短編集「夢」

@momo103

短編集 「夢」

一つ目の夢  「悪霊」

二つ目の夢  「とある発明家のドリームフォンとホログラム少女」

三つ目の夢  「新サービス・あなたの夢を正夢に!」

四つ目の夢  「バグった夜」

五つ目の夢  「夢を着る」



一つ目の夢 「悪霊」


 私は今、霊媒師と共に実家にいる。なぜ霊媒師がいるかって?この家に悪霊が憑いていると思うからである。私は堀内麗奈。大学四年生。この家には7年前に、転勤族の父の影響で引っ越してきた。私と母と父と、2歳年下の弟の昭乃(アキノ)、そして当時飼っていた犬のペコと一緒に。あの時はこんなことになるなんて思ってなかった。こんな不幸になるなんて!


 まず、この家に引っ越してきた二ヶ月後にペコが死んだ。急なことだった。私とアキ(昭乃)と二人で親に懇願して5年前からウチに来てくれたペコ。私にとってかけがえのない家族の一員だった。一週間ぐらい学校は休んだっけ。アキもそうだったと思う。父と母も哀しかっただろうが、父は仕事を休むわけにはいかなかったし、母も私たちがこれ以上病んではいけないからいつも通りな感じだった。でもこれは不幸の始まりにすぎなかった。

 それから一年後、アキが家に引きこもるようになった。学校でイジメに遭っていたらしい。アキは優しくて明るい、ムードメーカーのような存在だった。まさかイジメに遭っていたなんて。私は弟の苦しみに気付けなかった。私達は周りからも仲のいい姉弟と言われていた。小さい頃は実家の前にある朝日公園でよく二人で遊んでいた。だが引きこもり始めてからというもの、アキは私とは口を聞いてくれなくなってしまった。

 それから一年後。私が大学一年の夏である。地元の大学であったが、私は実家を出てアパートで生活をしていた。あの家に居たくないという気持ちがあったというのが理由である。ある日の夜中、母から電話がかかってきた。父に癌が発覚した。早期発見といえる状態ではなく、これからどうなるか分からないと医者からは言われたそうだ。当然は会社は長期間休まないといけなくなり、母はパートを始めると言った。私は大学を辞めると母に言ったが、母は「私が頑張るから大学は出なさい」と言ってくれた。私は大学を出て就職し、父と母に恩返しするために大学に行き続けることにした。


 その頃私は自動車学校にも通っていた。ある日の教習のことである。その日はいつもとは違う先生が担当してくれた。30代の男性で少し髪と髭が長い人という感じだった。名前は北野と言った。いつも通り車に乗り、ライトの確認を終わらせて先生が車に乗った後、彼の第一声がこうであった。

「堀内さん。あなた最近悪いことがあったんじゃないかな。」

驚いた。いきなり言われたからということもあったが、確かにその通りであった。私はこれまでの経緯を話しつつ教習を進めた。一通り教習を終えた後、私は彼にこう尋ねた。

「出来るだけ周りには気づかれないように振る舞っているつもりだったんですけど、今の私って暗いですか。」

私の問いに対し、彼はこう答えた。

「いつものあなたが分からないからなんとも言えないね。あなたを受け持ったのも初めてだし。」

不思議そうにした態度を見せる私を見て彼は続ける。

「実は僕一応ね、霊能力者なんだよ。内緒で副業として霊媒師をやってる。だからなんとなくその人が今どんな目に遭っているかが分かることがあるんだよね。」

霊能力者!?霊媒師!?いきなりそんなこと言われても訳が分からない。私は当時霊なんて信じてなかったし、信じたくもなかったが、こう言われると気になったので彼に尋ねた。

「ということは、私に悪霊でも取り憑いているということでしょうか。」

彼はこう返した。

「いやいや、あなたには何も憑いてないよ。可能性としてあるのは、君の家族のうちの誰かか、君の周りの物、例えば家とか。」

心当たりがあった。引っ越してきた実家である。あの家に引っ越してきてから不幸に見舞われているからだ。私が考えていると彼はこう言った。

「すまないが次の教習があるからもう行かないと。僕の名刺を渡しておくから何か手伝って欲しいことがあったら連絡してね。くれぐれも自動車学校には内緒でね!」

正直彼が霊媒師だということは信じきれなかったし、よく分からなかったが、もしかして一連の不幸が悪霊のせいだったら?という気持ちが芽生え始めたのはこの日からであった。


 それから三年経った。私は大学四年の春である。単位は勉強を必死に頑張った甲斐があり順調に取ることができた。就職も地元では有名な企業から内定をもらえた。ここで頑張ることができれば、闘病中の父と私のために頑張ってくれている母にも少しは恩返しをすることができるだろう。アキはまだ引きこもっている。私が社会人になって頑張っている姿を見せることができれば、アキの心のなかも変わってくれるだろうか。決して幸せと言える家庭環境ではないが、これからは私が支えていこうと張り切っていた。ある日の夜である。不意に母に電話をかけたくなった。しかし、何度コールをしても母は電話にでなかった。こんなことはこれまでなかった。私は心配になり、ダメ元でアキに電話をしてみることにした。すると電話が繋がった。電話越しであってもアキと話すのは数年ぶりだ。私はアキに尋ねた。

「アキ、お母さんと連絡が取れないんだけど、何か知ってる?」

するとアキはこう答えた。

「分からない。分からないけど、もう二日ご飯を貰ってない。これまで毎日部屋まで持ってきてくれてたのに。」

なんだって?どうなってるの?私はすぐさまこう返した。

「あんた二日もご飯食べてないの!?それにお母さんに何かあったってことじゃない。早く部屋でてお母さんを探してよ!」

私の絶叫に対してアキはこう返した。

「無理だ。もうベッドから動けない。体が動かないんだよ姉さん。ずっと何かが僕を見てるんだ。きっとぼくらは呪われてるんだよ。僕ら家族揃ってみんなもうすぐ死ぬんだよ!」

私は弟との電話を切り、すぐさま例の自動車学校教員の名刺をみて電話をかけた。やはりあの家には悪霊がいる。すぐにでも彼と一緒に実家に行かなければ。電話が繋がった。

「もしもし、以前教習中に北野先生に私の不幸について相談した堀内麗奈なんですけど、大至急実家に来てもらいたくて!」

彼はこう返した。

「落ち着いてよ堀内さん。急に言われても。僕にも予定があってだね。」

彼の言うことを聞き流し、私は言い放つ。

「とにかく早く実家の近くの朝日公園に来てください。来ないと副業の件学校にバラしますから!」

そう言い捨てながら電話を切った。私だけでも早く実家に行かなければ。








私が実家前の朝日公園に着くとそこには北野先生が居た。私が彼に声をかける。

「先生!来てくれたんですね!ありがとうございます!」

彼はこう返す。

「そりゃあまぁ、学校にバラされちゃったら僕も困るからね。この副業稼ぎ少ないし。急いでいるのだろう?早くいこうか。君のためにも。」

外から見た実家はいつも通りだ。でもきっとこの中に悪霊がいる。私は意を決して玄関のドアを開いた。

 ドアを開いたとたん一瞬時空が歪んだかのような気がした。悪霊のせいだろうか。だがこんなことを気にしている場合ではない。私は走るようにこう言いながら電気のついてないリビングへ繋がるドアを開ける。

「大丈夫?!お母さん!アキ!」


私がリビングに入った途端、部屋の電気がつき、クラッカーの音が鳴り響いた。

「ハッピーバースデー!麗奈!」

私は何が起こったかも分からずにその場に座り込んだ。リビングのテーブルには母の手料理が並びその周りには父とアキの姿もある。きょとんとしている私に母は語りかける。

「あなた勉強に必死すぎて自分の誕生日も忘れてたんでしょ。だからサプライズにしようと思って。お母さん頑張っちゃった!」

私の誕生日今日だっけ。とりあえず母が無事でよかった。でもお父さんは?病院にいるはずじゃ。母がこう続ける。

「お父さんも病状が安定してね。まだ完治ではないんだけど。」

父がこう続ける。

「お母さんや麗奈が頑張っているのに病院で寝ているだけは申し訳ないからな。自宅療法に変えたんだよ。」

そうだったのか。そしてもう一つ。アキが部屋からでてきている。アキのことを見つめているとアキも口を開いた。

「みんな頑張っているのに僕だけ部屋にこもっているわけにはいかないよ。これからできることを見つけていこうと思ったんだ。」

アキがこう続ける。

「驚かしてごめんね。姉さん。サプライズだからあんなこと言っちゃったんだ。こうすれば姉さん急いで戻ってきてくれると思って。」

その話を聞いた途端、私は泣き崩れてしまった。この家に悪霊なんていなかった。この家には幸せが溢れている。泣いている私を見て母がこう言う。

「ごめんねー麗奈。ちょっとやりすぎちゃったかも。でも今日はめでたい日なんだし、早くみんなで祝いましょ。麗奈私の料理食べるのも久しぶりでしょう?」

言われてみれば確かにそうだ。大学に入ってアパート暮らしを始めてから私はほとんど実家に帰ってなかった。帰ったとしても一瞬、必要なものを取りに帰るくらい。久しぶりに母の手料理が食べれる。私は席に着こうとした。しかし私の席の前にあるお茶碗にはご飯が入ってない。私が不思議そうにしていると母がこう言った。

「麗奈大喰らいだから、いつもご飯は自分で入れるんじゃない。」

確かにそうだった。私は炊飯器を開けようとした。


 炊飯器は開いていた。中には蛆虫が這っている。放心状態の私の周りから色が消えていく。テーブルを見ると、母も父もアキも、母の手料理も消えていた。その代わりにテーブルの前には北野先生が悲しそうな表情をして立っている。思い出したくない現実が私の頭に蘇ってこようとする。だが、私はそれを受け入れきれずに震える声で北野先生に問いかける。

「あの、これら全て悪霊の仕業ですよね...」

北野先生がこう返す。

「いや。この家に悪霊なんていないよ。それとあなたに言わないといけないことがある。」

お願い。それ以上は言わないで。だが、北野先生はこう続けた。

「あなたは車に轢かれて死んだんだ。僕に電話をかけてくれたあの日、朝日公園の前で。」

その言葉を聞いて私の中に鮮明に記憶が甦ってくる。私はあの日急いでいた。周りが見え無くなるほど。そして朝日公園に入ろうと道を飛び出したとき、車に轢かれて。

みるみる私の体が透けていく。私は最後に北野先生に語りかける。

「あぁ、悪霊は私だった。死んでも尚この家と先生に取り憑いて。こんなことになるならずっと実家で暮らしとけばよかった。そうすればずっとお母さんの手料理を食べれ




 堀内麗奈の霊が消えた。僕は北野昌幸。結局、彼女が僕に電話をかけてくれたあの日、僕は自分の予定を優先し朝日公園には行かなかった。後日彼女の死をニュースで知り、僕は罪悪感に蝕められることとなった。僕があの日、朝日公園に行けば何か変わったのではないかと。電話越しにでも彼女をもう少し落ち着かせることもできたはずだ。そしてこの件を放っておくことはできなかったので僕は彼女について調べ、彼女の母、美恵さんと連絡を取ることができた。

 美恵さんから聞いた話はこうである。麗奈さんが事故に遭った前日、美恵さんはパート先で倒れてしまった。麗奈さんと連絡が取れなかったのはこのためである。そして次の日、麗奈さんが家の前で轢かれた。部屋に引きこもっていた昭乃くんにも事故の音が聞こえたらしく、部屋の窓から血だらけで倒れている麗奈さんが見えたそうだ。そして昭乃くんはパニックを起こし、持っていたライターで部屋に火をつけ、家は火事になった。幸い昭乃くんは救助されたが、家は昭乃くんの部屋があった二階部分が全焼、あの日のまま、麗奈さん達の家は放置されている。癌で闘病中だった父、幸定さんは麗奈さんの死のショックもあったのか癌の症状が悪化し、麗奈さんの死から一ヶ月後に病死したそうだ。


 今日は美恵さんとカフェで会う約束をしている。定期的に辛い状況であろう美恵さんの話を聞くことにしているのだ。麗奈さんが戻ってくることはないが、これが僕にできる最低限の罪滅ぼしの一つ目だ。なんだか美恵さんの顔がこれまでより明るく感じた。席につくなり彼女が口を開く。

「昭乃が就職するって言ってくれたのです。これ以上お母さんを悲しませたくないって。」

そうか。それは良いことだ。皮肉にも父と姉の死が彼を動かす動力になったのだろう。僕は美恵さんにこう言った。

「よかったです。きっと幸定さんと麗奈さんも喜んでいると思いますよ。もう少し早く頑張れよ!って。」

僕がこう言うと美恵さんは少し笑ってみせてくれた。

 カフェでの話が終わり、会計を済ませて別れ際、美恵さんが僕にこう言った。

「昌幸さんって霊が見えるのですよね。麗奈と会うことはできないのでしょうか。」

僕は彼女の問いかけにこう返す。

「麗奈さんの霊に会ったことはこれまでありません。きっと成仏したのだろうと思います。」

彼女は「そう、なら良かった」と笑顔で、どこか寂しそうに言った。

 

今、燃えてしまった麗奈さんの実家に”悪霊は”取り憑いていない。結局、麗奈さん達の家に悪霊がついていたのかは、僕にも分からない。麗奈さん達一家に降り注がれてしまった不幸は本当に悪霊によるものだったのか。昭乃くんが麗奈さんに対して電話で言っていたことは、極限状態に追い込まれた昭乃くんが見た幻覚だったのか。それとも…

今僕は朝日公園にいる。僕は美恵さんに嘘をついた。僕には霊が見えるという能力ともう一つ能力がある。霊に対して霊が望む幸せな「夢」を見せることができるというものだ。これまでこの能力を使いたくさんの霊を成仏させてきた。だが、今回はこれまで通りにはいかない。いくはずがない。

僕は麗奈さんが事故にあった9時45分、金曜日に必ず朝日公園に来ることにしている。どんな予定があったとしても必ず。もうすぐだ。

「先生!来てくれたんですね!ありがとうございます!」

今日も麗奈さんの霊は朝日公園に駆け込んできた。これで23回目。これが僕の二つ目の罪滅ぼしだ。






二つ目の夢 「とある発明家のドリームフォンとホログラム少女」


ついに、ついに完成した!俺の研究によって生み出された、俺の夢が詰まった装置、[ドリームフォン](試作品第一号機)がついに完成した!

