第5話 「幸せの壊れる音」
「ねぇ、それって何?」
翌朝。ルークが庭園に訪れると、エマは庭園のテーブルセットで食事を取っている最中だった。
そんな彼女の瞳は目の前にあるパンやスープよりも、ルークの胸元にある金の時計に釘付けになっている。
「すごく綺麗ね!」
「これは……」
ちゃんと隠れていなかったようだ。
懐中時計を握ると、エマが席から立って近付いてきた。
「……大切なもの?」
「……あぁ」
エマの凛とした声。
どうしてだろう。彼女の声を聞くと、何とも言い表せない気持ちになる。
静かな湖に波紋が広がるような――
「そうなんだ。ルークにも大切にしてるものがあるんだね。もうひとつ、気になってること聞いていい?」
「……何だ」
庭園で咲き誇る花が、囁くように揺れる。葉擦れの音が聞こえるほど、静寂に飲み込まれそうな空虚な間。
「――どうしていつもフードを被ってるの?」
エマの紫色の瞳が、真っ直ぐルークを見上げていた。
一瞬、時が止まったのかと思うほどの衝撃。
「それはッ……」
ずっとフードを被っているのは――周りを見なくて済むからだ。
生気のない見た目に怯えられることもない。
周囲から恐怖や嫌悪を感じるのは、もううんざりだった。
この白髪はエルフの中でも珍しい
僕が生まれた時には『神から授かった贈り物』だと種族の間では祝福をされたようだが……
忌まわしい色としか思っていなかった。
「……こんな髪なんて、誰も見たくないだろう?」
彼女の瞳から逃れたくて、投げやりに吐いた言葉。
しかし、エマは――
「どうして?」
静かにルークに尋ねる。
目の前にいるエマの真剣な眼差し。宝石と見紛う瞳の美しさに、ルークは言葉を失う。
彼女は透き通った袖から覗く両腕を伸ばした。唖然とした表情のルークが被るフードを掴む。
「こんなにも綺麗なのに。……誰にも見せないなんてもったいないよ」
エマの言葉とともに、ルークの視界が明るく開けた。
髪の隙間を優しい風が通り抜ける。
天蓋からの降り注ぐ、明るい日差し。揺れるカーテンも、その先に広がる色鮮やかな花園も。
今までも見えていた。
それなのに、どうして。
彼女が、ただ――ここにいるだけで。
こんなにも眩しくて、輝いて見えるのか。
「……やっぱりルークの髪、すごく綺麗。夜空に浮かぶ星を全て集めたような……素敵な色だね!」
「……!」
彼女の柔らかな笑顔に。
感情の溢れるその声に。
目を奪われて――もう引き返せない。
神官としてではなく、死神としてでもない。
『ルーク』という個人として、僕を見ている。
ずっと、長い間孤独だった。
誰かがくれる言葉にいつも傷付くだけだった。
それなのに――
「君は、どうして……」
――僕が欲しい
「ん?」
「――いや。君は……すごく変わってる」
「私を変わり者だって言いたいの? 私からすれば、変わり者はあなたのほうよ」
フードから手を離しても尚、更にエマは詰め寄ってくる。
「ルークに文句を言う人がいたら、私がとっちめてあげるから。ここに連れてきてね!」
「いい。……そんなことしなくて」
『約束だからね!』と言って、想像で気を荒げているエマに心が温かくなった。
彼女は……このまま、変わらないままでいてくれるだろうか?
「あ! いま、ルークが笑った!」
「……笑ってない」
「絶対にいま笑ってた!」
「……」
視線をそらしても、浮かんでくる。
エマの嬉しそうに笑った顔が。
彼女との出会いが、不変の日々に色を与えてくれた。
穏やかな時間。
長く続かないことは分かっていても。
今だけ。……今だけでいい。
ただ彼女と、もっと話がしたい。
しかし、そんな願いに忍び寄った死の影は――もうすぐそこまで迫っていた。
***
昼下がり。エマとガゼボの下で喋っていると、昼食を持った侍女が現れた。
「食事をお持ち……」
淡々とした彼女の言葉が、次第に途切れていく。
白い仮面を付けているせいで表情を読み取れないが、視線をものすごく感じる。
侍女が持つお盆の手が、微かに震えているような……?
疑問に思って、すぐに気付く。
そうだ。……何をしてるんだ、僕は。
早く。早く、隠さなくては……。
急いでフードを掴んだ手。その手を隣にいたエマが掴む。
「ルーク、まって」
彼女はルークの行動を制止すると、明るく侍女のもとまで近付いていく。
「今度からルークにフードを外してもらうことにしたの。あんなの被ってたら、こんなに綺麗な庭園だって楽しめないしね!」
「……」
「だから、優しく見守ってほしいの。ヴェルエラ、お願い……」
「…………承知しました」
侍女は少しの沈黙の後、お盆をテーブルに置いて去っていった。
エマは拳を握って『よし!』と何故か喜んでいるが、それに対して突っ込むのはもうやめておく。
「わぁー、美味しそうなパンの匂い! ルークも一緒に食べる?」
「……それは君のだろう?」
「ルークだって何も食べてないじゃない! このパン、ふわふわだよ。一緒に食べようよ」
目の前に差し出された、半分に割られたパン。
出会った時からずっとそうだ。
川に流されるように、彼女のペースになる。
「……わかった」
パンを受け取って頬張ると、鼻から抜ける小麦の匂いを感じた。微かな塩の味がする。
食べ物を口に運んですぐに声を上げる彼女が、隣でいつもより静かだった。
僅かな違和感の正体。
――それはすぐに顔を出す。
「……ルーク、これ……」
隣から発せられたエマの声が、何故か少し震えている。
いつも
「……何だ?」
「……ないの」
「……? よく聞こえないんだが――」
次に耳に届いたエマの声は、はっきりとルークの胸を抉り取る。
「……味が、よく……分からなくて」
小さな幸せがひとつ、壊れる音がした。
***
本作をお読み頂き、誠にありがとうございます!
第1章の『Day 1 〜終わりの始まり〜』はここで区切りとさせて頂きます。
『エマ、どうなっちゃうの!?』
『おい、ルーク。お前、素直にならんかい!』
『へ? 最後めっちゃ不穏なんですが!』など、感想をコメントで頂けましたら嬉しいです。
是非、今後とも宜しくお願い致します!
夜月 透
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます