第4話 入学式

 若いスーツ姿の男性が壇上に上がると、マイクを握った。


「それではただいまより、無能学園入学式を始めます」


 その声と同時に会場中からはたくさんの拍手が鳴り響いた。

 周囲には人族が多いようだが、少し離れた席には獣人やエルフなど、他の種族の姿も見受けられる。

 席が分けられているのは、不要なトラブルを避けるためだろう。


 今から数百年前――魔王は世界を支配しようと、あらゆる場所へと侵攻した。

 しかし、他の種族が黙ってそれを見過ごすはずもない。

 当時は対立していた人族・獣人族・エルフ族をはじめ、様々な種族が手を取り合い、世界は一時的に一つになった。

 結局、魔王は現れた勇者一行により討伐され、世界には平和が訪れた。

 それ以降、表向きには種族間の争いもなく、共存が続いているように感じられる。

 しかし実際には、地域によって偏見や衝突が残っており、完全に争いが消えたとは言いがたい。

 だからこそ、学園のような多種族が集まる場では、席を分けてそのリスクを減らしているのだろう。


 会場に響いていた拍手が収まると、司会の男性は再び口を開いた。


「それでは最初に学園長よりご挨拶をいただきます」


 司会が一歩下がると、ステージの脇から杖を手にした老人がゆっくりと歩き出した。


 種族は人族のようだが、見た目からしてかなり高齢だと伺える。100歳。いや、それ以上でもおかしくないだろう。

 ――だがそんなことよりも。


 老人の歩くスピードが遅い。あまりにも遅すぎる。

 もし通勤ラッシュの改札前にいれば、後ろに並んでる全員が無言で別の列に移動するレベルだろう。


 もちろん相手は高齢者だ。急がせるのも良くないとは分かっている。

 だけど、ならどうして最初から真ん中で待機していなかったのか……。段々ツッコミを入れたくなってきた。

 

 しばらくして、ようやく老人がステージの中央にたどり着くと、ゆっくりと口を開いた。


「こほん……え~……そのぉ……にゅう、がく……おめでとぉ……」


……何を言っているのか、さっぱり聞き取れない。


 それでも本人は真面目なつもりなのだろう。話はどんどん続いていく。


「んあ……まあ……ワシも……ながぁ~いこと生きとるがのぉ……入学式なんぞ、また見られるとは思わなんだ……」


 もう挨拶というよりは全く興味のない講演会を聞いてるようだ。

……誰か、このおじいちゃんを止めてくれ。


 しかし、そんなタウロウの願いが届くはずもなく。


 そこから二十分――

 学園長の話が止まることは無かった。



「……学園長、ありがとうございました」

 やがて、再び話題が「入学式に立ち会えるとは思わなんだ」に戻りかけたあたりで、見兼ねた司会の男性が学園長から強引にマイクを奪い取った。


 先ほどまではキッチリしていた司会の人も、もう限界だったのだろう。

 すでに片方のまぶたが落ちかけている。


 誰も口には出さなかった。

 だけど、その場にいる全員が同じことを思ったはずだ――



 ありがとう


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無能学園、今日も平常運転です。 びゃわ。 @byawa

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