 俺の名前は新妻聡(ニイズマサトル)。今のところ自称発明家のアパート住まいの28歳だ。今は西暦2030年。俺には小さい頃から変わらない夢がある。過去に干渉をすることができる装置を発明するという夢だ。きっかけは小学生の頃見たアニメだった。そのアニメの主人公は発明家であり、過去に事故で恋人を亡くしていた。その恋人が死ぬという運命を改変するために過去に行くことができる装置を発明して、恋人を助けに行くという物語だった。

俺はこれまでこの装置の発明に人生を注いできた。そのせいで周りから変人扱いされ、仲間はいないため一人で研究をすることにはなったのだが。まぁ、そんなことはどうでもいい。早くこの装置、[ドリームフォン]の試作品を試してみよう!


 このドリームフォンは円柱型の2本の装置で、2本のうちの1本を過去に送ることができる。そして過去に送った装置を受け取った人物と通話をすることができる。また、装置が通話を行う人物の姿のスキャンを行い、装置に搭載されているホログラムによって互いに相手の姿を見ながら通話をすることが可能だ。そして現時点ではこのドリームフォンは試作品、つまり未完成なので二つの制限がある。

一つ目は過去に装置を送る場所は自由に指定できず、現在俺がいる位置の過去にしか送れないという制限。俺は一年前にこのアパートに引っ越してきて、詳しい話は知らないがその前にも誰かがここで暮らしていたらしい。なのでその人物に装置が渡ることになる。相当驚かれるだろうが、研究のためだ。堪えてもらおう。 

そしてもう一つは送ることができる年数の限度が3年前、というよりは今から3年前にでしか装置を送ることができないという制限だ。この3年という年数が、現時点の俺の研究成果の限界なのだ。もちろんこれからこれらの制限を無くせるようにしていきたいのだが、まずはこの試作品が正しく動くか試さなければならない。俺はドリームフォンを起動させ、2本のうちの1本を過去に送る準備を始めた。準備が終わりしばらくすると、過去に送るドリームフォンが音も立てずに消えてしまった。もっと派手な演出を期待していたのだが仕方がない。さぁ、上手くいったのだろうか。俺は過去の人物に繋がるはずの足元に置かれたドリームフォンを見つめていた。



“ビビィッッッー!”

装置の転送が完了したことを知らせるアラームが鳴った。とりあえず何処かにドリームフォンを送ることには成功したようだ。ちゃんと3年前に送れたのか気になっていると、こちら側のドリームフォンのスピーカーから声が聞こえてきた。

「え?なにこれ?こんなのさっきまで無かったのに。」

人がいるようだ。俺はその人物にこう問いかける。

「驚かしてすまない。突然になり申し訳ないが、君がいる場所の住所と現在の西暦を教えてもらえないかな?」

「えっと、〇〇県〇〇市〇〇町〇〇-〇〇、ムーンハイツです。現在の西暦は…あっ!2027年です。」

相手の返事を聞き俺は歓喜した。ちゃんと成功している。喜びを噛み締めていると、ホログラムが起動し、制服を着た少女が映し出された。ロングヘアで目が大きい、可愛らしい少女。女子高生だろうか。私は彼女にこう伝えた。

「信じられないかもだが、俺は君からすると3年後にその部屋で暮らしている。その装置は時間を超えて通話ができる装置なのさ。君にも俺の姿が見えているかい?」

しばらくすると返事が返ってきた。

「はい、このホログラム?みたいなので見えてます。ちょっと…信じられないんですけど、本当に未来から来たんですか?この装置。」

まぁ、そうだわな。いきなりこんなこと言われても信じられるわけがない。俺は彼女に自分は発明家だということ、この装置はドリームフォンという名前で試作品第一号だということを伝えた。そして俺は彼女に提案した。

「まぁ、とりあえず互いに自己紹介しようよ。君がよければこれから俺の実験に付き合ってもらいたいんだ。」

俺はこう続ける。

「俺は新妻聡。職業は発明家。28歳独身だ。君の名前も聞かせてくれないかい?」

彼女はこう答えた。

「倉本燈(アカリ)、17歳、高校生です。今は受験勉強で忙しいのですが、実験の手伝いってどんなことを?」

彼女の問いに俺はこう答える。

「ただ俺とその装置を通して通話をしてくれるだけでいいよ。通話を記録して資料として残したいと考えているんだ。ドリームフォンをより完璧なものに仕上げるためにね。」

すると彼女は考えているような素振りを見せながら答えてくれた。

「受験勉強で忙しいんですけど、毎日30分ぐらいなら。勉強の休み時間にもなるしいいですよ。」

俺は「ありがとう」と返すとあまり勉強の邪魔をするのは申し訳ないと思い、明日16時にまた通話をしようと約束をしドリームフォンの電源を切った。こうして俺と倉本燈との時空を超えたコミュニケーションが始まったのであった。



〜次の日〜 

俺がドリームフォンを起動すると、すぐにホログラムによって倉本燈の姿が映し出された。ちゃんと準備して待っていてくれていたようだ。そして会話は彼女から始まった。

「こんにちは。その…まだ信じれてないんですけど、聡さんは今から3年後にいるんですよね。この3年間で何か大きな出来事とかありました?」

俺は彼女の問いにこう返した。

「やっぱりそういうこと気になるよな。すまないが外の状況はほとんどわからないんだよ。なんせ大学を卒業してからずっとこもって研究ばかりしてたからね。」

俺のこの言葉に嘘はない。弟が大企業に勤めており親から送られて来る金を研究費に回しているため働いてなく、研究材料は宅配便、友達や研究仲間もいない。そのため俺はここ数年、周りの環境を遮断し一人で生活してきた。俺の答えに対し彼女はこう言った。

「そうだったんですね。聡さんも大変そう。実は私も最近はずっと部屋にこもって勉強ばかりしてるんです。志望校の〇〇医療大学のハードルがなかなか高いので。」

そうか。彼女は受験生だったな。俺もそこそこ頭の良い大学を出ているが、大学受験は苦労したものだ。俺は彼女にこう提案した。

「実は俺は〇〇大学を出ている。君の志望校と同じぐらいの難易度だろう。研究を手伝ってくれているお礼に、俺が勉強の手伝いをしてあげようか。」

俺の提案に対し彼女は笑顔で答えた。

「アリですね。それなら長く通話できるし、お互いwin winですよね。私も友達いなくて、一人で勉強するのも寂しかったから。」

それから俺は彼女ともに受験勉強をした。彼女と話しているうちになんとなく、俺と彼女は性格が似ている気がしてきた。周りとあまり馴染むことができず、一人で四苦八苦してしまうタイプ。2時間くらい経っただろうか。ドリームフォンの通信が悪くなり始めてきた。長時間の通話は負担がかかってしまうようである。今日はこれぐらいで終わるかと彼女に提案すると彼女はこう言った。

「今日はありがとうございました。誰かと一緒に勉強するのも楽しくていいですね。それと、私のこと、「君」じゃなくて「アカリ」って呼んでください。なんか距離感じるので。」

確かに「君」って呼び方は距離を感じるか。俺はこう返した。

「分かったよ。次からはアカリって呼ぶことにする。また明日ドリームフォンを繋げるからよろしくな。あまり追い込みすぎず頑張りなよ。」

アカリは「分かりました」と返し、通話を終えた。今日は長い通話をすることができたから満足だ。だが俺には気になることがあった。通話中、彼女以外の気配は無かった。彼女は一人暮らしをしているのだろうか。たまたま一人しか家に居なかっただけか?彼女についてもっと知りたいし、聞いてみよう。



〜5日後〜


あれから俺たちは毎日2時間ぐらい一緒に受験勉強をしている。アカリの俺に対する態度は柔らかくなり、アカリの境遇も分かってきた。彼女の家は父子家庭で一人っ子。小さい頃に母は病死し、父と二人でこれまで暮らしてきた。父は経営職だが夜遅くまで仕事をしているらしい。そして実家から高校が近いアパートにアカリは一人暮らしをしている。彼女の夢は医者であり、そのために良い大学に入ろうと頑張っているようだ。今日も彼女と勉強を頑張っていると、鍵の開く音がして誰かが入ってきた。彼女はこう言った。

「多分、5つ上の従兄弟の京太くんがきたんだと思います。彼、うちの鍵を持っているので。」

従兄弟がいたのか。しばらくするとホログラムに青年の姿が浮かび上がった。パーマがかかった金髪の頭、耳にはハート型のピアス。そして奇抜な服装。俺がいうのもなんだが真面目に働いてなさそうな見た目である。青年はドリームフォンの存在に気付いたようで、こう言った。

「これがアカリが言ってたやつ?マジでやばそうな装置じゃん。このおじさんと話してるんだ。」

アカリは彼にドリームフォンの存在を伝えていたようだ。アカリはこう返す。

「あっ…そうだよ京太くん。えっと、これがドリームフォンで、この人が聡さん。頭が良くって受験勉強手伝ってもらってるんだ。」

なんか会話がぎこちない気がするが、あまり仲良くないのか?俺はこう言った。

「初めまして京太くん。アカリから俺の話は聞いてたみたいだね。驚いただろう?」

京太はこう返した。

「まぁ、正直アカリから聞いた時は勉強のしすぎで頭おかしくなってんじゃねって思ったけど、見た感じガチっぽいっすね。ネットにあげたらバズりそうだな。」

俺はこう返した。

「いやネットにあげるのはやめてくれ。混乱を招きそうだし、別に有名になりたくてドリームフォンを作ったわけじゃない。そもそも誰も信じんだろう。」

俺の言葉に対しアカリがこう言った。

「そ、そうだよ京太くん。私も今は勉強に集中したいし。」

アカリの発言に対し京太は「つまんな」と言い捨て、部屋を出ていった。アカリはこう言った。

「私、京太くんのことちょっと怖いんですよね。たまに暇つぶしだって家に来るんですけど、お金をせびられたりして。彼、ここら辺じゃ有名なヤンキーだったんですよ。」

まぁ、見た目通りのやつってことか。彼に勉強を教えてもらうのは無理そうだな。その後勉強をしていると、やはりノイズが出始めてきたので今日の通話は終わることにした。通話の終わり際、アカリは俺にこう言った。

「大学受験まで後二ヶ月ぐらいですけど、ずっと受かるか不安でした。聡さんと勉強し始めてからは気分も落ちついてきて、その、ありがとうございます。これからもよろしくお願いします。」

俺は「こちらこそ」と返し、通話を終えた。アカリを取り巻く環境は恵まれてはいない。それでも医者になるという夢を叶えるために頑張っているのだ。俺が彼女の支えにならなければ。もちろん研究第一だがな。



〜一週間後〜


それからも俺とアカリの通話(受験勉強)は続いていた。通話越しだけでもわかるほど、彼女の学力は伸びてきてきている気がしている。ノートに文字を書きながら彼女は俺にこう聞いてきた。

「聡さんはこのドリームフォンを完成させてなにをしたいんですか?」

俺はその問いに、すぐに返すことができなかった。考えたことがなかったことがなかったからである。俺の夢はドリームフォンを完成させること。その後のことなど何も考えてない。俺は彼女の問いにこう返した。

「そうだな。正直考えたことがなかったよ。この前京太くんにはああ言ったが、せっかくドリームフォンが完成したなら、世間に公表してドリームフォンを普及させたいかな。俺と同じように時空を超えて話をしたいやつも多いだろうからね。」

俺の答えを聞いて、アカリはこう言った。

「それはいいですね。聡さん世界で有名になれますよ。私は聡さんほどすごい人になりたいわけじゃないんですけど、優秀な医者になってたくさんの人を救いたいんです。お母さんみたいな人を一人でも減らしたいから。私やお父さんみたいに悲しくつらい思いをする人も減らしたいんです。」

アカリはこう続けた。

「実はお母さんは医療ミスで死んだんです。手術中に。すぐ死ぬほどの病気ではなかったんですけどね。お医者さん達も全力でやってくれてたんだと思います。でも彼らが優秀では無かったからお母さんは死んだ。どうしてもそう思ってしまうんです。」

壮絶なアカリの過去に俺は言葉が出なかった。しばらく沈黙が続いた後、俺はこう返した。

「そうだったんだな。心配しなくても君なら優秀な医者になれるさ。周りから信頼され、たくさんの命を救える医者にね。」

俺の言葉に対しアカリは「ありがとうございます」と笑みをこぼしながら答えた。

通話を終え、俺はこれまでの自分のやってきたことについて考えていた。俺の夢は時空を越える装置を作ること。だがその夢は、アカリの夢を聞いた後だと何とも独りよがりな夢に思える。俺はこれまでの人生を周りの恵まれた環境に甘え、働きもせず、自身の夢を叶えるためだけに使ってきた。俺はこれで良かった。夢を追う生活はそれなりに楽しかったからである。だがそこから何が生まれてきたのだろう。親や弟に迷惑をかけ、周りに良い影響も与えない。俺はこのままで良いのだろうか。アカリの話を聞き、そんなことを考え始めていた。



〜4日後〜


今日もドリームフォンで通話をしながら、アカリと勉強をしていた。この通話を始めてもう二週間ちょっと。俺の日課となったこの通話は、俺にとって大切なものとなっていた。もちろんアカリの存在も。

”ガチャっ”

