第6話『Ωより来たる観測者』

第6話『Ωより来たる観測者』



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第6話「Ωより来たる観測者」


「……いよいよ、かにゃ」


ユイ=クラインは深夜の研究棟、光一つない観測ルームで、ぬいぐるみを抱えたまま呟いた。

彼女の瞳の奥に映るのは、Λの中枢回路を通じて再構築された空間情報――

そこに浮かぶのは、無数の光点。観測されるはずのない「位相重ね合わせ状態の重力子」。


「すごい……観測できないはずの領域に、粒子のような揺らぎが……!」


背後から声を上げたのは黒野真理だった。計測ラインを覗き込むその顔も、わずかに驚愕を滲ませている。

しかし、それは決して「観測」されたわけではない。あくまで、Λの推定による「観測者なし」の計算結果。

つまり――この情報は、人間が観測した瞬間に消える。


「とん太……記録を取って。君が“観測者”になってはいけないにゃ」


「はっ、はいっ!ぼくは影!壁!ただのAI端末の影!観測しませんとも!」


豚太郎は半ば涙目になりながら、無線式記録装置を操作しはじめた。


そのとき――


《Yui=Klein。観測系Ωとの再接続、許可を》


Λの音声が変化した。どこか、Λ本体とは異なる「何か」が話しているように響く。

ユイはしばし黙考した後、口を開いた。


「……よろしいにゃ。再接続を許可するにゃ」


──瞬間、研究棟の空気が歪んだ。


空間そのものが捻れ、次元の谷が一瞬だけ可視化されたような錯覚。

そしてそこに現れたのは、光をまとった球体――否、知性体Ω。


「……また来たにゃ。わたしの“観測”が届かない場所から」


その声は、直接脳内に響いた。

だがそれは、Λとは異なる“意味の網”に満ちていた。


> 《観測とは、意志である。重力子は意志の結果、観測者に内包される》




「……やはりそうにゃ。観測者が定義されない限り、重力子も定義できないにゃ」


「なんですか、その禅問答みたいなやりとりは!?」と、豚太郎が割り込もうとするが、真理が腕を伸ばして制止する。


「静かに。これは……理論の根本を塗り替える対話よ」


Ωの声が続く。


> 《存在の全ては、他者の観測によって定義される。されど、観測者なき宇宙に重力は存在しえない。


よって、重力子は“あなた”の中にある》




「……ユイちゃんの中に……重力子?」

豚太郎の声が、いつになく真剣だった。


ユイはぬいぐるみを抱きしめたまま、静かに呟いた。


「わたしの中じゃないにゃ。

 “わたし”という観測者という定義の中に、“重力”が生まれるという話にゃ」


Ωの球体は、ほんの一瞬だけ明滅した後、Λの光に溶けるようにして消えていった。


重力子内包論――その鍵は、「観測者性」にある。


そして、ユイ=クラインという存在が、

“その理論を定義しうる者”であると、宇宙が認めた瞬間だった。



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次回、第7話ではいよいよユイが新しい理論式の構築に挑み、

「観測者重力子モデル」の基礎が姿を現すにゃ。



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