7 空飛ぶ夢を追いかけて

 いよいよコンテストの日、南の飛行台には長蛇の列が出来ていた。晴天で気持ちのよい風が吹いている。けれど、クルトを含めた参加者の顔は浮かばない。何故ならシルフの宣言通りコンテストは波乱含みとなっていたからだ。今日は鳥人間が一人も舞っておらず、すでに十五人がチャレンジしたがみんな上手く飛行出来ずに滑走直後に墜落した。いつもは悠々と空を舞った参加者たちは目を白黒させて困惑の表情だ。


「シルフはどうしてしまったというのだろう」

「シルフの恩恵が無いならばオレは飛べないよ。棄権した方がいい」


 次から次へと参加者が飛行台を去り、歯抜けになった列を埋めるようにどんどん上へと進んでいく。これならば思ったよりも順番がずっと早く回って来るかもしれない。


「ただいまの記録は八秒、驚きです。彼は昨年の準優勝者でした。一体今年はどうしてしまったというのでしょう」


 司会が盛り上げようと声を張り上げているが明らかにふるった結果ではない。墜落した昨年の準優勝者は腰に干し草を絡めながら身を起こしている。スタックリドリーはその様子を見つめて口をへの字に曲げた。


「シルフのやつ、ここに来て昼休みするつもりだな」

「リドリー、実は……」


 クルトが何かをいおうとした時、背後から声がかかった。


「おい、クルト。ごきげんよう。みんな飛べないから不安がっているんじゃないのか?」


 オーヴィスがまるで趣味の悪いピンクの服に身を包みにたりと笑っていた。周囲に自慢の飛行機械を見せびらかすようにしている。


「作りの悪い飛行機械では落ちるのが関の山だ。残念ながらオレのはいい飛行機械だ。どんな悪条件でも飛ぶことが出来る」

「本当にそうかい、今年のシルフはすこぶる機嫌が悪い。金の塊を飛ばせてくれるとは思えないけれどな」

「オレにはシルフの恩恵がある。お前とは加護の度合いが違うのだよ。じゃあな」


 オーヴィスはそこまでいい置くと自分の順番の場所まで上がっていった。クルトは彼がいなくなった後に吐息してこぼした。


「ったく。そもそもシルフが機嫌を損ねたのはあいつのせいかもしれないんだぞ」

「どういうことだい?」


 スタックリドリーが精霊というワードに反応して耳を傾けるとクルトが「実は」と先日の林での出来事を打ち明けてくれた。


「精霊が人間に記憶を見せた、そんなことが」


 スタックリドリーはノーブルの手記に追記する。おそらく幻の類は精霊が脳に干渉しているからで特殊な力を使えばそうしたことも可能なのかもしれない。特筆すべきは精霊に好かれる好かれないは微妙な裁量があってもしかするとオーヴィスの直接的な言葉ではなく、浅ましさがシルフの気を悪くしたのではないかと想像した。


 こうして考えると精霊とは元来難しい生き物なのかもしれない。自身が捉えてきたよりずっとずっと。幻惑の森でトラスもしくはストラクフがスタックリドリーのことを好きだといった。故郷でも精霊たちには好かれていたと思う。この地のシルフもああはいっていたがスタックリドリーのことはからかいの対象として見ている。自身は別におもねいていたわけではないにも関わらず。この好かれる、嫌われるの差は一体どこで生まれるのだろう。もしかすると精霊には悪意を見抜く力があって、言葉に発しないような心の奥底の感情さえ見抜けてしまうのではないかと考えた。思念では? と書いて丸で囲う。あとでもう少し追及してみよう。


 ノートをバッグにしまうと、どっとどよめきが起きて滑走路にオーヴィスが高級の飛行機械を広げながら飛行台の先端へと立っていた。太陽がきらりと羽布に反射してまばゆい。手を揺らす大仰なパフォーマンスのあとにオーヴィスはにたりと笑って数メートル下がると身を少しかがめた。審判員の白旗で合図が出されて、そこから勢いをつけて滑走していく。

 会場中が息を飲んで見守った。


「やああああああ……………あ、ああっ! うわ」


 オーヴィスはわずか二秒で無様に干し草に墜落し、大きくバウンドしたあと地面に背中を打ちつけてそのまま病院へと運ばれてしまった。


「いい気味だ、オーヴィスのヤツ。少しは後悔しただろ」

「高い飛行機械でも飛べないということはよく分かったよね」


 スタックリドリーは急に自身の飛行機械が気になってしまった。バッグにつっこんだ花柄の生地が見え隠れしている。


「今年は飛べない人ばかりですね。もしかするとシルフの側に何かあったのでしょうか。さて次の挑戦者です。どうぞ」


 順番はどんどん進んであと階段一曲がり分となった。オーヴィスの墜落を見て自信を喪失しここに来て飛ぶのを辞めるものさえいる。まともに飛べたものは皆無だった。


「今年は誰もちゃんと飛べないかもしれないな」

「怪我をする前によした方がいい」


 前二人がぼやきながらいなくなってとうとうクルトの番となってしまった。


 この場で引くという選択肢はない。クルトは直立不動の姿勢で目を閉じ滑走路に立った。背後から静かに風が吹き抜ける。気持ちを集中させて、飛べる飛べると念じる。

 その時、ごおおっと煽るような強風が吹いた。神風だ。目を開けると自分の記憶ではない不思議の景色が広がった。



——ここは、飛行台。いつの、そうだ。これは父さんの記憶だ。



 自然と理解できた。右手を翻し、左手にも同じ手作りの飛行機械が付いて。腕は今の自分よりずっと長い。あの日着ていたストライプのブルーのシャツだ。



——これがあの時、父さんの見た景色?

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