、2ーD、3ーA、3-B、3ーCの6クラスでちょうど男女半々の割合だ。

「二人の近くに座ってたのは、誰か覚えてるか?」

 西野も南も首を振っている。

「こないだって言っても、一か月前だからな。覚えてない」

「俺も」

 近くの席にいた女子の誰かだろうと思っていたが、当てが外れた。他に判断できそうなものはないか、そう思いリストを眺めて、なにかが引っ掛かった。

 そういえば、こんな話をしたなと思い出し、頭の中で弾ける感じがした。閃き、ミーナの意図を俺は理解できた気がした。

 俺がリストを食い入るように見ていたので、西野が期待した眼で俺を見ている。

「なにかわかった?」

「わかった」

 俺は頷き、隣の南と西野の顔を交互に見てから、深呼吸をした。

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