第3話
十分ほどして警察がやって来た。
アリアは知ったことではなかった。
警備室の監視カメラを見せろとスタッフに詰め寄ると、一般の客にそんなことは出来ないなどと言われたので茶髪男に財布をすられたのだと嘘をつき、まだ混乱続くカジノ側に付け込んで、警備室の監視カメラを警察が確認している所に潜り込んだ。
「あっ! こいつ!」
アリアが素早く、男を見つけた。
「いやあの、私達は発砲した男の行動を……」
「うるさいわね! そんなもんカジノフロアのカメラを見てなさいよ!」
まるで現場の指揮官のように指示を出し、アリアは勝手にカメラを巻き戻した。
「ここは……劇場?」
「カジノの下に、劇場フロアがあります」
あの茶髪男が劇場フロアに入って行く姿が映っている。
「同行者はいないみたいね……」
カメラからどよめきが聞こえた。
あの、衝撃の一瞬だ。
二人の男が警備員に捕まる。その一人が、あの茶髪男だった。
完全に抑え込まれたその時、男の身体が刹那、白く光を帯びた。
同時に彼以外の人間が、一斉に床に叩きつけられるようにして倒れる映像が映っている。
その隙を突くと彼はポーカー台に一足飛びで飛び乗り、倒れた人々を嘲笑うがごとく、長身の割に身軽な様子で台を踏み台に飛び越え、出口へと真っ直ぐに向かい、出て行った。
アリアにはすぐに分かった。
(アポクリファだわ……)
彼女は警備室を出た。
「アリアさん!」
「帰るわよ」
「えっ、どこに……」
「【グレーター・アルテミス】。ホテルはすぐチェックアウトして」
「ええええ! 豪華なディナーは⁉」
「うるさいわね、生きのいい魚は早く仕留めないと逃げちゃうのよ!」
「生きのいい魚ってなんですか⁉」
カツカツとヒールを響かせ、アリア・グラーツは真っ直ぐにホテルを出る。
「客に聞き込みはした?」
「は、はい。出来る限りですけど……でもその女性も、茶髪の男も覚えてる人はいませんでした」
「なんで誰も見てないのよ……ここの連中みんな寝てたんじゃないの⁉」
アリアが舌打ちしている。
「ああ、もう……携帯が完全に壊れてる!
私は先にホテルに帰ってるから、携帯買って来て。何でもいいから!」
「ええええっ! 【グレーター・アルテミス】にほんとに帰るんですか?」
「当たり前よ。すぐにこの画像を分析しないと」
アリアは女スパイのように自分のドレスの裾から見慣れないDVDを取り出してみせた。
「……なんですか、それ……」
「なにって警備室のカメラの映像よ」
「くすねて来たんですか⁉ お、怒られちゃいますよアリアさん!」
「うっさいわね、あんだけ他にもカメラがあるんだから一個くらい無くなっても大丈夫よ。犯人捕まって、負傷者も幸い出てないんでしょ」
「そ、そうですけどぉっ」
「早くしてよ! ちゃっちゃと【グレーター・アルテミス】に帰るわよ。いいわね、携帯。飛行機はこっちで手配しておく。八時までにホテルに戻って来なさい。
来ないと減給! そして置いて帰る!」
「い、いやぁぁぁ!」
女性スタッフは鬼軍曹の号令に、慌てて走り去っていった。
アリアはふん、と胸を反らせると通りに出てタクシーを拾った。
ホテルへ向かう最中ようやく静かになった車内で、あの一瞬のことを思い出す。
氷色の瞳が見据える。
何の物怖じもしないあの表情だ。
(長身だったわねあいつ。一瞬だったけど……あれシザより背は高いんじゃないの?)
シザも相当な高身長だが、印象では見劣りはしない身長であった気がする。
自然と、彼女の唇が綻んだ。
「……ふ」
小さく、笑いが零れる。
「ふふふふ……」
後部座席で突然笑い始めた客をバックミラーで確認しつつ、運転手は怖いな~と内心思ったが、彼は無言で車をホテルへと向かわせたのだった。
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