たとえ10億以上の人が死のうとも、あなたのほうが大切なんですから

 ヴィヴィアンと2人っきりになったリクロウは、なにから話そうか悩んでいた。

 するとヴィヴィアンが優しく手を握ってくる。

 柔らかい手の感触に、思わず背中がピンと伸びてしまう。


「リクロウ。少し聞いていいですか?」


「おう、答えられるならなんでも」


「では質問です。今回、仕掛けランがなくても私を探しに来てくれましたか?」


 難しい質問だ。正直ヴィヴィアンの手がかりになりそうだったから、ドクからの仕掛けランを引き受けたんだ。

 きっとヴィヴィアンがここにいるって分かっていれば、突撃していたに違いない。

 とはいえ、こんなこと口に出すのは少し……恥ずかしい。


「探しに行っていた……と思う。だってヴィヴィアンは俺にとって無二の相棒だから」


「相棒ですか」


 相棒、相棒と続けて小声で呟くヴィヴィアン。どういう訳か、不機嫌そうな表情になっていく。

 このままだと不機嫌そうなヴィヴィアンと一緒に、家へ帰宅することになってしまう。どうにかして機嫌を直してもらわないと。


「なあ、ヴィヴィアン。どうやって帰ろうか」


「……つーん」


「あのーヴィヴィアンさん?」


「手を繋いで歩いて帰りましょう。それで見せつけちゃいましょうラブラブカップルみたいな感じで」


 ラブラブカップルって……。

 今のリクロウとヴィヴィアン2人が並んでも、どう見ても仲の良い姉弟にしか見えないだろう。

 そんなことを考えていると、握られている手にちょっと痛いぐらいの圧力がかかってくる。

 さりげなくヴィヴィアンの顔を見れば、明らかに不機嫌そうな表情だ。

 どうにかして機嫌を直してもらわないと、空気が最悪な状態で帰らなければならない。


「ヴ、ヴィヴィアンさん?」


「なんですかリクロウ」


 氷を思わせるような冷たい反応だ。明らかに怒っているだろう。

 こうなったら……!

 リクロウは覚悟を決め、目をつぶりできる限りの背伸びをする。

 だがリクロウよりヴィヴィアンのほうが身長は高いせいで、自然的にヴィヴィアンの胸に唇を向けるような状態になってしまう。


「ふふふ。無理しないでいいですよリクロウ」


「む、無理なんかしてねーし」

 

 背伸びでぷるぷるしているリクロウの様子に対して、ヴィヴィアンは優しそうな微笑みをする。


「では、いただきます」


「え?」


 ちゅっ。とリップ音が聞こえてくる。

 目を閉じたヴィヴィアンの顔が、視界にくっきりと見える。

 え? キスされた?

 自分でキスの構えをしたが、まさか本当にキスされるとは予想外だった。

 そんなリクロウの思いをよそに、ヴィヴィアンは口内へ舌を侵入させてくる。


「ん……むぅ……はむ……」


「ゔぃゔぃあ……む……」


 完全にヴィヴィアンのいいようにされている。

 ドクたちがいなくてよかった。今の光景を見られたら、必ずネタにして弄ってくるに違いない。

 その間もヴィヴィアンの熱烈なキスは続き、唇がふやけるかと思うほどだ。

 さすがにもう息ができないぞ!

 ヴィヴィアンの背中をトントンと叩いて、なんとか離してほしい意思表示をする。


「ん……どうかしましたか?」


「息ができないんだよ!」


 なぜキスを止められたのか分からないようで、頭にハテナマークを出すヴィヴィアン。

 クソ……かわいいな!

