理想の肉じゃが
青村歩三
夢
みなさんは昔見た夢を覚えているだろうか?
私はあまり夢を覚えない質なのだが、何年経っても忘れられない夢が一つだけある。あの夢を時々思い出しては、肉じゃがを食べたくて食べたくて仕方がない。そして最近またあの夢を思い出した。せっかくなので、ここに書き留めようと思う。
私がまだ小学校低学年くらいのことだった。私はその年で夜更かしを覚えるようになっていて、深夜2時くらいに蒲団の中で当時流行っていたゲームをこっそりしていた。暗く、暑い中ゲームに夢中になっているそのとき、ぐんと強烈な眠気に襲われて気絶するようにがくりと頭が落ちた。
気が付くと、私は電車の中に座っていた。五人席の真ん中にいて、あたりには誰もいなかった。席を立ち窓の外を見るも真っ暗で、ぼんやりと霧が出ている。今思えば、内装は京王線ぽいが、少し狭かった。私は電車がいつか着くだろうと能天気に待つことにした。座りながら待っているうちに、まるで意識がなくなる感覚でぼーっとしていった。顔を上げると、ドアが開いていた。すでに電車は停まっていたらしく、急いで外に出ると電車はすぐに出発した。やはり空は暗く、無人駅と言ってもいいほど不気味に感じた。私が降りたのは一番ホームらしく、反対に二番と書かれている。とりあえず外に出ようかと思って改札を探すが、それらしきものはなかった。駅名もなく、これからどうしようかと思い、ベンチに座るとどこからともなく背後からおばあちゃんが現れる。
「アンタこんなとこで何やってるんだい!!! 危ないだろ!」
急に怒鳴られた私はびっくと振り返ると、母方のおばあちゃんらしき人が立っていた。らしき、というのは確信はしていないからだ。おばあちゃんの顔のはずなのに、似たような人にも見えるし、本人にも見えてしまうしはたまたまったく知らない顔にも見えてしまう。ここでは表現することは難しいが、わかることは見る人によって顔が変わるということだけだった。なので、容姿は想像にお任せしよう。ここでは一応、呼び名をおばあちゃんとする。
「えと、ここってどこですか? 迷子になっちゃって…」
焦りながらも、おばあちゃんに事の経緯を説明すると、
「しょうがないね。今晩はあたしの家に泊まっておいき。そうだねぇ、今の時間だと、帰れるのは7時の電車になっちまうなぁ。」
「ありがとうございます。あの、ところでこの駅には出口がなさそうなんですがどうやって出るんですか?」
「ああ、そういえばここから早く出ないと危ないね。喰われちまう。」
そういったおばあちゃんは姿を消して、私の意識も薄れていった。
目を覚ますと、知らない天井だった。体を起こすとすぐ横におばあちゃんと知らない男の子がいた。いや、顔は知ってはいる。だが、その男の子も同様おばあちゃんと同じ雰囲気を纏っていた。私の目には当時一番仲の良かった男の子が映っていた。
「家に着いたよ。今は三時だからあと、四時間はかかるね。そうだ、せっかくだし肉じゃがでも食べるかい?」
私はお腹が空いていたため、快く肉じゃがを作ってもらうことにした。私が起きた部屋は自室に少し似ていた。私と同じでマンション住みらしく、高い位置から景色を見ることができた(ほとんど霧だったが)
ご飯ができるまで暇だったので、ずっとうつ向いている男の子話しかけようと近づく。
「ねえ、お名前はなんていうの?」
「…たいが」
なんと、仲の良い男友達と名前が一緒だった。しかし、声は全くの別物である。声という表現も怪しいかもしれない。可笑しなことに、まるで頭の中で会話しているみたいだった。声が口から出ていない気がする。私たちの声が聞こえたのか、おばあちゃんが台所から顔を出す。
「暇なら大河と遊んであげりぃ。」
そういってすぐに料理へと戻っていく。「きて」と大河に言われて、遊び場に案内された。どこから出したのか、大河が鉄道の玩具持ってきて、青柄の顔のついた機関車を私に渡す。お喋りをしながらもたいがくんと一緒に線路を組み立てて遊んでいくうちにわかったことがある。
まず、おそらく私よりも年下なのだろう。顔はぼんやりと見覚えはあるが、私の知っている男友達とは違いどこか顔に幼さが消えていない気がした。読者諸君は小学生だからだろうと思うのかもしれない。しかし身長が小さいし、なにより言語能力がまるで幼稚園並みであった。一個一個の単語しか喋らなかった。例を出すと、
「ここってどこかわかる?」
「わかんない」
「君はおばあちゃんの孫とかなの?」
「ちがう、ぼく、ひろった、おばあちゃんに」
「え? おばあちゃんが拾ったの?」
「ちがう」