鍵の開く音がした。京太が来たのだろうか。しばらくすると誰かが部屋に入ってくる音がした。アカリは驚いた顔で部屋の入り口を見つめながらこう言った。

「え?あ、あなただれですか?」

京太じゃない?するとホログラムは部屋に入ってきた人物を写し出した。その人物は覆面を被り、全身黒い服をきている。そして手には刃物。アカリが危ない。そう思い始めた頃には、アカリは覆面に腹を刺されていた。アカリは刺された場所を抱え込みながら横に倒れていった。俺は叫んだ。

「アカリ!!!」

アカリからの返事はない。一瞬の出来事ではあったが、俺にはあまりにも遅く感じた。覆面が口を開く。

「この装置を通してお前に告げる。今すぐドリームフォンの研究を辞めろ。貴様がドリームフォンをこの部屋に送ったばかりに、倉本燈は死ぬのだ。よいか?ドリームフォンの研究を辞めるのだ。」

ボイスチェンジャーがかかった言葉を言い残し、覆面は部屋を出ていった。俺は何が起きているのか分からないまま、苦しそうにしているアカリの名前を叫び続けていた。するとアカリが俺に向かってこう言った。

「聡さん、私、死ぬみたいですね。夢を叶えたかったな。私のことなんて、気にしないでいいから、どうか聡さんは夢を叶えてくださいね。」

アカリはこう続ける。

「私、聡さんに嘘をついてました。実は私のいる今のザザはザザザザです。ザザザの言うザザザザザて。私はあなたに謝らないといけない。」

ノイズのせいで何と言っているのか分からない。まだそんなに長時間通話をしてないのに。いや、そんなことどうでもいい。アカリが助かれば。だが、アカリは俺にこう言った。

「今まで、ありがとう、聡さん、さようなら。」

その言葉を最後に、アカリは目を閉じた。俺は何もできずに、ただ動かなくなったアカリを見つめていた。そしてしばらくすると、ドリームフォンは煙を上げ始め、機能が停止した。


〜数年後〜

 俺は今、実家でバイトをしながら暮らしている。アカリの件以降、俺は研究を辞めてしまった。アカリを刺した覆面は、俺がドリームフォンをアカリに送ったからアカリは死ぬと言った。ならばアカリが死んだのは俺のせいだ。優秀な医者になりたいという立派な夢を持ったアカリを、苦しく悔しいはずなのに死ぬ間際でさえ俺の夢を応援してくれたアカリを、殺したのは俺だ。そのような自責の念に駆られながら日々を暮らしていた。

 俺はあの後、アパートを追い出された。家賃を滞納したからだ。あかりが死んでしばらくは何もできない日が続いていたが、親からせめて家賃ぐらいは返せと言われ、バイトを始めた。今日はアパートの大家に直接お金を渡しに行く。

 俺はアパートの近くにある公園の前で大家と待ち合わせをしていた。俺が待ち合わせ場所に着いてしばらくすると大家が現れた。俺は大家に滞納していたお金を、「今まで申し訳ありませんでした」と言いながら渡した。すると大家はこう言った。

「まぁ、君は返してくれたから良かったよ。君の前にあの部屋に住んでいたおじさんなんてまだ滞納している分を返してくれてないからね。」

前に住んでいたおじさん?倉本燈ではなくて?俺は大家にこう聞いた。

「前にあの部屋に住んでいたのは女子高生ではなかったのですか。」

すると大家はこう答えた。

「いや、違うよ。君の前にあの部屋を借りていたのは、40代の男の人一人だったよ。」

まさか。もしかして。俺は大家にこう聞いた。

「その、今あの部屋を借りている人はどんな人ですか?」

大家はこう答えた。

「あんまり個人情報だからいいたくないけど。まぁ、お父さんが契約者で住んでいるのは娘さんだよ。娘さんは高校生だね。今大学受験前で忙しいみたいだよ。」

俺がドリームフォンをアカリの部屋に送ってからもうすぐ3年。俺はずっと勘違いをしていた。”3年前”に送ることができたと思っていたドリームフォンは”3年後”に送られていたのだ。なぜアカリが2027年だと答えたのかは分からない。だがそんなことはどうだっていい。要は今からアカリを助けることができるということだ。俺はすぐさま家に帰り、どうすればアカリを死なせずに済むかを考え始めた。


〜 一日後〜

 俺はアカリが住んでいるアパートの前に来ていた。片方だけになってしまったドリームフォンを入れたカバンを持って。今から10日後にこのアパートにドリームフォンが届くはず。アカリが刺される前に助け出さなければ。実はドリームフォンには研究のために通話を記録する機能が備わっている。通話機能は壊れてしまって使えないが、通話記録をホログラム付きで見ることができるのだ。まずはこれをアカリに見せて信じてもらわなければ。そう思いながらアカリの部屋に向かおうとしたとき、急に頭に痛みと衝撃を感じた。そして気づいた時には地面に倒れていた。後ろから棒で叩かれたらしい。俺はそのまま気を失ってしまった。

 俺は気がつくと縄で手足を縛られ、アパートの一室のような場所で拘束されていた。部屋は荒れており、周りにはゴミが散らかっている。そして目の前にはアカリを刺した覆面が刃物を持って立っている。覆面は俺に対してこう言った。

「俺は今からお前を殺す。何か言い残すことは?」

前回はボイスチェンジャーによって分からなかったが、今回は素の声だった。聞き覚えのある声だ。

「君、京太くんだろ。何でこんなことをするんだ!」

俺がこう言うと、彼は覆面を脱いだ。パーマがかかった金髪の頭に、耳にはハート型のピアス。間違いなく京太だ。京太は驚いた様子でこう言った。

「何で俺の名前を知ってんだ?もうわけわからねえよ。」

俺がもう少し周りを見渡すと、部屋の隅に俺のカバン、そしてドリームフォンが置いてある。だが、俺が持って来たドリームフォンじゃない。そこにあるドリームフォンは俺のやつよりデカく、形もしっかりしている。まるでドリームフォンの完成品のような。俺は仮説を立てた。そして頭を抱えている京太に向かってこう尋ねる。

「あそこにある装置は未来から送られて来たものだろう?おそらく未来の俺から。」

京太はこう返す。

「あんた現代の新妻聡か?あぁそうだよ!未来のあんたから送られて来たんだ。」

京太はこう続ける。

「34年後の新妻聡って名乗るおっさんからアカリのアパートの前にいる男を殺したら一千万円送ってやるって言われたんだよ。あんたの顔写真をホログラムで見せられてな!俺は借金があるから金が欲しんだ!」

おそらく次は三週間後のアカリを殺せと命令されるのだろう。なぜ未来の俺がこのようなことをしているのかは分からないが、ようするに未来の俺を止めなければこの一件は解決しないということだ。そのためにはまず京太を説得しなければ。

「京太くん!お金のために人殺しをするなんて。どうかしてるし間違っている!そのうち警察に捕まるぞ!」

俺の訴えに対して京太は座り込み、こう叫んだ。

「そんなこと分かってるよ!でもきっと、俺みたいな駄目なやつはこうでもしないと生きていけないんだ!」

彼なりに大変な人生を送って来たのだろう。だが彼がしようとしていることが許されるわけがない。俺は京太を諭す。

「未来の俺は君を騙しているんだ。お金なんてきっと送られてこないさ。それに仮に送られて来たとしても、こんなことをして得たお金で幸せになんてなれないよ。今回が初めてなのだろう?今解放してくれるなら警察に行かないと約束するから、こんな馬鹿げたことはやめるんだ。」

俺がこう言うと京太は「ごめんなさい」と言い泣き始めた。もし本気で俺を殺そうと考えていたのであれば、俺が気を失っていたときに何とでもできたはず。彼にも抵抗があったのだろう。アカリを殺す前、今の段階では。



〜数時間後〜

俺は解放され、再びアカリが住むアパートの前にいる。京太の部屋にあった未来から来たドリームフォンを見てみたが、すでに壊れて機能していなかった。しかし何かに使えるかもしれないので持って帰ってきた。

俺はアカリの部屋のインターフォンを鳴らした。

 “ピンポーン”

 俺がインターフォンを鳴らすと中からアカリの声が聞こえた。

「はい。えっと、どちら様ですか。」

インターフォンにつけられているカメラでこちらの様子が見えるらしい。当然ながら今のアカリは俺のことを知らない。俺はこう返した。

「不審がられるのは分かっている。だが、どうしても君に伝えたいことがあるんだ。だからどうか、部屋に入れてくれないか?」

しばらくしてアカリはこう返答した。

「なんか大変そうですし。分かりました。どうぞ。」

“ガチャ”

遠隔操作で玄関の鍵が開いた。アカリの部屋に入るのはこれが初めてだ。リビングに繋がるドアを開けると、勉強机の前に座っているアカリがいた。これまでドリームフォンを通じてでしか話したことがなかったので、いざアカリを目の前にすると何だか緊張する。気まずい空気が流れる中。アカリがこう言った。 

「その、私に伝えたいことって。」

俺は壊れたドリームフォンをアカリに見せながらこう言った。

「俺が説明するより、これを見てもらった方が信じてもらえるはずだ。」

俺がドリームフォンを起動させ通話記録を再生させると、俺の姿とアカリの姿が浮かび上がり、二人で勉強して居る様子が映し出された。アカリは驚いた様子で俺にこう聞いた。

「これはいったい。まさか、京太くんが言ってたのって。」

俺が京太の部屋から出る際、京太はこう言っていた。

「未来のあんたが言ったんだ。アカリに変な装置が送られて来て現在の西暦を聞かれたら、2027年って答えるように伝えておけって。」

これでアカリが俺に嘘の西暦を伝えた謎は解けた。だが何故、未来の俺はここまでして俺の研究を邪魔しようとしているのだろう。大切な存在であったはずのアカリを殺してまで、何故だ?だがこのことを考えるのは先だ。まずはアカリに説明しなくては。

 一通り俺のこれまでの話を聞いたアカリはひどくショックを受けていた。無理はない。回避されたであろう未来とはいえ、京太に殺されたのだから。アカリはこう言った。

「でもまだ私が殺されないって決まったわけじゃないですよね。それに、未来の聡さんは別の方法を取ってあなたを邪魔しようとするんじゃないですか?」

アカリの言う通りである。未来の俺自身を止めなければ、この一件は解決しない。そのためには未来の俺と直接話す必要があるが、現段階のドリームフォンでは34年後までは送れないし、未来から来たドリームフォンも修理して直りそうな様子ではない。手段はただ一つ。これからすぐにドリームフォンの完成品を完成させること。そして俺はアカリに提案した。

「無理なお願いなのは分かっている。だが俺は君に未来の俺を説得してほしい。力を貸してくれないか。君自身を死なさないためにも、どうかお願いだ!」

アカリはこう答えた。

「分かりました。こんなの見せられたらどうせ勉強どころじゃなくなって集中できませんし。でも、約束してくださいね。この一件が片付いたら、私の受験勉強手伝うって。」

俺は「分かった」と返し、未来の俺を、アカリと一緒に止めると決意した。


〜8日後〜

あれから俺はアカリの部屋を使わせてもらい、ほとんど不眠不休で研究した。幸い参考となる未来のドリームフォンがあったが、部品に見たことがないものが使われていたり、どう考えても理解できない構造があったりと、完全再現をすることは不可能だった。30年後のものなのだから当たり前だ。だが、これまでの研究で得た経験や知識の全てをこの数日間に注ぎ込んだ。入手できない部品は他の似た素質を持つ素材で代用し、理解できない構造も必死に理解しようとした。そして研究にはアカリが助手としてついてくれた。俺にはない知識をアカリが持っていたこともあった。それに、ずっと一人で研究していた俺にとって、アカリの存在はとても心強く感じた。そして出来上がったのが[ドリームフォン]完成品(仮)である。そして今日、このドリームフォンを34年後の俺に向かって飛ばす。未来のドリームフォンを解析したので未来の俺のいる座標は分かっている。俺はアカリと共に未来へ送る方のドリームフォンのスイッチを押した。

 “ビービービービー”

煙を上げながら、未来に送るドリームフォンから負荷のかかりすぎを表すブザーが鳴り始めた。時空が歪み始めているのか、部屋には風がまるで竜巻のように吹いている。心配そうにドリームフォンを眺めている俺の手をアカリは握ってくれた。そして俺にこう言った。

「きっと大丈夫です。二人で未来の聡さんにガツンと言ってあげましょう。」

俺はドリームフォンに向かって叫ぶ。

「おい!ドリームフォン!未来の俺なんかに、負けるはずがないだろう。お前は俺の夢なんだ。俺の夢を!叶えてくれ!」

“ビビィッッッー!”