 そんなことを思いながらも深呼吸をし、新鮮な酸素を吸い込む。


「スーハースーハー。とりあえず機嫌は直った?」


「まあそれなりに。でもキスよりすごいことをしてくれるならもっと機嫌良くなります」


「ははは……考えておくよ。そんじゃ帰ろうか」


 先に歩き出すリクロウ。その後を追うようにヴィヴィアンも歩き出す。


 *********


 メガビルディングにある家へ戻ったリクロウとヴィヴィアン。

 緊急用のシャッターが破損しているのを見て、ヴィヴィアンがショックを受けるなんてこともあったが、なんとか無事に帰宅できた。

 今は二人してソファーに座ってくつろいでいる。


「なあヴィヴィアン。1つ聞いていいか?」


「私が答えられることならなんでも」


「ウーゼルって結局、何がしたかったんだ」


「ああ、そのことですか」


 あっけらかんと言いのけるヴィヴィアン。少なくとも彼女はウーゼルの目的に、賛同していなかったのだろうか。

 正直なところなぜヴィヴィアンに接触してきたのか、全く知らないので少し気になっている。


「イギリスをかつての妖精郷に回帰させる……なんて彼は題目を掲げているのは知っていますね?」


「ああ、人狩りマンハント仕掛けランを受ける時に聞いた」


「よろしい。あの男、あんな性根でもアーサー王の血を引いているのですよ。もちろん傍流も傍流ですが」


「傍流って2回も言うレベルかよ」


 ウーゼルのことを語るヴィヴィアンは、まるでゴミ虫を見たかのように苦々しい表情をしている。

 少なくとも彼女がこんな風に話すのは、とても珍しい気がした。


「その傍流がどうやって妖精郷の回帰に繋がるんだ?」


「簡単です。イギリス全土をアーサー王の時代である西暦500年頃に戻し、自分が王として統治する気だったんですよ」


「中々の野望だな」


「ええ、それだけならただの誇大妄想で済みます。回帰すればイギリスに住んでいる国民7割が死ぬことに目を瞑れば」


 な、7割!?

 テロリストの考えなんて理解しないほうがいいかもしれない……。

 イギリスには大企業メガコーポの本拠地もあるし、アーコロジーも多数ある。

 もし7割死ぬとして単純計算で、15億人は軽く死ぬことになる。

 そしておそらくウーゼルの思想から考えるに、死ぬ種族なんて多分関係ない。大勢のヒューマンが、エルフが、ドワーフが、オークが死んでいただろう。


「ぞっとするぜ」


「本当に同感です」


「でもよ。なんでヴィヴィアンはウーゼルへ会いにいったんだ?」


 これが一番の疑問点だ。

 ヴィヴィアンの性格を考えるに、ウーゼルに従うなんてありえないし。権力になんか興味もないはずだ。

 興味がありそうなのといえば……魔法関係の知識欲ぐらいだ。


「ハァ……本気で言っているのですか? 私がどんな思いをしてウーゼルへ会いに行ったと!」


「分かんねえから聞いてるんだよ」


「リクロウとの生活を壊したくなかったからです。たとえ10億以上の人が死のうとも、あなたのほうが大切なんですから」


 今のを聞いて思った感想が「今の告白じゃないか?」だったリクロウ。本当に告白なのか聞いてみたい、しかしヴィヴィアンの面子を潰しそうで口に出せない。

 やきもきしていると。いつの間にかヴィヴィアンの顔が目の前にあった。

 ちゅっ。とリップ音が聞こえてくる。


「これが私の思いです。もちろん他の女を作るな、なんて言いませんよ」


 呆けていたリクロウだったが、唇を触ってみればヴィヴィアンの使用しているリップの色が指に付いている。

 

「えっと、これからもよろしくお願いします?」


「なんで疑問形なんですか。ここは普通男らしくキッパリと言うべきでしょう」


「スーハー……ヴィヴィアン好きだ! これからもお願いします!」


「よろしい」


 そう言ってヴィヴィアンはゆっくりと服を脱ぎ始め、押し倒してくるのであった。

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ショタサイボーグになった男。仕事仲間のエルフ魔法使いと、借金返済に奔走する 高田アスモ @ru-ru

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