「おばあちゃんが君を拾ったの?」
「うん」
そういった感じで、まともに会話はあまりできなかった。
私の知っている男友達は頭が非常によく、身長も私なんかよりもずっと高かった。見た目は一緒でも、能力や身長は似せるのが難しいらしい。
簡単な言葉で会話をしていると、おばあちゃんの「もうできたよ」という声が聞こえてくる。お腹が空き過ぎて、匂いに釣られるように早歩きで大河くんと一緒に居間へ行き、食卓を見ると美味しそうな肉じゃがが並べてあった。人様の家でのご飯は初めてなので、緊張している私を他所に大河くんは目もくれず、ばくばくと肉じゃがを食べる。おばあちゃんが食べ始めたのを見て、私も遠慮がちに「いただきます」といって、一口食べる。今まで食べたこともない美味しさだった。まず、具材のサイズがちょうど良い感じで、じゃがいもがデカすぎず小さすぎずだった。味が濃いのにも関わらず、お肉は極端に脂ぎってなく、私好みの味付けだった。あまりの美味しさにおかわりをしようと思ったが、もうこれが全部らしく、おかわりはできずじまいだった。食べ終わったあとも、あの味が忘れられずにいると、おばあちゃんが時計を指す。
「もうすぐで七時になるね。さあ、行くよ」
おばあちゃんは椅子から立ち上がり、私の方を見る。それに合わせて私も立ち上がる。大河くんは察したのか、「ばいばい」と言って少し寂しそうにこちらを見る。
「はよ行かな、遅れたらまずい。これを逃したら帰れなくなるさ」
「そんなギリギリなんですか?」
ここでの居心地は良くて、まだいたいと思ってしまう自分がいた。
「ああ、電車が来るのを待ってる間を狙って喰われちまうからなぁ…」
「くわれる…?って何にですか?」
「すぐにわかるよ、おそらくまた出待ちしてるだろうね。しっかし、あんときあんた、よく喰われんかったなぁ。あ、いかん。早く出るよ」
私はおばあちゃんに急かされ、家を出る。外に出た瞬間、また意識が途切れるのだった。
目が覚めると、あの駅にいた。なぜ移動するたびに気絶するのかはもう気にしないことにする。(実際ほんとに気絶させられたのでなぜかは今でも謎である)
おばあちゃんに私は抱きかかえられていた。目が合うと、「やっと起きたんか」と言って降ろす。もう朝であったため、霧はまだ残っていたが、明るかった。
「もうすぐ来るから待っとき」
「あの、また来れたりしますか?」
不気味な反面、私はこの人たちの優しさに惹かれていた。現実の私はいじめられていて、両親にもいじめを信じてもらえず、夜更かしに逃げるような人間だった。そんな現実に嫌気がさしていたとき、この世界に入り込んだのだ。人間じゃなくても、私の知っている人間たちよりかは優しかった。たとえ人外でも、また会いたいと思ってしまうのは当然だろう…?
「もうここには来たらいかん。本来、あんたが来るところじゃないさ」
「やっぱりそうですよね。でも、それでもまた来ることはできるんですね?」
「無理さ。そんなホイホイ来れない決まりがあるんや。来れるときはアンタがあーなるときさ」
「あーなるってどういうこと?」
そのとき、電車の振動が響いてくる。ガタンガタンとゆっくり、今度は二番線の電車に乗るらしい。目の前で停まるが、乗るのを躊躇っていると、背中を押されて電車の中入れられてしまう。最後に「さようなら」と言おうと思って振り返ったとき、おばあちゃんの後ろに、映画で観るようなゾンビがたくさん立っていた。体の一部がないやつもいた。おばあちゃんの言ってる意味がようやく理解できてしまった。きっと、僕もああなったときにこの世界にまた来るのだろうと。電車のドアが閉じて、動き始めると、周りの霧が突風で吹き飛び、次第におばあちゃんの姿がぼやけ始め、ゾンビの姿へと変わった。
電車の中一人取り残された私は、呆然とさっきいた方向を見つめていた。ふと私はここからどうしようかと頭を抱える。どこで降りればいいのかわからなかったのだ。とりあえず椅子に座って次の駅まで待っていると、また急な眠気に襲われる。
目を覚ますと、自分の部屋だった。起き上がり、時間を確認すると朝の七時だった。
あの世界が死後の世界かただの夢か、はたまた地獄かはわからないが、夢にも関わらず、あの肉じゃがの味を私はまだ忘れられないでいた。翌日、母親に頼んで、肉じゃがを口にしてみたがやはり、あれは母の味ではなかった。もし、また会えるならまたあの肉じゃがを食べたいものである。
理想の肉じゃが 青村歩三 @Banbanban0829
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