 風は止み、こちら側のドリームフォンから転送完了を表すブザーが鳴った。気づけば未来へ送るドリームフォンは消えていた。これだよこれ!俺が求めていた演出だ!そしてホログラムが作動し、未来の俺(62)の姿が映し出された。


 未来の俺はひどくやつれていた。そしてこう言った。

「京太がしくじったみたいだな。やはり過去を変えるのは簡単じゃないようだ。」

俺はできるだけ未来の俺に対する怒りを抑えながらこう言った。

「初めましてだな。未来の俺。まるで不幸を溜め込んだような顔をしてるじゃないか。」

俺はこう続ける。

「何でこんなことをしたんだ。ドリームフォンを作ることは俺の夢だったはずだろう?!」

俺の問いに対し未来の俺はこう言った。

「あぁ、夢だったさ。ドリームフォンが世界を壊すと気付かされる前まではね。ドリームフォンの開発に成功した俺は調子に乗って大量生産を行なった。その結果様々な問題が起こり始めたのさ。」

未来の俺はこう続ける。

「歴史の改変に始まり、死人が減り人口の増加による食糧不足、食糧不足による戦争と、挙げだしたらキリがないよ。初めは大量生産をしようとする俺を止めようとしたが、俺自身を止めれたとしても他のドリームフォンの情報を持っている奴らが大量生産を始めるから上手くいかない。だからドリームフォン自体の開発を取り消そうと考えたんだ。俺自身を殺してでもな。」

ドリームフォンが世界を壊す未来を聞き呆気に取られていると、アカリが未来の俺にこう言った。

「だからって聡さんや私を殺そうとするのは絶対に間違ってる。他にも方法があるかもしれないのに、京太くんを使って、あなたは手を汚さずに安全なところで過去が変わるのを待っていればいいだけ。きっとホログラムの私が好きだったのは、そんなことをしようとする聡さんじゃない!」

アカリの叫びを聞き、未来の俺はこう返した。

「はは、アカリにそんなことを言われると流石に堪えるな。実は君と俺は結婚したんだよ。だが君はドリームフォンの開発者として日に日に病んでいく俺の姿を見て悲観し、5年前に俺の前から姿を消したんだ。今も俺の隣にアカリがいてくれたら、こんな荒いことをすることも無かったのかもな。」

未来の俺の発言に対し、俺は怒りが溢れだしこう叫んだ。

「アカリのせいにするんじゃねぇ!悪いのはお前自身だろうが!全部お前が悪いんだよ!」

怒りを吐き出した俺は冷静になり、こう続けた。

「すまない。未来の俺も大変だったよな。俺の夢が世界を壊してしまうなんて、辛かったよな。だから俺を殺して解決するんだったらそれでいいよ。その代わり、頼むからアカリだけには何もしないでくれ。彼女は俺と違って立派な夢を叶えようとしてるんだ。」

俺の言葉に対しアカリがこう言った。

「聡さんの夢だって立派ですよ!確かにそれは世界を壊してしまうものなのかもしれない。でも夢を追ってる聡さんは私には輝いて見えます。きっとホログラムで見た私だって、あなたの存在が大切だったはず。だから殺されてもいいなんて言わないで!」

俺たちのやりとりを聞き、未来の俺はこう言った。

「分かったよ。もう君たちに手は出さない。だが過去の俺よ、約束してくれ。ドリームフォンの代わりになる夢、生きる意味を見つけるのだ。未来の俺をどうか助けてほしい。俺とは違って、アカリを悲しませる男にはなるなよ。」

そして未来の俺は笑みを浮かべながら倒れてしまった。もう身体も精神も限界だったのだろう。俺は動かなくなった未来の俺に対し、こう誓った。

「あぁ、必ず未来の俺を幸せにして見せるよ。アカリのことも任せてくれ。」

しばらくするとドリームフォンは煙を上げ始め、機能が停止した。



〜1年後〜

あのあと俺は約束通りアカリにつきっきりで勉強を教えた。そしてアカリは無事志望大学に合格することができ、優秀な医者になろうと努力を続けている。京太も改心して、就職活動に励んでいるそうだ。きっと彼なら頑張れると俺は信じている。そして俺自身はというと、これまでの研究で培った知識を活かしてとある会社に就職した。そしてその会社で仲間たちと一緒に世界を良くするための研究を行なっている。

 現在、俺とアカリは同棲している。将来、未来の俺が言っていたように結婚するかは分からないが、どのような形になってもアカリのことを支え続けると決意している。そろそろ車で、出社がてらアカリを大学に送る時間だ。

「アカリ!そろそろ出るぞ!支度は済んだか?」

俺が玄関でアカリを呼ぶと、朝食のパンを咥えたままアカリが部屋から飛び出してきた。

「早いよ聡さん!まだ頭が起きてないのに!」

アカリの夢を支えること。それが俺の新しい夢だ。玄関に置いてある2台のドリームフォンが、日に照らされ眩しく光っていた。





三つ目の夢  「新サービス・あなたの夢を正夢に!」


*当短編はあえてside aとside bの順番を反転させてます。side bから読むと読みにくく感じるかもしれませんが、演出を兼ねてますのでご了承ください。


 

“テレビの前のそこのあなた!こんなことを考えたことはありませんか?

「今朝見た夢が現実に起こればいいのに」

「現実の世界より、夢の世界に居たい」

そんなあなたに、MDC社が提供する新サービス![あなたの夢を正夢に!]

利用は簡単!我が社が提供するヘッドギアをつけて夢を見るだけ!お客様が現実にしたいと思った夢がありましたら、その夢を我が社の社員が現実で再現します!

今ならなんと、寝る前に飲んだら幸せな夢を見ることができるサプリメントもお付けします!

ぜひ新サービス・あなたの夢を正夢に!をご利用ください!

*続けてのご利用は一日間に限ります。”



side b 清水春樹(36)・make dreams come true corporation(MDC社)社員


 おっと、データが送られてきたな。今回はどんな夢なんだ?なになに?クライアントはシマダタカシ27歳会社員。はぁ、これはまた再現するのが大変そうな夢だな。

 我が社MDC社は旅行代理を主に行なっている会社だが、某ウイルスが広がっている昨今において営業成績が落ち込んでいた。そこで新しく始めたサービスが[あなたのサービスを正夢に!]である。旅行代理を通して様々なサービス業と連携をとってきたからこそ行えるサービスなのだ。まぁ、主に働かされるのは私たちなのだが。私は現在このサービスのチームリーダー、つまりは主任をやっており、クライアントの情報、送られてきた夢のデータを確認して適切なサービスのプランを考え、実行する仕事をやっている。まだ始めて半年程度のサービスではあるが、クライアントからは好評で、我が社の未来を担うサービスと言っても良いだろう。我が社が提供するサービスを通じて、クライアントが見た幸せな夢を現実のものにし、クライアントに一日限りの夢を味わってもらう。それが我々の行っている仕事なのだ。

 

 早速プランを立てないとだな。準備期間は一日。まったく忙しい仕事である。私がプランを立てていると、新人の三原くんがやってきた。彼はまだこのチームに配属されてから日が浅く、いろいろと仕事を教えている最中である。彼は私にこう聞いてきた。

「清水主任、このヘッドギアと一緒に送っているサプリメントを飲んで寝たら良い夢が見れるんですよね。僕も貰っていいですか?」

やれやれ、仕事に集中できてないな。私はこう返す。

「仕事に集中しろ。そもそもそのサプリはただの味のしないラムネだから。」

俺がこう言うと三原くんは「マジですか?」と言い驚いた表情を見せた。私の言った通り、このサプリはただのラムネである。人は思い込みの激しい生き物だから、良い夢が見れるサプリと言われて飲めば良い夢が見えてしまうらしい。あくまでこのサプリはサービス品であるからこんな物でも許される。それにちゃんと同封されている注意書きには、”このサプリメントは必ず効果でると保証された物ではありません。あらがじめご了承ください。”と書いてあるしな。今回のプランは4人組のチームで行うことにした。チームのなかには三原くんも含まれているので、いろいろと教えるために私も実行役として参加する。


〜夜〜

私は今回のクライアントである島田隆が住むアパートへ来ている。クライアントとサービスのプランの確認をするためだ。夜の9時前、クライアントが帰ってきたので、近づいていきこう言った。

「初めまして島田様。私MDC社の清水と申します。この度は当社のサービス、[あなたの夢を正夢に!]をご利用いただきまして誠にありがとうございます。本日は明日のサービスに関しまして、いくつかの確認事項がありますので、ご自宅にお伺いさせていただいております。」

まぁいわゆるテンプレというやつだ。私は資料を渡してプランを説明すると、クライアントはこう聞いてきた。

「その、今回のサービスの料金っておいくらになるのでしょうか?」

はぁ、この様子だと注意書きをまともに見てないな。私はこう伝える。

「今のところ確定している金額は150万円になります。分割払いもできますがどうなされますか?」

クライアントは顔をしかめる。こりゃ確定だな。私はこう続ける。

「ヘッドギアに同封していた注意書きに大体の目安の値段を記載していたはずですが。お読みになっていませんでしたか?申し訳ありませんが今からのキャンセルですと、キャンセル料として80万円をいただくことになっていまして...。」

こう言えばクライアントも無駄に80万なんて払いたくないから、契約するしかない。今回のクライアントはすでに確定している150万を25回払いで契約してくれた。そして朝食を作るためにはアパートに入らなければならないため、クライアントから部屋の鍵を預かり、最後にテンプレの言葉をクライアントに伝えた。

「島田様の夢を実現するために、我々スタッフ一同全力で取り組みさせていただきます。島田様にとって忘れることのない素晴らしい一日になりますよう、明日はどうかよろしくお願いいたします。」


〜次の日〜

 プランの実行日、私はチームのメンバーを集めてこう伝えていた。

「今回の仕事はかなり大変なものとなるだろう。だがこのサービスは我が社の未来を担っている重要なものと理解していただきたい。必ずクライアントに満足していただけるよう、チーム一同で全力を尽くそう!」

まぁ、このサービスに配属された彼らは正直運が悪い。そんな彼らを勇気づけるための言葉である。私たちは昨日の段階で、今日のプランに必要なサービスを提供している企業や人材と連絡をとっていた。朝ごはんを用意する調理師。リムジンサービスを行なっている企業。クライアントが勤めている会社。クライアントが夕食を取る高級レストラン。彼らの協力があってこそ今回のプランは実現するのだ。

そして今回のプランにおいて一番重要なのは設楽桜の存在である。昨日、彼女に協力を依頼するためにクライアントが勤めている会社で呼び出し、交渉は三原くんと私で行った。依頼内容を伝えると彼女はこう言った。

「その、私彼氏がいて、このことを知ったらどうなるか...」

私はあらかじめ用意していた依頼料25万円を彼女に見せ、こう言った。

「こちら依頼料の25万円になります。心配なのは承知しておりますが大丈夫です。一日の間だけ島田様にご好意があるよう演じて頂けば良いですから。その後のことは我々にお任せください。我々MDC社はアフターサービスも充実している企業ですので。」

25万を見た彼女は依頼を引き受けてくれた。帰り道三原くんは私にこう言った。

「結局金なんですね。25万はでかいですよ。」

俺はこう返した。

「お金があれば好きなことができるからな。我々が行なっているサービスだって、クライアントからの支払いがあってこそ成り立つものだ。」

まぁ、お金さえあれば夢を叶えるなんて容易いものだ。無論、我々一般人には限度があるが。

現在、朝の5時。あらかじめクライアントから部屋の鍵は預かっているので、調理師に鍵を渡せば良いのだが、まだ来ていない。するとチームの一人である真田くんが慌てた様子でやってきてこう言った。

「主任大変です!調理師の田中さんが急遽体調不良で来れないとの連絡がありました!」

なんだって?!まずいな。今から代わりの調理師を呼ぶのは時間がないし、誰か代わりに朝食を作らなければならない。私が慌てた表情をしていると、三原くんがこう言った。

「僕が代わりに作りますよ!こう見えて料理得意なんです。」

正直心配だが、仕方がない。三原くんに頼むとしよう。私は三原くんと一緒に材料を持って、クライアントを起こさないよう静かに部屋へと入った。そこから三原くんだけ調理場に立ち、私は散らかったテーブルの上を片付けながら、遠目から三原くんを見守ることにした。

調理を始めた三原くんだったが、確かに手際がよく、音もあまり出していない。彼にこんな一面があったとは、感心した。まさか初っ端から新人が頼りになるなんてな。良い後輩に恵まれたものである。その後三原くんは、クライアントの起床時間である6時までに調理した朝食をきれいにテーブルへと並べ終わった。私は部屋を出た後三原くんにこう言った。

「いや、感心したよ。やる時はやれる男だったんだね。三原くん!」

三原くんは「大したことないですよ」と照れながら返した。6時になると部屋から目覚まし時計の音が聞こえてきた。クライアントが起きたのを確認すると、私たちは手配していたアパートの駐車場に停めているリムジンの元へと向かった。


 リムジンを運転するのは、チームの一人である畠山くんだ。彼は車好きで運転が上手いらしいので信頼できる。彼がクライアントをリムジンで会社に送っている間に、私達は別の車でクライアントの会社に向かっていた。すると畠山くんから連絡が来た。

「やばいです!多分タイヤがパンクしました!スペアはありますが一人でやってたら出勤時間まで間に合わないかもしれないです!至急応援頼みます!」

なんだって?!今回トラブル起きすぎだろ。仕方なく私達はリムジンの元へと向かった。リムジンへ着くと畠山くんがスペアのタイヤを取り出していた。クライアントはどこにいる?私が辺りを見回していると畠山くんがこう言った。

「島田さんは寝ています。多分パンクしたことにも気づいてないかと。」

不幸中の幸いというわけだ。畠山くんの運転が丁寧な証拠だろう。私達は急いでタイヤを取り替えた。そして取り替えが終わるとすぐにリムジンを出発させた。裏道を通れば、なんとか出勤時間には間に合いそうだ。


 その後なんとかクライアントを出勤時間内に届け終わり、私達は会社の外で待機していた。この時間は設楽さん次第なので、正直私達はすることがない。見張りをチームの一人である城戸くんに任せて私達は彼らがレストランに向かうまで待機していた。昼時になり、昼食を取ろうと話していると、城戸くんから連絡が来た。

「今会社の受付付近にいるのですが、ちょっとトラブルが起きてるようで。男が受付係に桜(設楽)に会わせろって言ってます。」

誰だその男は。私は詳細を知るために設楽さんに電話をかけた。すると設楽さんはこう言った。

「多分私の彼氏の翔太くんだと思います。昨日メールで今日のことを伝えたのですが彼、束縛するタイプなんで、許せないんだと思います。」

全く、今回の仕事は大変すぎる。私が受付に行って直接彼に話をするしかないだろう。私が受付に行くと、確かに男が受付と揉めている。私は彼に近づきこう言った。

「すみません。私MDC社の清水と申します。設楽桜さんのことについて何かご相談があるのでしょうか。」

彼はこう返す。

「あんた例のサービスのやつか?相談も何も早くサービスを中止させろ!桜が他の男とキスをするなんて許せるはずがねぇ!」

まいったな。どうにかして彼を説得しなければならないのだが。このままではこの会社にも迷惑がかかる。そうなれば我が社のサービスの評判も...。私が悩んでいると、後ろから城戸くんが近づいてきた。そして私にこう言った。

