第22話 夜明けのアンパンと狼の誓い
【第7回】 鉄鎖の狼
冷たく硬いコンクリートの感触が、琥珀の剥き出しの背中に突き刺さる。朦朧としていた意識が徐々に覚醒するにつれ、全身を苛む激痛と、手足に食い込む鉄の鎖の重みが、彼女を絶望的な現実へと引き戻した。
(……捕らえられた……か……)
自嘲にも似た思いが、琥珀の胸をよぎる。あの豹ケモミミの龍也との死闘、そして蛇ケモミミの隼人による卑劣なスタンガンの一撃。油断があったわけではない。だが、結果として、彼女は今、敵の手に落ち、完全に無力化されていた。
周囲には、龍也と隼人、そして生き残ったのであろうブラッククロウのメンバー数名が、まるで珍しい獣でも見世物にするかのように、下卑た笑みを浮かべて琥珀を取り囲んでいる。彼らの目は、仲間を殺されたことへの憎悪と、屈強な“ワンコインキラー”を捕らえたという歪んだ達成感、そして何よりも、これから始まるであろう“復讐”への期待に爛々と輝いていた。
そして、琥珀は気づく。自分の体が、一片の布もまとわぬ、完全な裸体で晒されていることに。あの漆黒のマントも、動きやすさを重視した黒衣も、全てが剥ぎ取られ、彼女の白い肌は、倉庫の薄汚れた裸電球の光と、男たちの汚れた視線に無防備に晒されていた。
鍛え上げられた、しかし女性ならではのしなやかさを失わない四肢。引き締まったくびれと、わずかに丸みを帯びた腰つき。形の良い小さな乳房は、荒い呼吸に合わせて微かに上下し、その先端は屈辱と寒さで硬く尖っている。腰まで流れる艶やかな灰色の髪は、床に乱れ散り、普段は気高さすら感じさせる狼の耳と尾は、今は力なく項垂れていた。それは、野生の狼が罠にかかり、牙を抜かれ、ただ嬲られるのを待つだけの、哀れな姿だった。だが、その無防備な姿態は、男たちの歪んだ欲望を煽るには十分すぎるほど官能的でもあった。
「グハハハハ! どうだ、ワンコインキラーとやら! さっきまでの威勢の良さはどこへ行ったんだ? まるで生まれたての小鹿みてえじゃねえか!」
龍也が、腹の底から響くような大声で嘲笑する。彼の豹の耳は勝ち誇ったようにピンと立ち、金色の瞳が琥珀の裸体を頭の先から爪先まで、じっくりと品定めするように舐め回した。
「まさか、こんな上玉だったとはな。殺し屋なんぞにしとくにはもったいねえ。なあ、隼人よぉ?」
「へへ……全くですぜ、龍也の旦那。この白い肌、この引き締まった体……そこらのアイドルなんか目じゃねえ。仲間たちの供養に、こいつにはたっぷりと“おもてなし”をしてもらいましょうや」
隼人の蛇のような細い目が、琥珀の体の隅々をいやらしく這い回る。その粘つくような視線は、まるで冷たい蛇が肌の上を滑るような、耐え難い不快感を琥珀に与えた。
龍也の指示で、生き残っていた不良たち――屈強な熊ケモミミの男や、ずる賢そうな狐ケモミミの男など、三、四人が、ニヤニヤと下品な笑みを浮かべながら琥珀へと近づいてくる。彼らの体からは、汗と獣の匂い、そして隠しようのない興奮が発散されていた。
「おい、狼女。てめえ、俺たちの仲間を大勢殺してくれたらしいじゃねえか。その落とし前は、きっちりつけてもらうからな」
熊ケモミミの男が、琥珀の髪を乱暴に掴んで顔を上げさせる。琥珀は無表情のまま、その男の目を真っ直ぐに見据えた。その昏い瞳の奥に屈辱の色はなく、ただ、氷のように冷たい、静かな怒りの炎が燃えているだけだった。
最初の陵辱は名も知らぬ下っ端の不良たちによって始まった。彼らは琥珀の体を玩具のように弄び、その白い肌に次々と汚れた手で触れていく。ある者はその柔らかな胸を鷲掴みにし、ある者は太ももの内側をいやらしく撫で上げ、またある者は力なく垂れた狼の尾を捕まえて引っ張り回した。
琥珀は、歯を食いしばり、一切の声を上げようとしなかった。だが、その無抵抗が、逆に男たちのサディズムを刺激する。
「なんだよ、つまんねえな。もっと啼けよ、狼女!」
「こいつ、見かけによらず頑固だな。だが、それもいつまで持つかな?」
やがて、下っ端たちの生ぬるい愛撫に飽きたのか、龍也が彼らを押し退けて琥珀の前に進み出た。その豹の顔には、残忍な笑みが浮かんでいる。
「てめえら、どけ。こいつは俺の獲物だ。まずは俺様が、じっくりと“躾”をつけてやる」
