『Λの天秤 ―天才少女ユイ＝クラインの実験録―』

第1話：Λはまだ、沈黙している

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冷たく、白い光が研究棟を満たしていた。

大型量子干渉装置Λ-31。真空に保たれた実験室の中心に鎮座するその装置は、まるで巨大な観測者の眼球のように不気味な静寂をたたえていた。

その前に、小さな影がひとつ。

「……エネルギー収束、誤差範囲内。加速フェーズに移行するにゃ」

モニターの前で淡々と告げるのは、少女の姿をした“天才”――ユイ＝クライン。その手にはぬいぐるみ、語尾には猫。

「天才の手がついに重力のカーテンを引き裂く時……ッ！ああユイ様ぁ……神は、ここにおわしたぁッ！！」

「とん太、静かにするにゃ。ノイズが入るにゃ」

後方で椅子ごと跳ね上がっていた豚太郎は、真理に後頭部をはたかれながら小さくうずくまった。

「助手が場を乱してどうすんの。ユイちゃん、観測系は安定してる？」

「問題ないにゃ。Λ場の位相差……微細だけど、観測できたにゃ」

少女の目が細くなる。

――重力子。その存在がもし証明されれば、ニュートンもアインシュタインも超える、新たな重力理論の扉が開く。

その第一歩にして、最初の「ささやき」が、Λ31から聞こえてきた。

「……面白いにゃ。Λはまだ沈黙している。でも……たしかに、応えてきたにゃ」

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ユイはぬいぐるみの耳を軽く摘まみながら、モニターを見つめていた。

「波形スペクトル、t=8.15秒から微細な非対称性……干渉縞の崩れは、偶然じゃないにゃ」

「干渉縞がズレた……？　ま、まさか！　重力子の……！」

とん太がまた椅子ごと跳ねた。

「落ち着いて豚太郎。それ、ノイズの可能性もあるでしょ」

真理が即座に抑えにかかるも、とん太のテンションは止まらない。

「いや違う！　これは！　これは宇宙が我々に送ってきた――『お前たちは正しい道にいるぞ』という重力のささやきに違いないっ！！」

「ささやくな、うるさいにゃ」

ユイはスッと立ち上がると、ぬいぐるみを机に座らせ、干渉装置の側面へ歩いた。

その歩みは、まるで何かと“会話”をするかのように静かで、慎重で、そして慈しみに満ちていた。

「Λ。あなたは、いま初めて“揺れた”。ほんの微細な重力的ゆらぎ――けれど、それは確かに存在したにゃ」

少女の手が、装置の外殻に触れた。

「このまま観測を続ければ……『重力子』、それに伴う『重力波の量子化』……“Λ”の中で目を覚ますはずにゃ」

「つまり……成功なのか、これは？」

真理の問いに、ユイはふっと口元だけで笑った。

「まだ“沈黙”してるにゃ。でも、息をしてる。――呼吸が、聞こえるにゃ」

静寂の中、Λの内部でごく微細なパルスが脈打った。ほんの0.00000003秒、真空の海がわずかに揺れたのだ。

ユイの目が細くなる。

「この実験を“繰り返す”にゃ。累積すれば、Λの声は必ず可視化できるにゃ。今夜から、フェーズ2に入るにゃ」

「ユイ様……！　やはりあなたは宇宙に選ばれし存在ッ……！」

「とん太、黙らないと真理さんに殴られるにゃ」

「既に殴られている」

パンッ、と後頭部に再び軽い音が鳴る。

そんなやり取りもお構いなしに、ユイは再び装置の前へ戻ると、モニターに手を置いた。

「次は“耳を澄ます”にゃ。Λが本当の声を発する前に……」

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次回、第2話『Λの耳を持つ少女』へ続く。