「この男を追い返せばいいってことですよね?俺に任せてください。」

城戸くんは設楽さんの彼氏に近づいていき、こう言った。

「別に設楽様は島田様にご好意がある訳ではありません。設楽様にはあくまで今日だけプラン通りに動いてもらうだけです。それはあなたもご存知ですよね。どうかお引き取り願います。」

彼はこう返す。

「知るかそんなこと。俺がダメだと言ったらダメなんだ。そもそもあんたらがこんなサービスやってっからこうなってんだろ?あんたらに腹が立ってきたわ!」

設楽さんの彼氏はこう言うと、城戸くんに殴りかかった。すると城戸くんは彼のパンチを交わしつつ腕を取り、彼を背負い投げで投げ飛ばした。そういえば城戸くんは柔道の有段者だったな。城戸くんは投げられて呆然としている彼にこう言った。

「先に手を出したのはあなたです。さぁ、お引き取りください。」

彼は起き上がると「覚えてやがれ!」と言いながら去っていった。私は城戸くんに「ナイスだ!」と言うと、城戸くんは「柔道頑張ってて良かったです。」と言った。トラブル続きの今回だが、その分部下にも恵まれているらしい。


 夜になり、クライアントが設楽さんとレストランで夕食をする時間となった。レストランは会社の近くにあるビルの最上階にある高級な店を予約している。私達もレストランへ移動して、夕食をとっている二人を見守っていた。クライアントは調子に乗っているのか、今回のプランより高いコースを選んでいる。そして高いワインを開けるのを見た三原くんが私にこう聞いてきた。

「その、今回のプランってどのくらいクライアントは払わないといけないんですか?今開けたワイン、かなり高そうですけど。」

私はこう返す。

「確定の請求は後日だからな。クライアントもまだ一日のプランに幾らかかっているかは分かってないかもしれないが。まぁ、ざっと190万くらいかな。」

三原くんは驚いた表情をし、こう言った。

「ひゃっ、ひゃくきゅうじゅうまん?!そんな金額彼に払えるんですか?」

彼の問いにこう返す。

「まぁ、分割払いOKだし払えるだろう。これでも今日のプランならかなり抑えてるほうだよ。」

当サービスの注意書きにはちゃんと書いてある。”前日にご案内する金額はあくまで目安ですので、後日の請求金額が増額する可能性があります。あらかじめご理解をよろしくお願い致します。”とね。

レストランに着き、私は三原くんと一緒にクライアントを見守っていた。彼は食事の最後に顔を赤らめながら笑顔で設楽さんにキスをした。その光景を見ながら、私は三原くんにこう言った。

「見なよ。あのクライアントの幸せな表情を。私達も頑張った甲斐があったと思わないか?この仕事も悪い物ではないだろう?」

三原くんは笑顔で「確かに良い仕事ですね。」と返した。クライアントは、この夢にまで見た一日間を、180万というお金と私達の仕事によって実現させたのだ。無論、明日からはこれまでの現実に戻る訳だが。最後にクライアントはこう叫んでいた。

「正夢、サイコー!!!」



side a 島田隆(27)・会社員


“テレビの前のそこのあなた!こんなことを考えたことはありませんか?

「今朝見た夢が現実に起こればいいのに」

「現実の世界より、夢の世界に居たい」

そんなあなたに、MDC社が提供する新サービス![あなたの夢を正夢に!]

利用は簡単!我が社が提供するヘッドギアをつけて夢を見るだけ!お客様が現実にしたいと思った夢がありましたら、その夢を我が社の社員が現実で再現します!

今ならなんと、寝る前に飲んだら幸せな夢を見ることができるサプリメントもお付けします!

ぜひ新サービス・あなたの夢を正夢に!をご利用ください!

*続けてのご利用は一日間に限ります。”


 今朝入社前、朝食の菓子パンを食べつつテレビをつけると、こんなcmをやっていた。最近はこんなサービスもあるのか。正夢にしたいような楽しい夢なんてしばらく見てないが。てか、もう出ないと。はぁ、毎日朝から満員電車に乗るの嫌だな。


 会社に着くと俺のデスクに山積みの資料が積まれていた。俺が呆気に取られていると部長が近づいてきてこう言った。

「いやいや、島田くん仕事速いからさ。後輩たちの分もやってあげてよ。今月ボーナスも出るしさ、頑張ってくれ!」

いやいや、何で俺が後輩の分までやらんといけないわけ?意味がわからないんだが。後輩たちの仕事減らしたいんならあんたがやれよ!って口に出して言えない俺は渋々仕事を始めようとした時、後ろから話しかけれた。

「部長も意地悪だよねー。島田くんだって自分の仕事があるってのに。私手伝ってあげようか?」

正直、この会社に入ってからストレスは多い。だが一つだけこの会社に入って良かったと思えることがある。それは同期の設楽桜の存在だ。設楽さんは女優をやってると言われても納得するぐらい可愛い。それでもって性格もいい。俺みたいな地味男でも仲良く話しかけてくれるもんだから、俺に気があるのかと錯覚してしまうほどだ。噂によれば彼氏はいないらしい。だから俺は彼女のことを密かに狙っているのだが、俺には彼女を遊びに誘うような勇気は無い。俺は彼女の気遣いにこう返す。

「設楽さんだって自分の仕事あるでしょう?俺頑張るから大丈夫。ありがとね。」

こう言うと彼女は「無理はしないでね」と言い、自分のデスクに戻っていった。はぁ、いい子だなほんとに。俺なんかには勿体無いよ。そう思いながら山積みの仕事をやり始めた。


 仕事を終え一人暮らしのアパートに帰宅すると、散らかったテーブルにストロングチューハイを置いた。田舎から上京してはや6年。毎日学校から帰宅したら夕食を作って待ってくれていた母の偉大さを感じながら、コンビニで買った弁当とおつまみを食べ始めた。俺はこれからどうすれば幸せな人生を歩めるのだろう?最近不安でいっぱいである。やりたいことも見つからない。せめて寝ている時ぐらい幸せな夢を見れたらな。それでそんな幸せな夢が現実になったなら。そう言えば今日の朝に見たcm、本当に見た夢を現実にしてくれるのだろうか。何だか急に興味が湧いてきた。ヘッドギアの料金だけで30万と結構するが、お金はたくさん余ってるし、憂鬱な気分を変えるために利用してみようかな。俺はネットでサービスのことを調べ、電話で注文することにした。


〜数日後〜

 今日もキツい仕事を終え帰宅すると、玄関前に荷物が届いていた。例のヤツである。包装された箱を開けると、ヘッドギアとサービス品のサプリメント、そして説明書が出てきた。このヘッドギアをつけて夢を見ることによって、サービスを提供している会社に夢のデータが行き、こちらが夢を現実にしたいと頼めば、一日の準備期間の後、次の日の一日間の間サービスが受けれるというシステムらしい。そしてこの同封されていたサプリメントを飲んでから寝れば、良い夢が見れるようだ。説明書には他にも注意書きなどがいろいろ書かれている様だが、疲れているし明日でいいだろう。俺はサプリメントを飲み、ヘッドギアをつけた状態でベッドに横たわった。

 

 こんな夢を見た。朝起きると朝食が準備されていた。バターが塗られたパンに目玉焼きとサラダと味噌汁。いつも菓子パンや野菜ジュースで朝を済ましている俺にとっては豪華すぎる朝食。アパートを出るとリムジンが止まっており、俺はそのリムジンに乗り込み会社に向かう。会社に着くと部長が俺にこう言った。

「今日は島田くんの仕事は俺がやるから、後輩の指導よろしくね!」

部長に言われた通り後輩たちに仕事を教えていると、設楽さんが俺に近づいてきてこう言った。

「島田さんさすが!後輩たちも島田さんみたいな優秀な先輩に教えてもらえてラッキーだね!」

俺は照れながら「大したことじゃ無い」と返し、後輩たちの指導を続けた。仕事が終わり、ジュースを買おうと自販機に行くとそこには設楽さんがおり、俺と目が合うとこう言った。

「その、私たち同期だし、島田くんのこともっと知りたいというか。もっと仲良くなりたいというか。」

俺は彼女に「夜一緒に食事でもどう?」と誘い、ビルの最上階にある高級レストランへ向かった。普段なら食べれそうも無い高級料理を設楽さんと楽しみ、高級ワインを二人で開けたところで、設楽さんはこう言った。

「私、実は島田くんのこと気になってたの。島田くんが良ければ私と付き合って欲しいなって。」

俺は「俺なんかで良ければ」と返し、美しい夜景をバックに彼女にキスをする。


 というところで目が覚めた。サプリメントの効果なのか、とても素晴らしい夢だった。まるで俺の夢や願望を全て叶えたような。これを本当に正夢にしてもらえるというのか?俺は早速、ヘッドギアのデータを企業に送った。明日が楽しみだ。


〜その日の夜〜

はぁ、今日はいつも以上に疲れた一日だったな。俺にばっか仕事を押し付けやがって。それに設楽さんが長い間オフィスから出ていたから憂鬱だった。俺がアパートに着くと、スーツを着た男が立っていた。彼は俺に気がつくと俺の元にやってきて、こう話しかけてきた。

「初めまして島田様。私MDC社の清水と申します。この度は当社のサービス、[あなたの夢を正夢に!]をご利用いただきまして誠にありがとうございます。本日は明日のサービスに関しまして、いくつかの確認事項がありますので、ご自宅にお伺いさせていただいております。」

丁寧な人だな。清水という男は俺に資料を渡すと、今回のサービスのプランを説明し始めた。プランは確かに俺が夢で見た内容とほぼ一致しており、このプラン通りいくのであれば文句はないと感じた。そして俺は気になっていたことを彼に聞いた。

「その、今回のサービスの料金っておいくらになるのでしょうか?」

清水はこう返した。

「今のところ確定している金額は150万円になります。分割払いもできますがどうなされますか?」

はぁ?!150万?いきなりそんな金額言われてもな!俺が顔をしかめていると清水はこう言った。

「ヘッドギアに同封していた注意書きに大体の目安の値段を記載していたはずですが。お読みになっていませんでしたか?申し訳ありませんが今からのキャンセルですと、キャンセル料として80万円をいただくことになっていまして...。」

まじかよ。それならプラン通りやったほうが良さそうだな。俺はひとまず確定している150万円を25回払いにして契約した。最後に明日の朝食の準備のため、部屋の鍵を渡した。帰り際、清水はこう言った。

「島田様の夢を実現するために、我々スタッフ一同全力で取り組みさせていただきます。島田様にとって忘れることのない素晴らしい一日になりますよう、明日はどうかよろしくお願いいたします。」


〜次の日〜

朝6時。俺は目覚ましで目が覚めた。リビングからバターの良い匂いがする。テーブルには俺が夢に見た理想の朝食が並んでいた。俺は席につき、朝食を食べ始めた。あぁ、美味いなぁ。こんな立派な朝食を食べるのなんていつぶりだろうか。俺は朝食を食べ切ると会社に行く支度を済ませてアパートの駐車場に向かった。

駐車場にはリムジンが停まっており、横にはスーツを着た運転手が立っていた。俺がリムジンに近づいていくと、運転手は「島田様、お待ちしておりました。」と言い、ドアを開けてくれた。リムジンの中はとても広く綺麗で、まるで自分が大企業の社長になったような感覚だった。いつもの満員電車と比べると天と地の差である。運転手の運転も丁寧で、あまりにも車内が心地よく、起きたばっかりなのに眠たくなってしまった。昨日も遅くまでやり残した仕事をやっていたからな。まぁ、今日ぐらい通勤中に寝てもいいだろう。


「島田様。会社に到着いたしました。」

俺が運転手に起こされると、リムジンは会社に着いていた。なんて贅沢な出勤であろうか。俺は運転手にお礼を言い、会社に入って行った。

 自分のデスクに着くと部長が待っており、俺にこう言った。

「きょ、今日はし、島田くんの仕事は俺がやるから、後輩の指導、よろしく!」

なんか言葉がぎこちないが、まぁ夢通りではある。こんなこと部長も本心な訳がないわな。俺が後輩の指導をやっていると、設楽さんが近づいてきてこう言った。

「島田くん。ちょっといいかな?自販機前に来て。」

あれ?夢のプランと少し違うような。俺は彼女に呼び出され自販機前に行った。そして彼女は俺にこう言った。

「昨日MDC社の社員さんがやってきてね、島田さんの夢を再現に協力してって言われたの。協力金として25万円も貰ってる。」

おいおい!それを俺に言ってもいいのかよ!設楽さんはこう続ける。

「島田くんのためなのかもしれないけど、私本当はこんなことしたくない!私が引き受けたせいで今も受付で… いや、このことは島田さんに話すべきじゃないか。今から島田くんに25万円を渡すから、もうこんなことやめようよ。明日にはいつも通りに戻るんだよ?だから今日こんなことしたって意味がないよ!」

そうか、そうだよな。俺は設楽さんの気持ちなんて全く考えてなかった。なんて愚かなことをしていたんだろう。でも俺は彼女の要求を飲むわけにはいかない。俺はこう返した。

「ごめんね設楽さん。俺は設楽さんの気持ちを考えずにこんなことをしていた。本当にごめん。でもね、MDC社の人達は僕の要望に応えるために頑張ってくれているんだ。今から今日のプランを中止するって言ったら彼らに申し訳ないよ。だからお願いだ。今日だけはプラン通りに俺に付き合ってほしい。」

俺の言葉に彼女はこう返す。

「そう、だよね。私こそごめん。お金も貰ってるのに自分勝手だよね。実はね、私彼氏いるんだ。といっても私は別れたいんだけど、彼は束縛が激しいタイプだから。お金もせびられて生活も苦しいの。だから25万貰えるんだったらって引き受けちゃって。ごめん。こんなこと島田さんに言うべきじゃないよね。」

