第10話 凡人の策略
古より歴史を紡ぐエンシェント王国の王城はその当時に建設されたまま残されており、古来からの技術の粋や魔法陣も多く残されている。
その昔、魔術戦争と呼ばれる大戦争があった歴史から王城は堅牢に出来ており、城を狙う侵入者を撃退する装置が多く残されている。
その最たる建造物として、城の地下には蟻の巣状の複雑な通路が広がっている。
その通路は城だけでなく、城下町にも広がっており侵入者を迷わせ、有事の際には国王や要人を逃がす避難経路にも使われていた。
まさに
「部隊長。ご報告があります。」
エンシェント城内の空中庭園。
対してその人物…暗喩部隊の部隊長…ミステリアは夜空に映える金髪を一纏めにした長髪をなびかせて、城の最上階から城下の町を憂いに満ちた表情で見下ろしている。
「町が騒がしいな。報告しろ。何があった。」
部隊長に相応しい金縁の赤いマントを翻し、ここで始めて部下を視界に納める。
感情の見えない冷徹な赤い瞳に捉えられると、部下は何も隠し事なんてないのに何処か見透かされたような気分になる。
「ご、ご報告します!ユモアと思われるアウトサイダーの一団が城下町に集まっているようです。
理由は只今調査中。いかがなさいましょう。」
それを聞くとミステリアは夜空を見上げる。
今日は一段と暗い。月が出ていないからだ。何かを起こそうならこう言う日は最適だ。
部下に見られないようにフッ…と微笑を浮かべる。
傍らに置いてある子供一人入れる位の大きな鳥籠を見た。
そこには一人の翼が生えた少年…グリが眠ったように気を失っている。
「さて。ここに来る者はどんな強者か…それとも愚者か…。」
答えになってない彼の呟きに部下は狼狽えて顔を見やる。
すると突然ミステリアは部下に向き直る。部下は慌て再び頭を垂れた。
「城内に向かうようなら排除しろ。やり方は問わない。」
端的にそう命令を下すと部下は「ハッ!」と聞き入れてそのまま消えていった。
再び庭園に静寂が広がると、眠ったままのグリに向かってクツクツと笑う。
「狩りに行く手間が省けたな。
まさかそちらから来るとはな。これで…ようやくオマエを完全体にしてやれるぞ…。」
ーー
「意外にも人が揃ったな。」
一方堂々と正面切って城下町にやって来たユモアとアウトサイダー達。
いつもは抜け道を使ったり、コソコソと侵入するばかりなのでなんだか新鮮な気分だ。
「今宵は性急させた中、よく集まってくれた。…我々アウトサイダーに失うものはないが守るべきものはある…。
ここで加担を辞めても誰も責めはしない。…それでも協力してくれるかの?」
集まった何十人ものアウトサイダー達に声をかける。
男もいれば女もいて…子供だって混じっている。だがその誰もが自分の意思で決めユモアに協力すると決めたのだ。
「ユモアさん。アンタには借りはあるがそれだけじゃない。
俺達だって国に一矢報いたいと思っている。
例え今は変わらなくとも何十年…何百年後の子孫の為にも…アンタ達の作戦に未来を感じたんだ。」
その言葉にユモアはフッ…と笑みを溢した。今、言ってくれた人物はアウトサイダー階級ではない。
城下町に職を持ち居場所だってあるワーキング階級だ。
彼だけじゃなくワーキングはちらほらここに参加している。
ユモアはそれが嬉しく感じた。未来を憂う若者が最底辺だけではなかったことに。
彼は顔を上げ雄叫びを上げた。その声は、覇気は、元S級冒険者の皆を率いるカリスマ性を感じる。
「皆のもの!今宵は宴じゃ!存分に楽しもうぞ!!」
「「うおおおおおーーー!!!」」
そう皆、ユモアに続いて雄叫びを上げると城下町の中心部へと移動する。