龍也はそう言うと、琥珀の顎を掴んで無理やりキスをしようとした。琥珀は最後の力を振り絞って顔を背け、その唇を固く閉ざす。龍也はその抵抗を面白がるように、今度は琥珀の敏感な狼の耳に、自身のザラついた舌を這わせた。
「ひっ……!」
さすがの琥珀も、その直接的で卑猥な感触に思わず身を捩らせる。龍也はその反応を見てさらに興奮し、琥珀の体を力任せに押さえつけると、その豹としての強靭な力で、彼女の抵抗をねじ伏せていく。鋭い爪が琥珀の肩や背中に食い込み、赤い血の筋が白い肌に幾筋も描かれた。それは、もはや性的暴行というよりも、一方的な暴力と支配の誇示だった。
「どうだ、狼公。少しは女の悦びってもんが分かってきたか? それとも、もっと手荒な方がお好みか?」
龍也は琥珀の耳元で囁きながら、その手を彼女の体の最もデリケートな部分へと伸ばそうとする。
一方で、隼人は、その一部始終を少し離れた場所から、ビデオカメラを回しながら、冷ややかに観察していた。彼は、龍也のような直接的な暴力よりも、もっと陰湿で、精神的な苦痛を与えることを好むタイプだった。
「龍也の旦那、そいつの尾っぽ、なかなか見事ですぜ。狼の尾ってのは、感情が正直に出るって言いますからな。どれ、俺様がちょっと刺激して、どんな反応を見せてくれるか、じっくりと観察させてもらいましょうか」
隼人は、そう言うと、蛇のように音もなく琥珀の背後に回り込み、力なく床に投げ出されていた琥珀の狼の尾を、その冷たい指先でそっと撫で始めた。そして、徐々に力を込め、尾の付け根の最も敏感な部分を、爪を立てるように執拗に刺激していく。
「ん……くっ……!」
琥珀の体が、弓なりに反り返った。声は上げまいと必死に堪えているが、その表情は苦痛に歪み、全身から冷や汗が噴き出している。その反応を見て、隼人は満足そうに喉を鳴らした。
「へえ……ここが弱点でしたか。流石のワンコインキラーさんも、これには敵いませんなぁ。もっと、もっと感じさせてあげますよぉ……」
隼人の指は、さらに大胆に、そして執拗に、琥珀の最も無防備な部分を嬲り続ける。龍也の暴力的な陵辱と、隼人の陰湿な愛撫。それは、琥珀の肉体だけでなく、その誇り高い精神をも、少しずつ、しかし確実に蝕んでいくかのようだった。
(……殺す……こいつらだけは……必ず、私の手で……!)
屈辱と怒りに燃える琥珀の瞳。だが、その瞳の奥で、微かに彩花との朝のやり取り――あの温かいアンパンと、冷たい牛乳の味が、まるで消えかけた蝋燭の灯のように、揺らめいていた。
琥珀の抵抗は想像以上に激しかった。手足を鎖で拘束され、完全な裸体で晒されながらも、その瞳の奥の光は少しも衰えず、隙あらば男たちに噛みつかんばかりの気迫を放っている。時折、拘束された手足を力任せに動かし、鎖がガチャガチャと耳障りな音を立てた。その度に、不良たちは一瞬怯んだような表情を見せる。
「ちっ……このアマ、まだ諦めてねえのか!」
「見た目に寄らず、とんでもねえじゃじゃ馬だぜ!」
龍也も、琥珀のその不屈の闘志に、次第に苛立ちを募らせていた。彼は琥珀の体を力でねじ伏せようとすればするほど、彼女の魂がそれに反発し、決して屈服しないことを感じ取っていたのだ。
「隼人! いつまで遊んでやがる! さっさとこいつを黙らせろ! もっと啼かせて、俺たちの前に跪かせるんだよ!」
龍也の怒声が飛ぶ。隼人は琥珀の尾を弄んでいた手を止めると、チッと舌打ちし、懐から再びあのスタンガンを取り出した。その先端が、青白い火花を不気味に散らしている。
「へへ……まあ、そう焦らないでくださいよ、龍也の旦那。こいつには、とっておきの“お仕置き”が必要みてえですからな。これを使えば、どんな強情なケモミミだって、すぐに可愛い声で鳴くようになりますぜ」
隼人は、下卑た笑みを浮かべながら、スタンガンを構えて琥珀へと近づいていく。その目が、これから起こるであろう琥珀の苦悶の表情を想像し、サディスティックな喜びに細められた。
「さあ、狼さん。お楽しみの時間ですよぉ……!」
隼人が、スタンガンのスイッチを入れ、その先端を、琥珀の濡れた太ももの内側へと押し当てようとした、まさにその瞬間だった。
バシュウウウウウウウウウウッッ!!!