知らなかった。いつも明るく元気な彼女が、こんな思いをしていたなんて。俺は彼女の告白にこう返す。

「俺でよければ力になろうか?設楽さんを巻き込んでしまったお詫びもしたいし。」

彼女はこう返す。

「大丈夫だよ。これは私の問題だから、私が解決しないと。せっかく島田くんが今日を楽しもうとしてたのに、こんなこと言っちゃってごめんね。夜ご飯連れて行ってくれるんだよね。今日ぐらいは美味しいもの食べて、二人で嫌なこと忘れよ!」 

設楽さんは本当に強い人だな。今日は彼女の言葉に甘えるとしよう。俺たちはデスクに戻ると、夜になるまでプラン通りに半日を過ごした。


〜夜〜

 俺と設楽さんはレストランにいる。レストランの客は高級そうな服やバッグを身につけており、明らかに会社帰りの俺たちは浮いていた。周りの様子を見ながらレストランに入る前、俺は設楽さんにこう言った。

「設楽さん、俺たち浮いているよね?」

設楽さんはこう返す。

「そうだね。死んだメダカのごとく浮いてるよ。」

設楽さんの言葉を聞いて俺は思わず笑ってしまい、それを見た設楽さんも俺と一緒に笑ってくれた。俺はあえてプラン通りのコースではなく、一つ位の高いコースを頼んだ。後で請求される金額は増えるかもしれないが、これは設楽さんに対する償いのためだ。もうこれから一生食べることができないかもしれないような、豪華な夕食を食べながら、俺は設楽さんにこう聞いた。

「設楽さんはこれからどんな人生を送りたい?」

彼女はしばらく考えてこう返す。

「まだそんなにしっかりは考えてないけど、とりあえずは私と歩幅を一瞬に歩んでくれる人と結婚して、余裕ができたらいろんな人の夢を叶えてあげて、その人を幸せにできるような仕事をしたいかな。」

そして彼女はこう続けた。

「でも島田くんが受けてるサービスのような、仮初の夢を叶えるようなことはしたくない!一日限りの夢を叶えたって幸せにはならないよ。」

彼女の言葉を聞いて自身の愚かさを痛感した。俺は先の見えない未来を変えようと思って、今日1日だけの夢を叶えてもらおうとしていた。だが今日1日の夢を実現しようとすることでさえ、俺はサービスに任せて俺自身は何もしようとしなかった。そんなことで未来が見えてくるわけがない!俺は彼女にこう言った。

「設楽さんのおかげで自分の愚かさに気づけた気がするよ。俺もこれから気持ちを入れ替えて頑張る。本当にありがとう。」

彼女はこう返す。

「島田くんは愚かなんかじゃないよ!いつも大量の仕事を押し付けられても真面目に頑張ってるし、私なんかと仲良く話してくれるの島田くんぐらいだから。私周りに合わせるの苦手だからあんまり仲良い人もいないし...」

島田さんはこう続けた。

「だから、私は島田さんみたいな人と付き合いたいかな!」

彼女の急な発言に俺は戸惑いながらこう返す。

「し、設楽さん?これってサービスの演出?」

彼女はこう返す。

「これは私の本音だよ。まぁ、あんまり気にしないで。それより私たちキスしないといけないんだよね?早くやろ!」

設楽さんに恥ずかしさってものはないのか!?まぁでもMDC社の人達も向こうで見てるだろうし、やらないとな。俺は設楽さんの顔を支えながら、彼女にキスをした。そして遠くにいるであろうMDC社の人たちに感謝を込めて、ちゃんと聞こえるようにようにこう叫んだ。

「正夢、サイコー!!!」





四つ目の夢  「バグった夜」


 私の趣味ですか?ありますよ。別に大した趣味ではないんですが。趣味の話をするためにも、とりあえずは私の自己紹介をしましょう。工藤京子49歳、職業は舞台作家です。夫は音楽関係の仕事についており、名前は忠信(ただのぶ)といいます。子供はいません。

職業舞台作家って言ってもね、どんなことをしているのか思い浮かばないかもしれませんが、舞台劇の脚本を書いて劇団をプロデュースするような仕事だと思ってくだされば結構です。ありがたいことに私の描く舞台は好評でしてね。今では私のプロデュースしている劇団が劇をすればかなりの注目を浴びるようになりました。まぁ、自己紹介はこれぐらいにして、私の趣味の話でしたよね。私の趣味は「夢日記」です。

夢日記ってどんなものかご存知です?まあ、言葉の通りですが、見た夢をできるだけ鮮明に記録するんです。できれば毎日、日記として。心理学の研究で用いられていると聞いたことがありますが、私は別に研究者とかではないから本格的ではないですけどね。私感受性が高いタイプでね。現実で起こったことや見たものが夢にも影響したりするんですよ。だからなのか様々な物が鮮明に、かつ混ざり合った夢を見たりする。でもまぁ所詮、夢って現実ではないじゃないですか。フィクションなんだから。私自身が作る物語なんですよ。だから私は見た夢が、劇を作ることに活かせるのではないかと思ったわけです。そのためには見た夢を記録する必要があるでしょう?あなたもこんな経験があるのでは?朝起きて、とても良い夢を見た気がするのに数分経てばどんな夢を見たのか忘れてしまう。私にはそれが勿体なく感じるのですよ。そうですね。せっかく夢日記の話をしたのだから、私が一番記憶に残っている夢の話をしましょう。



春先、桜がもう少ししたら咲き出すぐらいです。私はインタビューを受けている。どんなインタビューを受けていたのかは思い出せませんが、とにかくその日は暑かった。インタビューを受けていると外はもう暗くなってきてね、その日のインタビューは終わりにすることになって、私はインタビューアーの彼にお礼と共にこう言いました。

「それにしても、今日は何だか暑いですね。蝉が鳴いていてもおかしくないぐらい。まだ、春先だというのに。」

そうしたらインタビューアーはこう返したのです。

「今日の夜には鳴き出しますよ。今日は満月でしょう?」

変なこと言うなと思いましたね。いくら暑いとはいえ、まだ春先ですし、満月なことと蝉が鳴くことは関係ないと思うでしょう?疑問に思いながら、私は田んぼがあたり一面に広がる砂利道を歩いて帰路についていました。  

その夜は確かにインタビュアーが言っていたように満月の日ではあったのですが、雲が多く月は隠れていましたので、月明かりの無い道は暗く感じました。その道には街灯もないものだからとても不気味に感じてね、早く帰宅しようと私は走り出しました。でもね、あなたにもこんな経験があるかもしれませんが、夢の中って速く走れないのですよ。というより、なかなか前に進まないというか。例えるならば、ランニングマシンの上に乗っているような感覚。悪夢でよく陥る感覚ですね。あぁ、もうお気づきかもしれませんが、この夢は悪夢ですからね。

前に進まないながらも私が必死になって走っていると、”ゲコゲコ”とカエルの声が聞こえてきました。そして鳴き声は次第に増えていき、気づけば私の周りでカエルの大合唱が始まっていたのです。まるで今の私を嘲笑うかのように。私はさらに恐ろしくなってしまい、こう大声で叫んでいました。

「静かにして!私は早く家で寝たいのよ!」

するとどこからかこんな声が聞こえてきたのです。

“いたみをかんじたくないのであれば、めをつむりあるきなさい”

まるで小学生の女の子のような声で、何故か、不思議とその声に聞き覚えのある気がしていました。そしてカエルの鳴き声でうるさいはずなのに、その声はとても鮮明だった。まるで私の脳に直接話しかけられているような感覚でした。私は恐怖を感じながらも、その声の主に対してこう聞いていました。

「目をつむりながら歩くのは怖いわ!田んぼに落っこちてしまうかもしれないもの!」

すると声の主はこう返しました。

“ならばもうすぐ、ひだりあしがいたみだすでしょう”

その言葉が終わる前に、必死に動かしていた私の左足に激痛が走ったのです。私は声にならない悲鳴をあげながら、その場に座り込んでしまいました。相変わらずカエルの大合唱は続いており、私は耳を両手で押さえながらうずくまってしまいました。ですがその状態でも例の声は鮮明に聞こえてきたのです。

“はやくかえりたいのであれば、めをつむりあるきなさい”

もう私はその声に従うしかないと感じ、痛む足を押さえながら目をつむり、ゆっくりと歩き出しました。しばらくするとカエルの鳴き声は聞こえなくなり、さっきまでの砂利道ではなくて、コンクリートのような硬い道を歩いているのではないかと感じたのです。私が恐る恐る目を開けると、目の前には私の住んでいる家が建っていました。気づけば左足の痛みも無くなっており、私は大喜びして家に入っていったのです。実をいうとね、私のいつもの帰路に田んぼが広がる砂利道などないのですが、まぁ、夢ですからね。


「今日は遅かったな。おかえり。」

私が家に入ると、夫が玄関に立っていました。私は「ただいま」と返すと、夕飯を食べるためにリビングへと向かったのです。私達は夫婦で共働きですから、先に帰った方が夕飯を作るという決まりがありまして。今日の場合、本来ならば夫が夕飯の支度を済ませているはずでした。

リビングに入りテーブルを見ると、私の好物であるエビフライが並んでいました。ですが、私がいつも座っている椅子には女の子が座っていたのです。私は彼女に見覚えがありました。なぜなら彼女は人気絶頂中の子役、南乃ノ華(ミナミノノカ)だったからです。そして夫は私にこう言いました。

「どうしたんだい?早く座りなよ。今日は乃ノ華が作ってくれたんだぞ。」

夫に続いて乃ノ華ちゃんもこう言いました。

「おかえりおかあちゃん!ののかがんばったんだよ!」

二つしかないはずの椅子は三つに増えていました。私は2人に言われるがまま、増えたもう一つの椅子に座り、乃ノ華ちゃんが作ったというエビフライを食べ始めました。

 味がしない。食感は確かにエビフライなのですが、味がないのです。あなたも夢で食べ物を食べる時、味を感じないことはありませんか?それですよ。そしてエビフライを食べた私を見て、乃ノ華ちゃんは可愛らしい笑顔を浮かべながらこう聞いてきたのです。

「おかあちゃん。ののかのえびふらいおいしい?」

この時私はあることに気づきました。さっきの帰路で何処からか聞こえていた声。あれは乃ノ華ちゃんの声だったと。不気味に感じながら、正直味は分からないけど私はこう返事をしました。

「ええ、美味しいわ。私が作るエビフライより美味しいよ。」

私の返事を聞いて乃ノ華ちゃんは「やったー!」と喜んでおり、夫もそれを見て「頑張った甲斐があったな、乃ノ華!」と乃ノ華ちゃんと一緒に喜んでいます。何故かいつもテレビで見ている小役が、私達の娘のように振る舞っている。しかし不思議と違和感は感じないのです。まぁ、夢ですからね。夢には願望が表れることがあると聞いたことがありますが、私は心の何処かで、子供が欲しいと願っていたのかもしれませんね。


 夕飯を食べ終え、私はテレビをつけました。するとテレビには無音で空を撮っている、ライブカメラのような映像が映し出されたのです。相変わらず空は雲で覆われ、月や星は隠れてしまっていました。しかししばらく見ていると、次第に雲がなくなっていき、チラチラと星が光りだしたのです。私は不意に外の様子が気になり、窓を開けました。そして空を見上げてみると、雲の間から満月が見え出していました。そして”みーんみーん”と、蝉の鳴き声が聞こえ始めたのです。私はインタビューアーの言葉を思い出しました。

「今日の夜にはきっと鳴き出しますよ。今日は満月でしょう?」

そして次第に帰路の時のカエルのように、蝉の鳴き声は増えてきました。まるで家の周りに大量の蝉がいるような感覚です。途端に私は恐ろしくなり窓を閉めました。しかし蝉の鳴き声は聞こえ続けるどころか、更に増えていきます。私が耳を押さえていると、いつのまにか横に来ていた夫が、私にこう言いました。

「いったでしょう?きょうはまんげつだからせみがなくって。」

確かに夫が喋っているのに、声は乃ノ華ちゃんの声でした。私は逃げるように自分の寝室に逃げ込み、布団を被り丸まってしまいました。それでも尚、蝉の鳴き声は聞こえ続けていたのです。私の目が覚めるまで、ずっと。



 はい。これで私の見た夢の話は終わりです。オチは無いのかって?ありませんよ。夢ですから。実をいうとね、私がお話ししたこの夢は初めて夢日記に書いた夢、つまり私が夢日記を書くきっかけとなった夢なんですよ。それほど私にとってはインパクトのある夢だったというか。何故か、覚えておきたいと感じた夢だったのです。あとね、私は夢日記に書いた夢に名前をつけることにしてるのです。序盤にお話しした通り、私自身が見た夢はいわば私が作り出した物語ですから。物語には題名が必要でしょう?私は今回お話しした夢に対して、”バグった夜”という名前をつけました。なかなかセンスがあると思いませんか?それにしても、今日は何だか暑いですね。まるで蝉が鳴いていてもおかしくないぐらい。まだ、春先だというのに。


“きょうのよるにはなきだしますよ。きょうはまんげつでしょう?”





