十一の斧
Nanatu772
プロローグ
空調の音が室内に響く。真夏だというのに、室温は湿度と共に快適に保たれている。生きている人間より、いつ使われるかわからないような本に電気代をかけていることに腹が立つ。
スマートフォンを片手に、電動書架の棚番号を確かめながら歩く。数日前、田中の元にメッセージが届いた。差出人は不明で、アドレスから察するに、飛ばし携帯から送られてきているものだった。
【お前の秘密を知っている。警察に知られたくなければ、八月十日の十八時に地下書庫二階の棚番号一番に来い】
メッセージを読んだ時、場所が書いていないと鼻で笑い、しょうもない脅しだと思った。だがすぐに、場所をあえて書いていないのだと気づいた。明言しなくても、お前にはわかる。そう、いわれている気がした。
秘密、とは田中が行っている図書館での仕入れのことだろう。田中の存在に気づかれたのは、半年前の飛び降り自殺のせいだと想像がついた。飛び降りたのは、田中が図書館で仕入れて、顧客に納品した奴だった。地方新聞の隅で小さく記事になった程度だったが、念を押して、その時から仕入れは休業していた。息を潜めていたが、半年かけて送り主は田中に辿り着いたのだ。送り主が何者なのか目的もわからないが、田中はやってきた。どんな相手だろうと、警察よりは厄介じゃない、田中はそう判断した。
指定された棚は部屋の角にあった。棚の付近に人影は見えない。
電動書架は両面に本が収納された棚がいくつも並び、各棚の側面には開閉スイッチがある。スイッチを押すと、押した側の棚にスペースが出来るよう、棚全体が自動で移動するという仕組みだ。普段は一定の間隔で並んでおり、その幅では人が入ることはできない。
田中の想像では、棚の前で人が立っているのだと思っていたが、どうやらまだ来ていないらしい。書架のボタンを押して、棚を開く。棚は電源が入ると、電気が点き、自動で移動していく。端の書架なので、図書が並んだ棚の反対側は壁だ。棚が移動している最中、中を見ると壁に付箋が貼っているのが見えた。棚が開き切るのを待たずに、付箋に近づいていく。
付箋には[少し遅れる。このまま待て]と書かれていた。この付箋が貼られているということは、田中が来るより前にここに来ていたことになる。なぜ、そのまま待っていなかったのか、疑問が浮かんだが、首を振って考えるのを止めた。考えてもわからないことで悩むことを田中は嫌った。暇を持て余して、スマートフォンを手に取り、SNSを開こうとしたが、圏外でネットに接続が出来なかった。舌打ちをして、スマートフォンをまた仕舞う。その時、突然棚が動き出した。
「おい!まだいるぞ!」
通路の方向に叫ぶが、返事はない。中に人がいないと思っているどこかの馬鹿が、近くの棚を開こうとしているらしい。棚に止まる気配はなかった。怒りに任せて、棚の下部に設置されている安全バーを蹴り飛ばす。しかし、安全バーを何度蹴っても反応がない。故障、そう頭に浮かぶと同時に通路の方向に走り出す。
「止めてくれ!人がいるぞ!」
叫んでも、棚の勢いは止まらず一定の速度で壁に向かってくる。迫る棚に対して、身体を少しでも壁に寄せて進む。だが、棚から出るのに後数十センチというところで、身体がつっかえた。なんとか迫る棚を押し戻そうとするが、びくともしない。暴れた拍子に指を切ったが、そんなことは気にしていられなかった。
身体を潰されながら、なんとか頭だけ棚の外に出す。
「止め」
田中は叫ぼうとしたが、思わぬ光景に声を失った。残された時間で、呻き声をあげながら必死に指を動かす。
やがて呻き声は消え、電動書架は一定の速度で、肉の塊を壁に押しつけ続けた。
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