突如、倉庫の天井に設置されていたスプリンクラーが、けたたましい警報音と共に一斉に作動し、大量の水がシャワーのように室内へと降り注いできたのだ!
「なっ……なんだぁ!?」
「火事か!? いや、煙は出てねえぞ!」
突然の出来事に、龍也も隼人も、そして他の不良たちも、完全に虚を突かれ、混乱に陥る。あっという間に、倉庫の床は水浸しになり、男たちの体もずぶ濡れになった。
そして、悲劇は起きた。
隼人が濡れた手で握りしめていたスタンガン。そのスイッチは入ったままだ。降り注ぐスプリンクラーの水が、スタンガンの回路をショートさせ、さらに床に溜まった水を通して、彼の体へと逆流したのだ。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああっっ!!!」
隼人の口から人間とは思えぬ絶叫が迸る。その体はまるで雷に打たれたかのように激しく痙攣し、白目を剥いて泡を吹きながら、床に倒れ込んだ。青白い火花が、彼の体からバチバチと散り、やがて、その動きは完全に止まった。蛇のように執念深く、陰湿だった男の、あまりにもあっけない、そして皮肉な最期だった。
スプリンクラーの水と、隼人の感電死によるショートが原因か、倉庫内の照明が次々と消えていき、辺りは急速に暗闇に包まれた。
「くそっ! いったい何が起きてやがるんだ!?」
「隼人さんが……! 隼人さんが死んじまった!」
「停電だ! 明かりをつけろ!」
突然の暗闇と混乱の中、生き残ったブラッククロウのメンバーたちは完全にパニックに陥り、右往左往している。リーダーである龍也も、この予期せぬ事態に戸惑いを隠せないでいた。
琥珀は、この千載一遇のチャンスを逃さなかった。全身ずぶ濡れになりながらも、この混乱を好機と捉え、手足に食い込む鉄の鎖を、ありったけの力で引きちぎろうと試みる。だが、鎖はあまりにも頑丈で、今の彼女の体力では、どうすることもできない。
(くっ……! ここで終わるわけには……いかない……!)
歯を食いしばり、諦めずに力を込めた、その時だった。
暗闇の中から、まるで猫のようにしなやかな足取りで、何者かが音もなく琥珀のそばへと近づいてきた。そして、その人物は慣れた手つきで、琥珀の手足の鎖に何か小さな道具を差し込み、カチリ、カチリ、と小気味よい音を立てて、次々とその拘束を解き始めたのだ。
「……ミオか」
琥珀が、掠れた声で呟く。暗闇に目が慣れてくると、そこにいるのが、いつもの軽薄な笑みを浮かべた情報屋・美緒の姿であることが分かった。彼女の手には、特殊なピッキングツールが握られている。
「やっほー、琥珀姐さん。いやはや、ミオちゃん、文字通り水も滴るいい女、ってか? それにしても、姐さん、今回はちいとばかし無茶しすぎとちゃう? ま、ミオちゃんがスプリンクラー作動させて、ついでに電気系統もちょちょいとイタズラしといたから、あの蛇野郎は勝手に自滅したみたいやけどな」
美緒は、悪戯っぽく片目を瞑ってみせる。彼女の声は、いつもと変わらず軽いが、その琥珀色の瞳の奥には、琥珀のこの無様な姿に対する、ほんの少しの同情と、そして確かな怒りの色が宿っていた。
「さ、姐さん、こんなところで油断しとったらアカンで。まだデカいのが一匹と、雑魚が数匹残っとる。ミオちゃんが、姐さんの“お掃除”の邪魔にならんように、ちょいとばかし“露払い”しといたるわ」
最後の鎖が外れ、琥珀の体は完全に自由になった。まだ体力は消耗しきっており、全身には無数の傷と痣が刻まれている。だが、その昏い双眸の奥には、先ほどまでの絶望の色はなく、ただ、自分をここまで辱めた者たちへの、燃えるような復讐の炎が、再び激しく燃え盛っていた。
美緒は、どこからか取り出した琥珀の黒いマントを、その濡れた肩にそっとかける。
「さあ、行こか、姐さん。……夜明けまでには、まだ少し時間があるみたいやしな」
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