5つ目の夢 「夢を着る」


 俺は古着屋に来ている。小さい頃からの友人のミズキとともに。その古着屋には、アメリカから直接輸入された古着が並んでいるという。ミズキは大の古着好きで、今日この古着屋に来ている理由も、こういう場所に掘り出し物があるからという理由であった。大量にハンガーにかかっている服を見ていると、ミズキが一着の茶色のジャケットを取り出して、俺に見せながらこう言った。

「このジャケット、タカトが着たら超似合うと思うんだけど。着てみてよ!」

俺はミズキに言われるがままに試着室に行き、ジャケットを羽織ってみた。確かにとても俺に似合っている気がする。ミズキもジャケットを着た俺の姿を見て、「絶対買った方がいいよ!運命感じるわ。」と言った。そこまで値段が高くもなかったので、俺はそのジャケットを買うことにした。


 帰りはミズキの車で、俺と彼女のマナミが住む家まで送ってもらっていた。昨日は夜遅くまで仕事があったからあまり寝ていない。俺は車に揺らされながら、寝てしまっていた。

〜〜〜

気づくと俺は家にいた。しかし全く俺には見覚えのない家。しかも雰囲気が日本ではなく、アメリカンな感じである。俺は寝室へと歩いていっていた。俺の意思ではなく、誰か他の人物が体を動かしているような感覚である。そして寝室に入ると、髪の長い金髪の外国人の女の子が、裸になってベッドに横たわっていた。そして俺に向かってこう言った。

「Henry, let's spend the night together soon.(ヘンリー、早く一緒に夜を過ごしましょう)」

俺はほとんど英語がわからないのだが、不思議と彼女の言っている言葉の意味が分かる。俺は彼女にこう返した。

「Rose, let's have a hot night.(ローズ、暑い夜にしよう)」

そして俺は服を脱ぎ、彼女のベッドに入った。脱ぎ捨てた服の中には、俺が買ったあのジャケットも見えた。そして行為を始めようとしていた。

〜〜〜

「おい、タカト!家に着いたぞ!」

 ミズキの声で目が覚めた。夢だったのか。でも、夢にしてははっきりとしていた。まるで現実で見ている光景のように。それに夢に俺が今着ているジャケットが出てきていた。何だか不気味である。俺はミズキにお礼を言い、家に入った。


「おかえりタカト!あら、そのジャケットいいじゃない?」

俺が帰るとマナミはこう言ってきた。やっぱりこのジャケットを買ってよかったと思いつつ、俺はこう返した。

「ただいま。ミズキが選んでくれたんだよ。似合ってるだろ?」

俺の言葉に対しマナミは「ミズキはオシャレだから間違い無いよ」と言った。

俺とミズキとマナミはいわゆる仲良し3人組というやつだ。小中高、大学生時代はほとんど一緒に過ごしてきた、いわゆる幼馴染。ただ、俺はマナミのことが友達としてではなく、異性として好きになっていた。俺がミズキにそのことを打ち明けると、ミズキは俺がマナミにプロポーズができるように、大学卒業旅行を企画してくれた。そして旅行中に俺はマナミにプロポーズをし、OKをもらうことができて現在に至るという訳である。だから俺はミズキに頭が上がらない。

夜ご飯を食べ、マナミとソファに座り録画していた映画を見ていた。気づいたらマナミは寝落ちしていた。気持ちよさそうに寝ているマナミを見ていると、俺も何だか急に眠くなってしまい、マナミに寄りかかるように眠りについた。


*ここからは読み手の読みやすさと筆者の労力を解消するために、英語で喋っているシーンを全て日本語で書かせていただきます。

〜〜〜

 昼に見た夢と同じ部屋に立っている。正面には昼の夢で行為を共にした女性が立っており、俺?にこう話しかけてきた。

「会社に行くのね。寂しいわ。」

彼女の言葉に俺(ヘンリー)はこう返す。

「できるだけ早く帰ってくるよ。愛おしい君を待たせたりしないさ。」

そう言い彼女のほっぺにキスをした。前回の夢では気づかなかったが、ヘンリーも彼女(ローズ)も結婚指輪らしきものをしている。新婚なのだろう。そして斜め左に見えるクローゼットには、例のジャケットが掛かっていた。そしてヘンリーはそのジャケットを羽織り、家を出た。すると景色に白いモヤがかかり、モヤがあけるとオフィスにいて、パソコンを打っていた。そして同僚らしき男が近づいてきてヘンリーにこう言った。

「ヘンリー、ローズさんとの新婚生活はどうだい?あんな可愛い嫁がお前にできるなんてな。羨ましいよ。」

ヘンリーはこう返す。

「まぁ控えめに言って最高さ。ロイも早く彼女を見つけて結婚すればいいじゃないか。」

ロイはこう返した。

「そう簡単なもんじゃない。それにお前みたいに付き合い始めてすぐに結婚できるほど勇気がないよ。でも今のヘンリーを見てたら俺も勇気出してみようかなって思ってしまうね。」

ヘンリーのデスクにはローズとの2ショット写真が飾ってある。写真を眺めているとロイは「仕事に戻るわ!」と言い、疲れからか赤くなった目を擦りながら向こうに行ってしまった。彼も大変なのだなと思っているとまた目の前に白いモヤがかかり、モヤがあけたらバーらしき場所にいた。隣には上司らしき男が座っている。その男はヘンリーにこう言った。

「どうだいヘンリーくん。ローズとの共同生活は。」

ヘンリーはこう返す。

「最高ですよお義父さん。いえ、すみません。ルイス課長。」

ルイスは笑いながらこう返す。

「ハハハ、別にお義父さんでも構わんよ。私達は家族になったんだからな。」

ルイスはこう続ける。

「ローズは私の1人娘だ。妻が早くに死んで、これまで男手独りで育ててきた。ローズには大変な思いをさせてきたんだ。だからこれからはどうか、君がローズを幸せにさせてあげて欲しい。」

ルイスの頼みを聞いて、ヘンリーはこう返す。

「心配はいらないですよ。僕ならローズを幸せにできます。」

ルイスは「ありがとう」と呟き、グラスに残っていた酒を飲み干すとこう言った。

「ところでヘンリーくん。君が今着ているそのジャケットカッコいいじゃないか。前から持っていたか?」

ヘンリーはこう返す。

「いえ、最近古着屋で買ったんです。一目惚れしましてね。ルイス課長も着てみます?」

ヘンリーはジャケットを脱ぎ、ルイスに着させた。ジャケットはルイスにも似合っていた。

ヘンリーはこう続ける。

「僕より似合ってますよ!よかったらあげましょうか?そのジャケット。」

ルイスもジャケットが気に入っている様だ。喜んでいる様子のルイスを見ながらヘンリーは続ける。

「でも一つ気になることがありまして。そのジャケットを手に入れてからというものの、変な夢を見る様になったんですよ。どこかの青年の見ている景色を追体験している様な。その男の子もこのジャケットを着ているのですよ。何だか不気味な夢です。」

ヘンリーの言葉に対してルイスはこう返す。

「ジャケットとは関係ないんじゃないか?たまたまだろう。まぁ、その変な夢は早く見ない様になればいいが。」

こうして例のジャケットはルイスの元へと渡った。

〜〜〜


 日差しに照らされ目が覚めた。寝落ちしていたようである。まずい、今何時だ?俺は時計を見た。朝の7時15分。よかった、いつもぐらいの時間だ。横ではマナミが気持ちよさそうに寝ている。彼女は今日デスクワークだと言ってたし、起こさなくても大丈夫だろ。それにしても、連続で同じアメリカ人の男の夢を見るなんて。夢でヘンリーってやつも言ってたけど、原因はあのジャケットなのか?これまでの持ち主が体験してきた景色を夢で見るっていう。不思議な話だが、もしそうであれば、次はルイスの見た景色を体験することになるはずだ。いや、そんなの現実的ではない。きっと俺が夢の中で勝手に作り出した物語なのだろう。こんなこと気にしている場合ではない。早く仕事に向かわなくては。

 俺は現在、建築関係の施工管理業をしている。大体は日中に仕事があるのだが、たまに夜勤があるという感じだ。まだ新米なので決して稼ぎが良いとはいえないが、将来結婚を考えているマナミのためにも早く仕事を覚えて現場を任される様な存在になろうと考えている。今日の現場はとある商業施設で、改築をするらしく解体作業の仕事をしているところだ。今は長くの間店舗が入って無かった、所謂空きスペースの整理をしている。俺が現場に入ると、先輩であるタカハシさんと作業員のエンドウさんが何やら話していた。俺はタカハシさんに声をかけた。

「おはようございます!何かトラブルでも?」

俺の問いに対して、タカハシさんはこう答えた。

「トラブルじゃないよ。昨日エンドウさんがこのエリアでこれを見つけたそうなんだ。」

そういって見せられたのは、年期の入ったジーンズだった。タカハシさんはこう続ける。

「何でこのジーンズがこんなところにあったのかは知らんが、エンドウさん曰くかなりいいものらしい。いわゆる年代ものらしいよ。元請けから好きにしていいって許可が出たら売ろうって話してたところだよ。」

そういえばエンドウさんは古着に詳しいんだっけ。俺は古着に興味があるわけではないので、目の前のジーンズの価値がいまいち分からないが、そんなに良いものならエンドウさんが貰えばいいのに。俺は何も喋らずにジーンズを見つめているエンドウさんにこう尋ねた。

「エンドウさん古着好きでしたよね。売らなくたってエンドウさんが貰ってしまえばいいのでは?」

エンドウさんは俺の方に振り向き、こう答えた。

「こんなところにずっと放ってられていたものだからな。誰が着ていたのか、なぜ放置していたのかも分からない。少し君が悪いだろう?」

エンドウさんの返事を聞き、タカハシさんがこう言った。

「そんなこと言ってたら古着屋で服買えないじゃないか。エンドウさんよく古着屋で服買ってるじゃないの。」

エンドウさんがこう返す。

「まぁ、確かにそうだが。店で買うのとはまた別の話さ。俺の考え方なんだけどさ、服ってその服を着た人の霊(タマシイ)が宿るって思ってるんだよ。そう考えるとさ、このジーンズの持ち主に何かあったんじゃないかって思うんだよね。やっぱり不自然じゃん。こんな長い間使われてなかった場所に、こんな良いジーンズがあるの。」

タカハシさんは笑いながら「スピリチュアルかよ」と返していたが、エンドウさんの言葉を聞いて俺はあのジャケットのことを考えていた。もし本当に俺の夢に、前の持ち主の見た景色が映っているのだとしたら?あのジャケットには霊が宿っている?もしかしたら俺に何かを伝えようとしているのだろうか。俺が考え込んでいると、タカハシさんから「作業始めるぞ!」と呼びかけがかかったので、俺は一旦、ジャケットのことは忘れて仕事に集中することにした。


 今日の作業が終わり、俺は家へと帰ってきた。マナミが作ってくれていた夜ご飯を食べ終わり、ソファで録画していたバラエティ番組を2人で見ていた。テレビを見ながら笑っていた俺に、目が赤くなり眠たそうにしたマナミはこんなことを聞いてきた。

「タカトさ、私たち今こうして付き合ってるわけだけど、ミズキはどう思ってるのかな?」

マナミの急な問いかけに対し、返答を戸惑っていると、マナミはこう続けた。

「ごめん、急にこんなこと聞かれても困るよね。その、私とタカトとミズキって、昔は3人仲良くって友達って感じだったでしょ。それなのに私とタカトが今こんな関係だからさ、ミズキ1人で寂しんじゃないかって。」

なるほどそういうことか。確かにマナミの言う通り俺たちは、前の仲良し3人組という様な関係ではない。でも、今でもミズキとはよく遊んでいるし、例のジャケットだって、ミズキと一緒に選んで買ったものだ。多分寂しいとは思ってない、はず。俺はこう返した。

「大丈夫だよ。卒業旅行(プロポーズ旅行)だってミズキが計画してくれたものだし。もう前みたいに3人で一緒にいることはできないかもしれないけど、きっとミズキは俺とマナミのことを応援してくれているはずだよ。」

俺がこう返すとマナミは「タカトがそう言うんだったらきっとそうだね」と返して、昨日の様にうとうとし始めたので、俺はマナミをベッドまで運び、俺自身も寝支度をし始めた。

ミズキのことは今でも親友だと思っている。マナミも彼女となるまではそうであった。でも、ミズキは俺たちのことを本当はどう思っているのだろう。外から見れば俺とはいつも通り仲良くしてくれて、マナミのことも応援している。でも内面は?本当に心の底から俺たちのことを良く思っているのか?心の底では前みたいな3人の関係が良かったと思っているのかも。マナミの考えていることが正しいのかもしれない。今度少しオブラートに包んで聞いてみよう。ミズキの本音を聞くべきだ。それはそうと、今日も例のアメリカ人の夢を見るのだろうか。今度はジャケットを譲って貰ったルイスの景色を?俺は不安に思いながら、すでにぐっすりと寝ているマナミの横で目を閉じた。


〜〜〜

 俺の目の前には、昨日までのヘンリー達が住んでいた家とは違う景色が広がっている。部屋の隅に置かれている鏡にはルイスの体が映し出されていた。その様子は、昨日見たヘンリーとローズの未来に期待を乗せていた時とはガラリと変わり、何だかひどく疲れている様に見える。俺(ルイス)は受話器を取り、誰かに電話をし始めた。

「おはようヘンリーくん。ちょっと2人きりで話したいことがあるんだ。今日の夜、例のバーにこれるか?」

電話の相手、ヘンリーはこう返した。

「もちろんです。声に元気が無いようですが、大丈夫ですか?」

ルイスは「夜に話す」と言い、電話を切った瞬間目の前にモヤがかかった。モヤが開けると昨日のバーにヘンリーと一緒にいた。正面に座っているヘンリーがルイスに話しかける。

「話とはなんです?やはり元気が無いように感じますが。まさか、あのジャケットの件ですか。」

ルイスはこう返す。

「あぁ、そうだ。俺も夢を見たよ。スクールに通っている、多分君の見ていた青年と一緒だ。」

ヘンリーはこう返す。

「泣き虫の青年ですね。ルイス課長も同じ景色を見たなんて。彼、些細なことで泣き出してしまうでしょう?なかなか大変そうですよね。」

ヘンリーの言葉を聞き、ため息をついたルイスはこう返した。

「彼、首を吊ったよ。鏡の前で、泣きながら、笑顔で。」

2人の間に静寂が訪れる。そして目の前にモヤがかかり、モヤが開けるとルイスの自宅の景色が広がった。1人で飲み直しているのか、テーブルには空き瓶が転がっている。そしてルイスは独り言をこぼしていた。

