4 クルトの父の思い出

 天空の場所とはどんな夢心地な場所だろう。たとえばこの世には精霊しかたどり着けない場所があって、その場所にひそかに導いてくれる。くれる、という表現が癪だが実際はそうだ。精霊シルフの恩恵で飛ぶことが出来たのなら、もしかしたらそういう隠れ里にも……


「ねえ、聞いてる?」

「え、ああごめん。聞いてませんでした」

「まったく」


 その設計図じゃ、骨組みが少なすぎると厳しく注意を受けた。クルトは指先で設計図をなぞりながらココと指さした。


「力が特にかかる場所だからもう少し足した方がいい。飛んでみたらわかるんだけどココに一本あるのとないのじゃ飛んだ時の安定感が違う」


 なるほど、と翼を横断する線を書き足す。


「頭に描いた骨組みよりずっと慎重に設計した方がいい。実際に作ってみると抜けてるということがかなりあるんだ。頭のなかのイメージじゃなくて理論で飛ぶんだよ」

「理論、なるほどそれは難解だ」

「例えばこの翼の裏側は横の支柱同士をつなぐ縦の木が要る。縦の木は二本じゃ少ない。三本は構えないと布がきれいに張れないんだ」

「なるほどなるほど」


 細かい線をさらに書き加えていく。ちなみにといってクルトが続けた。


「横の支柱は繋がった一本じゃないといけないよ。間違っても継いだりしたら途中で折れる。風圧がかなりかかるからそれに耐えるくらいに太くなくちゃいけない」


 あと、とクルトはまだいい足りないらしくつけ加えた。


「リドリーはとても軽そうだけれど、自分の重みは計算に入れたかい」


 確かにと首をひねる。全く計算してなかった。骨身の自身でもそれなりに重さはある。たとえば中央部分の肩ひものところを柔くしていると真ん中でばっきりということもあり得る。となればここの正方形部分の骨組みは特に重要だから対角線上にも骨組みを足して。


「出来たかな」


 書き上げた設計図を見てみるとそれなりにカッコいいではないか。ふんと鼻息を鳴らす。


「まあ、ダサいけど十分だろ」


 むっとしたがその気持ちは収めて拾ってきた木陰に枝を広げる。トートバッグが破れそうなくらいの数を拾い集めた。想定外もあったがこれで足りないということはさすがにないだろう。

 クルトに借りたペンを持つと枝に向き合った。


「まずは印をつけてのこぎりで切断しよう」


 いざ、のこぎりを持って木を切断……ぎいぃこ、ぎいぃこ、ぎいぃこ……

 へっぴり腰で引いているとクルトが可笑しそうに笑った。


「なんだよ、森の子がのこぎりも使えないのか」

「ナタなら使えるよ! 風呂もそれで焚いた。のこぎりは活用する機会がなかったんだ」


 汚い切り口ながらも何とか細い丸太を切断できた。及第点は残るが大事なのは慣れだ。


「じゃあ、次はお得意のナタだ。縦に少し大きめに割いて」


 タン、タン、タンと刃を入れると木片がそこら中に吹っ飛んで転がった。


「本当にナタ使えたのか?」

「うるさい」


 すべての木をパーツごとに切り分けたころには昼だった。木陰のありがたさを感じながら汗をぬぐう。日向ならとっくにばてている。羊の皮の水筒に口をつけて水を飲んだら喉が潤った。ひと仕事したなと思った。


「削るのが済んだら今度は湯で曲げる。曲げが終わったら再び乾かして空から布を張って。テスト飛行だって十分にしておかないとな」

「ずいぶんと手がかかるものなんだね。すでに後悔を始めているよ。飛行機械ってのはどのくらい古いものなんだい」

「歴史のことか」

「そう歴史、確立された技術みたいではあるけれど」

「歴史っていうほどに古くないよ。せいぜいここ五年くらいのことなんだ」

「あまり昔じゃないんだね」


 スタックリドリーは水筒に蓋をすると話に耳を傾けた。


「この町で始めて飛んだのはオレの父親でその頃には飛行台もなかった。裏山から駆け下りてばっと翼を広げて見事に三十秒飛んだ。たった三十秒だって思うだろう。それでも三十秒飛べたんだぜ」


 クルトは説明するために砂に絵を描き始めた。


「最初は斜めに落下するだろう。そこからぐんと風を巻き込んで上昇する。上手く風に乗れたらシルフの力で余程重たくなければ五分は持つ。そういう意味じゃリドリーは有利かもしれない」

「お父さんは初め飛べた時からシルフの恩恵を受けていたのかい」

「どうだろうね、違うと思うけれど。父さんは精霊の声を聞いたわけじゃないから」

「声?」

「『あの子は助けちゃう?』『あの子は止めとこう、大きすぎるもの』『あいつは面倒だから落ちちゃえ』って。耳元でしゃべってくらしいんだ」

「ふううん」

「シルフってのがあんたのいう通り移り気なら、そのうち飽きてこの町の人間が飛べなくなる日もくるかもな」

「十五万ディルもかけているのに?」

「ああいうものは金持ちが道楽で買っているんだよ」

「なるほど」

「金のないヤツはオレみたいに作る。自作すれば羽布と塗料以外はかからないから」

「羽布か、それはやっぱり買わなくちゃいけないんだね」

「安い店なら知ってるから連れてってやろうか」

「どうもありがとう。ちなみにお父さんは今でも飛んでいるのかい」


 ああ、いやといってクルトは口ごもった。


「父さんは飛行機械の事故で亡くなったんだ。三年前のコンテストの時に暴風に煽られて」

「あ、…………ごめん」

「いいよ」


 クルトは砂に描いた絵を枝でかき消すと立ち上がった。


「お前に貸した道具はすべて父さんのものだ。父さんが死ぬまで大切に愛用していた道具。小さいころに父さんの作った飛行機械で初めて飛んだこと、今でも忘れないぜ。あの時の浮上する感覚といったら」

「魅入られたのかい、だからコンテストに挑むんだ」

「そう」


 クルトはばらばらに散らばった骨組みをいとおしそうに撫でながら微笑んだ。


「飛行機械を作り続けていると父さんを思い出す。死の間際まで愛した飛ぶ夢をオレも追いかけたい」


 父の姿は偉大だな。追いかけたい背中があるからチャレンジし続けられるんだ、そんなことを考えながらスタックリドリーも立ち上がった。


「よしじゃあ、今から羽布を見に町にいくか。客がいない時間帯の方がゆっくり見られるだろう」

「お願いします」


 ぺこりと頭を下げて従う。作業中の木片は全部トートバッグに入れてクルトの自宅のガレージに置かせてもらうことにした。


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