下剋上グミキャンディー

かめぎゃり

なぜ消えた「雪グミ」


 コンビニの自動ドアが開いたのと同時に幾万幾億は聞いた「いらっしゃいませ」に、礼儀を重んじているということにしているが実は臆病なだけの俺は会釈する。


 菓子コーナーに直行し、その中でずらりと並ぶグミ達をざっと見やる。ちょうど聴いていた曲が終わり、次に自動再生された曲が気に入らなかったため、俺は耳につけたワイヤレスイヤホンを二回押して次の曲を再生する。そしてまたグミ達をざっと見返す。見逃してはいないか……


 ……やはり無かった。『あの日夢見た雪グミ』。初めて食べた時の俺は名前の通り、あの日、夢を見た。初めてこの名を聞いた人は「これが商品名なのか」と多少の驚きがあるかもしれないが、驚くべきはそこじゃない。


 口に入れると多少のざらつきがあり、非常に舌触りが良かった。そして噛む。硬めのマシュマロのような感じか、グミの中では柔らかすぎず硬すぎず……好感が持てる。そして味。優しい甘さだった……『ふかふかあわゆきソーダ味』とパッケージの中央に書いてあるのを見た時はやかましいと感じたが、美味かったので良しとしよう。


 そして一袋食べ終えた後、「食べ足りない」とさえ思った。この感覚は久しぶりだった。


 というのも、食べ慣れたグミを喰らっている時の俺は、大部分に惰性を帯びている。後半少しくどいと思いつつも食べ進める。残ったのは明日に残しておく、なんてことは無い。いかなる時でも、あれば食べるのだ。多少の飽きがあっても。お気に入りの動画投稿者、配信者の動画を何度も見返す……何度も何度も、その動画のサムネイルが目に映るたび……。同じだ。惰性なのだ。もっと悪く言えば中毒とも言える。


 結果雪グミにハマってからは学校帰りしばしば所定のコンビニに立ち寄って購入していた。だが、いつからだろう、雪グミは商品陳列棚からひっそりと姿を消していた……。少なくとも、俺がよく立ち寄るコンビニ達からは。


 なぜだろう……ネットでの評判も概ね良かったはずだが。あの時の俺は悩んだ。だがしかし、すぐに理由が解った。雪グミが売れていなかったわけではない……忘れていた。すぐ近く、所狭しと並ぶ大物ベテランの面々を——!


 『ハリボー』、『果汁グミ』、『ピュレグミ』、『つぶグミ』……『コロロ』や『忍者めし』、『カンデミーナ』あたりも……まだまだあるだろう。


 強すぎる! そして多すぎる! あまりにも、ライバルが! グミを普段食べない人もここらの名前くらいは認知しているはずだろう。


 彼らは何年も前からコンビニの菓子コーナーに自分の席を作り、長年鎮座し続けている……。それだけに飽き足らず、いまだに定期的に新しいフレーバーを発売して自分の席、いや、領土を広げ続けているのだ!


 領土には限りがある。こうしている間にどんどん領土は無くなっていく。先ほど挙げたベテラングミ達が姿を消すことは考えにくい……。人が営むものと違って、衰えなんてないだろうから。一度素晴らしいものができれば、それは一生そこに残り続ける可能性があるのだ……。恐ろしい。


 スマホにニュースアプリからの通知が来る。『某人気YouTuberが大炎上。ついにオワコン化か——』。


 グミには賞味期限がもちろんあるが、そのグミの名前には賞味期限など無い。


 あのメンツを前にデビューさせられる新人グミ達はどう思うのだろう。優しい味わいのソフトなグミは熾烈極まる戦争に怯えていて、硬さがウリのハードなグミは毅然とした面持ちでただただ開戦を待っているのだろうか。まあ、これは人間が「硬さ」というものに感じるイメージで述べているだけだから、実際は逆かもしれないが。


 色々適当に書いたが、詰まるところ俺はベテランのグミ以外にももっとチャンスを与えてほしいと言いたかっただけだ。特に雪グミとその亜種の雲グミ。なぜなら美味いから。


 どのコンビニを見てもグミのラインナップが同じすぎるから、もう少し……。


 そう思いつつ俺は、ハリボーグミを購入して店を出た。正直言って食べ飽きている。

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下剋上グミキャンディー かめぎゃり @bassyo-se2741

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