5 オーヴィスの自慢

 クルトが案内してくれたのは町の隠れ家的な生地専門店だった。飛行機械専用の生地を取り扱う店ではなくごく一般的な服地屋だ。人がわずか一人くらい通れるだけの幅を残してあとは丸巻きの生地が無数に置かれている。軽く千本は超えるような在庫数だった。

 しかもクルトが豪語しただけあってどれも一メートルあたりの単価が安い。それでも必要分を購入すると全財産の半分を叩かなければならないような金額だった。


「手持ちが少ないからあんまりいい奴は買えないぞ。柄があってダサくても文句いうなよ。生地を見るんだ」

「生地を見る、生地を見る」


 目を凝らして布目を見たり触ったりしているがどの生地が適しているのかさっぱりだ。何せ種類がたくさんある。目の粗いもの、細かいもの、化繊の生地におそらくこれはシルク。服地じゃないものも少し混じっているようだ。


「通気性の悪い生地の方がいいのかい。厚いの、薄いの?」

「亜麻布だよ、それに糊を塗って使う」

「じゃあ糊買うお金も残しとかないと」

「糊くらいやるよ。どうせ余らせといたって乾くんだ」

「それはどうもありがとう」

「何をお探しかい」


 頭頂部で団子を結わえた白髪の小さな店員が奥から出てきて応対してくれた。


「ああ、クルトだね。今度はお友達を連れてきたのかい」

「亜麻布が欲しいんだ。柄はついてても構わない。うんと安いやつを」

「ならいいのあるよ」


 白髪の店員は店の入り口付近にあった木棚に山積みのハギレから大きな一塊をうんしょと引っ張り出した。連られてハギレがなだれ落ちるが店員は気にしない。


「どうだい。コレ。飛行機械にぴったりだろう」


 白髪の店員がスタックリドリーに手渡したのは黒地に大きなピンクの花柄の生地だった。こいつはどう見ても趣味の悪いカーテンのような気が……しかし、スタックリドリーは満悦の表情で答えた。


「おしゃれじゃないか!」

「……あ、いや。まあいいか。じゃあこれを」

「はいはい」


 ハギレから必要な分だけ裁断してくれるというのでギリギリの量より少しだけ多く買った。クルトがうんと安くしてくれよというと愛想よく値引いてもくれた。


 材料集めに満足して生地専門店の近くのオープンカフェで昼食をとる。スタックリドリーは付き合いのお礼として安いランチをおごった。美味しそうなハムサンドとドリンクのセットだ。むしゃむしゃと咀嚼しながら空を見るとやっぱり空には鳥人間の姿があって、さながら天敵にざわめく山鳥の群れを見せられているようだった。最初に見たときの感動がもはや忘却の彼方だ。


「市の規制はないのかい。あまりにルールが無さすぎるとそのうちトラブルになるんじゃないかと思って」

「ルールは出来てるさ。日没以降は飛んじゃダメだとか、雨天は禁止だとか。住宅の庭に不時着したなんてことも時々あるけれど。でもみんながみんな、たいてい譲り合って守ってる」

「そんなものかな。ルールって」


 ほらといわれて上空を見上げるとオープンカフェのほんの目先に飛行機械が降りてきた。恰幅のいい男が無様に尻餅つきながら着地して飛行機械を背中から外すとにたりと笑う。よくそれで飛べたなというような立派な太鼓腹だった。


「今度は二十分だった。いい成績だ。これならコンテストで三位には入れるぞ。ん? クルトじゃないか。こんなところで会うと奇遇だな」


 クルトは苦り切った顔をしていた。


(誰だい?)

(オーヴィスさ)

(ああ)


 飛行機械のバンス専門店で名を聞いた昨年三位に入ったという富豪だ。背負っている飛行機械はスタックリドリーが最初に案内された十五万ディルの新作だった。


「こんなところで貧乏飯食ってるのか。オレは今から高級レストランでコースを食べてくる。気分よく飛べたあとだろう。しょぼい飯なんか食って気分を悪くしたくない。戻してしまうからな」


 げええっとポーズをして腹を揺らす。その下品な顔に向けてクルトはいい放った。


「そんな腹で飛べるのかい。ゴムドードーが落ちてきたのかと思ったよ」


 オーヴィスはむううっとしたあとにへらっと馬鹿にするように笑って言葉を放った。


「昨年は無様だったな。手作りのおもちゃ飛行機じゃ落ちるのがやっとだ。知ってるか、飛んで初めて飛行機械というんだよ」

「今年はあんたより飛べそうでほっとしているよ。たった二十分で喜んでててこっちは安心したさ」

「何だと!」


 オーヴィスが目玉を剥きながらクルトの胸倉をつかんだので、スタックリドリーは慌てて立ち上がりごほんと咳払いした。オーヴィスが異物を見たような顔をしている。


「何だ、お前は」

「スタックリドリーです。残念ですが今年の優勝をかっさらうのは僕です」

「何ぃ?」

「僕はこの町を出てはるか向こうの天空の場所まで飛ぶことにします。そうだな、一時間近くは飛ぶことになるでしょう」

「お前は何を根拠にほらを吹いているんだ!」

「ほらではないです。精霊が約束したんです」


 えっ…………とクルトとオーヴィスの二人が固まってしまったので、スタックリドリーは鼻息荒く荷物を引っ掴むとクルトとともにオープンカフェをあとにした。


 町中をぐいぐいと進んでカフェも見えなくなったころにクルトに制止させられる。周囲に店は少ない。クルトは手を開いて呆れ返った顔をしていた。


「お前大丈夫か? 精霊がどうとかって。頭おかしくなったんじゃないかって」

「大丈夫、だいじょーぶだよ。あ、いや全然大丈夫ではないか」


 一人でぶつぶつといっているとクルトが膝に手をついて頭を下げた。


「はは、はははは」


 突然壊れたように笑い出したので目が点になる。何か可笑しなことをいっただろうか。スタックリドリーには訳が分からなかった。


「ああ、あんなことまたいっちまった。飛べやしないのに」


 涙目をこすりながらまだ笑っている。そうか、彼のアレは強がりだったんだなと今頃気づいた。


「オーヴィスとは因縁があったのかい」

「父さんの時からのね。あいつは父さんの亡くなった場所に供えられた花に火をつけた無礼者さ。人として信じられないだろう」

「そんなこと……」

「そうさ、だから悔しいから負けたくない。でも正直勝てる気がしない」


 相手は悔しいがとてもいい飛行機械を所持している。金ですべて決まるわけじゃないだろうが、それでも性能の差は歴然だ。こっちはオンボロ自作飛行機械であちらは一級品。よし、それならば。スタックリドリーはぱんっと頬を打つときっぱりといい切った。


「起死回生の策はある。是非とも精霊を味方につけよう!」

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