第3話 無能学園
大通りを抜け、小高い丘を越えたあたりで、ようやく目的地が見えてきた。
町の中心からは少し外れているが、見晴らしのいい場所に建つ大きな建物。
これからオレが通うことになる学校――『無能学園』だった。
大きな門の前に立ったオレはゆっくりと上を見上げた。
高く掲げられた石の看板。そこには流れるような美しい文字で丁寧に学校名が刻まれている。
《無能学園 ~無理するな。どうせ続かないから~》
オレは深くため息をついた。
――もう帰りたい。
先ほど頑張ろうと誓った決意が、一瞬にして消えてしまいそうだった。
だけど、いま引き返しても帰りの馬車はない。
覚悟を決めたオレは仕方なく学園内へと足を踏み入れた。
オレは地図を見ながら、今日からお世話になる学生寮を探し始める。
周りに建物が少ないせいだろうか。学校の敷地はかなり広い。
なぜか至る所に小さな像が置かれており、それがオレの頭を悩ませる。
ベンチで爆睡する疲れ切った獣人。教科書を枕にポテチを食べる太ったエルフ。
そしてその足元の台座に取り付けられた金属プレートに書かれた文字。
《歴代卒業生代表像》
……どうして卒業生の悲惨な部分を銅像にしたのだろうか?
本人の意志なのか。それとも学校側がふざけたのか。
言いたいことは山ほどあるが、これ以上ツッコミを入れ出すと物語が全然進まない。
オレはある程度のおかしな部分には目をつむって歩き出した。
「初めましてタウロスさん。この度はご入学おめでとうございます」
出迎えてくれたのは一人の女性。
肩にかかるくらいの深い紺色の髪に、スッとした顔立ち。まさに見惚れるほどの美人だ。
「私の名前はオリヴィア。この寮の管理を任されています。もし分からないことがあれば、いつでも私に聞いてください」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
オリヴィアさんと挨拶を交わしたオレは、さっそく寮内を案内してもらうことになった。
それほど大きくはない寮だが、みんなが自由に使えるリビング、トイレや風呂場、それぞれの個室など、必要なものは一通りそろっている。
だけど少しだけ気になることがある。
ほぼすべての案内が終わったところで、オレはオリヴィアさんへ問いかけた。
「今日は全然人がいないみたいですけど……、みんな出かけているんですか?」
「いえ。実はいまこの寮で暮らしているのは私だけなんです」
「一人ですか? 他の学生たちは?」
「別の寮で暮らしています。無能学園では学年ごとに寮が分かれているので、ここに入るのは一年生だけで上級生たちは別の寮で暮らしています」
「じゃあ、オレ以外の一年生は?」
「みなさん明日の入学式の後に来るみたいですよ。実はタウロスさんのように遠方から入学する生徒は珍しくて……、あまりいないんです」
「なるほど。そうなんですね」
「はい。ですが今日からは二人になるので……、もし寂しくなったらいつでも私に声をかけてくださいね」
その言葉に思わずドキッとしてしまった。
これまでラブコメイベントなどは一切発生しなかったが、ようやくオレにもチャンスが来たのかもしれない。
そんな期待が胸をよぎったが、オレはオリヴィアさんに悟られないように必死で隠した。
ひとまずこれ以上の案内は無いようなので、彼女と別れたオレは自分の部屋へと向かった。
机とベッド、棚がひとつ置かれているだけのシンプルな部屋だったが、壁が吹き飛んでいた実家の部屋に比べるとよっぽどマシな作りだ。
荷解きを終えてベッドに腰を下ろすと、ふぅっと息が漏れる。長旅だったせいか、疲れが一気に出てきた。
部屋の中はあまりにも静かで物音ひとつしない。
他の部屋には誰もいないので当然なのだが、実家で聞いていた母さんの話し声や父さんの笑い声が懐かしく感じる。
その日の夕食は自分で持ってきた食料で済ませた。
オリヴィアさんから「足りなかったら声をかけてくださいね」と言われていたが、さすがに自分一人のために晩ご飯を甘えるのもどうかと思いやめておいた。
風呂を済ませ、部屋に戻ると強烈な眠気に襲われる。
それに逆らうこともできず、オレはゆっくりと瞼を閉じた。
――目を覚ませばいよいよ学校生活が始まる。
オレは楽しみと不安を抱えながら夢の世界に入っていった。
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