赤の王の夢に住む【クウ】
「満月が昇るたび、思うことがあるんだ」
最終下校時刻を迎え、校門から吐き出される生徒の群れと共に秋津坂を下る。マフラーから顔を上げたまっちゃんは、白い息を夜空へと昇らせた。
「この世界は本当は存在しないんじゃないかって」
「どういうこと?」
「この世界はいびきのうるさい誰かさんが見ている夢で、そいつが目を覚ましたらあとかたもなく消えてしまうんじゃないかと思うんだ」
鏡の国のアリスか。小説好きのまっちゃんは時々こういう引用をする。異世界に迷い込んだ少女をおかしな双子がおどかすのだ。ここは赤の王が見ている夢で、あんたも僕らも他のみんなも、あの人が目覚めたら消えてしまうんだよ。
「だって信用ならない」
まっちゃんが言う。
「あんなに美しい、凄みすらある美しいものがこの世に存在するなんて。あれは光の玉だろう?」
「岩石だよ」
「岩石! 直径三五〇〇キロの岩石が高さ三八万キロの上空に浮かんでいるなんて、ますます荒唐無稽だな。リンゴは落ちる、月も落ちるべきだ。常識的なその結論に反している以上、この世界は現実ではあり得ない」
「三段論法だね」
「普段はこうしたことの全てを私は忘れてるんだ。非現実を現実として、頭がおかしい奴らに合わせて生きている。だけどこうして満月が昇り、その青白い光を受けると正常に戻り、思い出すんだ。この世は夢なのだとね」
なるほど、まっちゃんは現実の範囲がせまいらしい。
たとえば髪の長い無愛想な後輩は、私と一緒に何度か異界に足を突っ込んでいるけど、一切その記憶を残さない。あいつにとってオバケや妖怪のいるウラの世界は非現実で、夢を忘れるようにそこでの体験を忘れてしまうのだ。
私にとってみれば現世も異界も、両方現実なんだけど。日本に住んでいるからって、外国が非現実だとは思わないのと同じように。
これは私とあいつじゃ現実として認識できる範囲が違うってことで、まっちゃんの場合は私どころか真白よりもその範囲がせまいらしい。
「ここが現実じゃないとするなら、まっちゃんは現実世界に戻りたい?」
尋ねると、まっちゃんは顔をしかめてみせた。
「月が落ちて、クウがいない世界に? しかも来週、追っているシリーズの最新刊が発売されるというのに」
「それは、夢から覚めてる場合じゃないねぇ」
私は思わず微笑んだ。まっちゃんがこの世界に残る理由に私の名前が出たものだから。夢の中で一緒に過ごす友達に選ばれるなんて栄光だ。
速い雲が月を隠す。一緒にイカれ続けるとしようか。
(2014/12)
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