「ヘンリーのやろう!とんでもないものを俺にくれやがって!俺が呪われたらどうするんだ!」

すると電話機から電話がかかってきた。ルイスは乱暴に受話器をとる。

「どちら様ですか!?こんな夜遅くに!」

電話の相手は弱々しくこう答えた。

「ローズよ、パパ...。殺される。助けて。」

一気に酔いが覚めたルイスは電話に向かってこう叫ぶ。

「何があったんだローズ!?今どこにいる!?」

ローズはこう答える。

「ヘンリーと私の家...。ヘンリーも撃たれた...。私、死にたくないよ...。」

ルイスは「ローズ!」と叫ぶが、これを最後にローズの声は途切れてしまった。ルイスはバッドと銃を持ち、ヘンリー達の住む家に向かうため車に乗り込んだ。ここでまたモヤがかかり、開けるとヘンリー達の家の前にいた。家に入りルイスがリビングに駆け込むと、そこにはすでに頭を撃ち抜かれ、絶命しているであろうヘンリーが血溜まりの上に倒れていた。

「そんな馬鹿な、ヘンリー...」

そう呟くルイスの後ろから男が近づいてきて、ルイスに話しかける。

「ルイス課長のせいですよ。あなたが勝手に、強引にヘンリーとローズをくっつけたから。俺はローズのことが好きだったのに!」

ルイスが振り向くと、そこには涙を流しつつも笑いながらこちらに銃を構えている、ヘンリーの同僚、ロイの姿があった。

〜〜〜


「うわぁぁああ!!!」

 俺は飛び起きた。何だ今のは。ヘンリーとローズ、そしてルイスがロイに撃たれたのか。なんて夢だ。もう、とても俺の想像の中の夢だとは思えない。あれは目の前のクローゼットにかかっている、あのジャケットの前の持ち主達が実際に見た現実なんだ。あのジャケットはきっと、夢の中でヘンリー達が言ってた泣き虫の青年の呪いがかかっている。そうなれば、俺も誰かに殺される?俺が考えていると横で寝ていたマナミが、目を擦りながら驚いた様子でこう聞いた。

「どうしたのタカト?変な夢でも見た?」

どうやら俺の叫びで起きてしまったらしい。俺はこう返した。

「ごめん。ちょっと怖い夢を見てた。大丈夫だから気にしないで。」

そうだこれは単なる夢だ。呪いなんてあるわけない。俺は心配そうにしているマナミをもう一度寝かせつけると、仕事の支度をして家を出た。


 現場に着くと、何やら人が集まり騒いでいる。何かあったのか。俺はタカハシさんの元へ行き、事情を聞いた。どうやら昨晩、現場周辺から男の遺体が見つかったそうだ。身元はすでに割れており、なんとあのジーンズが見つかった空きスペースに店舗を持っていた店の店主らしい。彼は生前借金の影響でヤクザと揉めており、返さなければ資産を没収すると脅されていたそうで、そのうちの一つが現場から見つかったあのジーンズだったそうだ。そしてタカハシさんはこんな話も聞いたらしい。

「死因の詳細とかはまだ分からないんだが、遺体はズボンを履いてなかったらしい。ヤクザに殺された後脱がされたのか、はたまた自死をする際にジーンズだけ空きスペースに隠したのか。前者なら何故押収されずに空きスペースにジーンズがあったんだろうな。」

確かにおかしな話である。俺たちが遺体について話していると、エンドウさんが近づいてきてこう言った。

「あのジーンズを貰わなくて良かったよ。きっと遺体で見つかったやつの怨念が憑いているだろうからな。」

いつもならこんな話されても流すだろうが、今回ばかりはそうはいかなかった。例のジャケットが頭をよぎるからである。何でこのタイミングでこんなことに巻き込まれるんだよ。誰かに相談したいが、マナミに相談するのはなんか違う。適当に流されてしまいそうだ。ならばミズキか。そもそもあのジャケットはミズキに勧められて買ったものなのだから、俺の相談相手になる義理があるはずだ。俺はミズキに連絡し、今日の夜にミズキの家で話を聞いてもらうことにした。


〜その日の夜〜

俺はミズキにこれまでのことを話した。あのジャケットを着てからおかしな夢を見ていること、夢で出てきた外国人達が殺されたこと、今日のこと、全部話した。俺の話をひとしきり聞いたミズキは、タバコに火をつけながら言った。

「まぁ、俺は古着が好きだからたくさん集めているけど、これまでそんなことは無かったよ。タカトの見ている夢が想像ではなくて呪いによるものだったら、相当運が悪いってことだね。」

俺はこう返す。

「そりゃこんなこと普通はないだろうさ。だからミズキに相談してるんだよ。俺はどうすればいいと思う?」

タバコを一吸いして、笑いながらミズキが返す。

「もうあのジャケットを手放せばいいんじゃね?呪いの根源を無くせばそんな夢見なくなるかもよ。」

確かにそうかもしれない。でもヘンリーはジャケットをルイスにあげたにも関わらず、ロイに撃たれて死んでしまった。あのジャケットを着てしまったが最期、呪いから逃れることはできないんじゃないだろうか。俺が考えながらミズキを見ると、ミズキが赤い目をして涙を流している事に気づいた。俺はこれまで見てきた夢を思い返す。ヘンリーとルイスを撃ったロイは笑いながら泣いていた。まるで何かに取り憑かれたかのように。そしてルイスが言っていた首をつった泣き虫の青年。彼も泣きながら笑って首を。まさか、俺はこれからミズキに殺される?そう考えてしまった俺は立ち上がり、取り乱しながらミズキに叫んだ。

「お前、俺のこと殺すつもりだろ!やっぱり俺とマナミのこと良く思ってなかったんだな!?」

俺の言葉に驚きながらミズキが返す。

「な、どういうことだよ?俺がタカトを殺すだって?そんなことするわけないだろ!マナミのこととか今関係ないし、お前どうしたんだよ。」

「夢の中でヘンリー達を撃った奴も今のミズキみたいに笑いながら泣いていたんだよ!お前も呪われたんじゃないのか!?」

俺の言葉に対し、ミズキはこう返す。

「今俺が泣いているのはタバコの煙が目に入ったから!笑っているのは正直お前の話がくだらないって思ったからで、それは悪かったよ。タカトがそこまで思い詰めてるなんて思わなかったから。」

ミズキの言葉を聞き、俺は座って落ちつきを取り戻した。ミズキが続ける。

「俺がタカトとマナミのこと良く思ってないってどういう意味?お前他にもなんかあったんじゃないのか?」

俺は昨日マナミに言われたことを話した。今の俺とマナミを見て、ミズキはどう思っているのかということ。俺の話を聞き、ミズキはこう言った。

「そっか。確かに前みたいな3人の関係に戻りたいと思うこともあるけどな。でも俺はタカトがマナミが好きだって俺に言ってくれた日から、お前ら2人を応援するって決めたんだ。俺はタカトもマナミも親友としてずっと好きだから。この気持ちに嘘は無いよ。」

これがミズキの本音。俺はミズキに頭を下げ、涙を浮かべながら言った。

「ミズキ、ひどいことを言ってごめん。お前を疑うなんてな。俺たちはずっと親友だよな。」

ミズキは「当たり前のことを言うなよ」と、笑いながら返した。


 家へと帰り、俺は夕食を食べながらマナミにミズキの本音を伝えた。マナミは俺の話を聞いてこう言った。

「それがミズキの気持ちなんだね。良かった。私ももっと自分の気持ちに正直にならなくちゃ。」

今日は寝ないでおこう。寝なければあの夢を見ないで済むはずだから。そして明日、あのジャケットを燃やしてしまおう。泣き虫の青年の魂が成仏できるように祈りを込めながら燃やすんだ。そうすればきっともう、あの夢を見ないで済むはず。しかし、夕食を食べていた俺は、何だか急に瞼が重くなった。そして気づけば俺はテーブルにもたれ掛かりつつ寝てしまっていた。


〜〜〜

気づけば俺はルイスの見る景色を見ていた。昨日の夢の続きである。銃口を向けられているルイスは、ロイに対してこう言った。

「ローズはどこにいる?!何も自分が愛している女まで手にかけることはないだろ!」

ロイが返す。

「あぁ、ヘンリーとあんたをやれればよかったさ。だがヘンリーを撃った俺を見て、ローズがこう言ったんだ。「地獄に堕ちろ」って。俺の気持ちも知らずに!ついカッとなってね。ローズを撃った。」

奥の部屋を見るとドアが開いており、そこから血溜まりが見える。絶望の表情を見せるルイスにロイに対し、引き金を弾きながらこう言った。

「次はあんただよ。ルイス。」

“パァーン”と、サイレントがついているものの部屋には銃声が響いた。ルイスは手に持っていたバットを離しながら後ろへと倒れる。そのバットをロイは拾い上げ、ルイスの前へ立った。急所は外れたのか、ルイスはまだ意識がある。ルイスはロイに語りかける。

「なぜだ。私は君の上司だから分かる。君はこんなことをする人間ではないはずだ。頼むからもうやめてくれ。」

ロイは泣きながら、笑顔をみせてこう返した。

「あんたは苦しませて殺してやる。このバットで頭をバラバラにしてやるよ。」

ロイの様子は、まるで狂気を誰かに操られているように見える。ルイスは身体を動かして逃げようとするものの、身体は動かない。ロイがルイスの頭に振り落とそうと、バットを振り上げる様子が見える。そして振り落とされたバットはルイスの目前に迫ってきた。


 酷く頭が痛い。呼吸も苦しい。早く夢から醒めてくれ。気づくと目の前には、椅子に座って俺を見ているマナミの姿が見えた。夢じゃない。これは夢じゃない。現実だ。今俺は現実で苦しんでいる。口から血の味がする。俺は血を吐いていた。ボヤけた視界に映るマナミは、苦しみもがく俺を見てこう言う。

「おかしいなぁ。苦しませずに殺せる毒薬のはずだったんだけど。まぁ、殺せたら何でもいいか。」

マナミが今日の夕食に毒薬を。何で?どうして?言葉すら発せない俺に、マナミはこう言う。

「聞こえているか分からないけど、一応教えてあげるね。これからタカトが死ぬのは、私がミズキと一緒になるためだよ。」

訳が分からない。マナミは俺のことが好きなはずだろ!マナミは続ける。

「私ね、本当は昔からずっとミズキのことが好きだったんだ。でもミズキは鈍感だから私の気持ちに気づいてくれない。それどころかタカトと付き合えって言ってきて。別に高人のこと嫌いじゃないし、ミズキのためにもとりあえず我慢しようと思ってたけど、やっぱり無理だよ。だってタカトじゃなくって、ミズキのことが好きなんだもん。」

現実だと思いたくない。そうだ!これはまだ夢の続きだろ?そうに違いない。そうであってくれ。そう考える俺に、マナミはこう言った。

「タカトがいなくなれば私はミズキの所へ行けるようになる。ミズキは優しいから、きっとタカトを失った私のことを見てくれる。だから、ごめんねタカト。あなたはいなくなるの。私達の前から。」

マナミのこの言葉を聞いたのを最後に、視界が赤く染まっていく。ミズキと一緒になるためだとしても、マナミがこんなことをするはずがない。きっとあのジャケットの怨霊に操られてるんだ。そうなんだろ?きっとそうだ。崩れゆく意識の中、俺が最後に見たマナミの顔は、赤い目をして泣きながら、笑っていた。


 尊人(タカト)を毒殺した愛美(マナミ)は、遺体を山へ埋めようと準備をしている。物を整理していた愛美の目に止まったのは、例のジャケットであった。愛美は独り言をこぼす。

「せっかくだし、売っちゃおう。近くにリサイクルショップがあったはず。」

こうしてジャケットはリサイクルショップへと渡り、店頭へと並んだ。



〜数日後〜

とある仕事終わりのサラリーマンがリサイクルショップへと足を運んでいた。彼は古着のコーナーへと行き、服をかき分けながら買う服を決めようとしていた。するとピタッとかき分ける手が止まる。彼の目には茶色いジャケットが目に止まった。彼はそのジャケットをハンガーから外し、試着もせずにレジへと向かった。

 

 彼は家へと帰り、玄関を開けると勢いよく6歳の娘が飛び出してきてきた。

「おかえりパパ!今日はパパの大好きなハンバーグだって!」

愛する娘の言葉に父は笑顔で、「ただいま。パパ嬉しいな!」と返し、妻の待つリビングへと入った。帰ってきた夫がビニール袋を持っているのを見た妻は、「何を買ってきたの?」と夫に問う。夫はビニール袋からジャケットを取り出し、妻と娘の前で着て見せた。

「どう?帰りがけリサイクルショップに寄って買ってみたんだが、似合ってるかな?」

父からのの問いかけに対して娘は「パパかっこいい!」と返し、妻も「似合ってると思うよ!」と返した。

 夕食を食べ終わり、夫は妻に部屋で余っている仕事を終わらしてくると伝え、仕事部屋へと入った。妻がつけたテレビではニュースをやっており、キャスターが事件を読み上げている。

“今日の午前11時、同棲相手の殺害及び、死体遺棄の容疑で塚本愛美容疑者24歳が逮捕されました。塚本容疑者には、行方不明となっていた中村尊人さん25歳の殺害の容疑がかけられており...

 妻はテレビで報じられているニュースには目もくれず、スマートフォンを見ている。そこへ娘が近づいてきて、こう言った。

「ママ。なんでスマートフォン見ながら泣いているの?嫌なことあった?」

彼女は赤い目をして、泣きながらスマートフォンを見ていた。娘に心配されていることに気づいた彼女は、娘にこう返す。

「大丈夫だよ。何でもないから。さぁ、良い子はもう寝る時間だよ!」

彼女は娘を連れて、ベッドへと向かった。机に置かれたスマートフォンは、とあるホームページを映し出している。そのページの先頭には、[殺人衝動の抑え方]と書かれていた。



短編集「夢」 終わり

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短編集「夢」 @momo103

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