ここは大きな噴水があり昼間は露店が立ち並ぶ賑やかな場所だが夜は閑散としている。
そこに攻め込んできたユモア達は突然、ビニールシートを引いて大きな鞄から酒や飲み物やお手製のお弁当…。
そうまるで夜中にピクニックを楽しんでいるようだ。
「な、何をしている!?貴様ら!」
報告を聞きつけ到着した衛兵、暗喩部隊もこの光景に驚いた。てっきり国にクーデターを起こすものだと思っていたのにガヤガヤと宴を始めたからだ。
昼間の賑やかしさを取り戻したこの異様な光景。
それを呆然と見ていると気付いたアウトサイダー達が食べ物と酒を差し出してきた。
「よお!こんな時間まで仕事ご苦労さん!」
「疲れたでしょ?私達と一緒に楽しみましょ。」
「じゃーん。これ食べてみて。僕達が作ったんだよ!」
あれよあれよと言う間に衛兵達は囲まれる。
彼らに敵意はない。そんな人達に低階級とはいえ刃を向けるべきなのか…衛兵達は狼狽えていた。
「い、いや…待て!我々は職務中で…!」
断っても断っても湧いてくる人達に衛兵は困惑するばかり。
その姿を見てユモアは串焼きを頬張りながらニヤリと不敵に笑った。
「さあ。そうそう時間は稼げんぞ。任せたぞ……我が弟子よ。」
ーー
「よし。ここだな。」
城下町の使われていない地下水路への入り口。シズカとフォンは闇夜に紛れてここまでやって来た。
そこには大きな鉄格子に魔術が施された南京錠が掛かっている。
如何にも何か死守する臭いがする。ここから城にへと侵入出来るのだから同然と言えば当然だ。だがそれは一筋縄ではいかない。
「師匠達が稼げる時間は長くない。
何とかして開けたい所だが…。」
宴会開いて衛兵の毒気を抜かす作戦…。どこぞの昔話みたいな作戦だが、下っ端衛兵位ならこれで誤魔化せるだろう。
だが格上の暗喩部隊などが来たら話は違う。無闇な血を流す訳にはいかない。
攻めてきたら逃げてくれ。と伝えてある。勘のいい奴ならこれで気付くだろう。これが…陽動であることを。
「時間がないのは分かってるんだが…!」
シズカは南京錠と戦っていた。
何とか見様見真似で鍵開けを試みるも国が手掛ける南京錠だ。
そうやすやすと解除出来るはずない。
もう無理矢理壊すか…?とタフネスから護身用に渡された軽量化されたブロードソードに手を掛けるが、例え軽量化とは言え1キロ強ある剣をヒョロガリが扱える訳ない。
シズカは静かに剣を鞘に収めた。
「シズカ。大変!そろそろユモア達が危ない!……シズカ?」
どうしようかと考えあぐねていると、様子を見に行っていたフォンが戻ってきた。
どうやら陽動にも気づかれているらしい。ここにもいつ、衛兵が来てもおかしくない。
シズカは更に焦った。その横でフォンが不思議そうに南京錠に触れる。
「……これ、外したらいいの?
…………えい。」
可愛らしい声が聞こえたと思うとバキっ!と言う鈍く大きな音がシズカの鼓膜を響かせる。
そして恐る恐るフォンを見ると、彼女の手には粉々に破壊された南京錠の成れの果てが握られていた。
「………よし。計画通り!」
そう。全ては計画通りだ。
焦ってなどいない。まさか幼女の手でゴツく丈夫な南京錠が一瞬の内に破壊された事に微塵も焦ってなどいない。大事な事なので二回言っておく。
鍵が開けばこっちのもの。時間もない。早速シズカはリサーチの力を使う。
この蟻の巣のように複雑に張り巡らせた迷宮をいかに罠を踏まず、最短で城内に侵入するルートを模索する。
「(絶対にそのルートは存在する!してくれなきゃ困る!!)」
手をかざし意識を集中させる…。いかにリサーチの能力がこれだけでいいとは言え、ここまで広大だと時間もかかる。
しかも、そのマッピングが直にシズカの脳内に送られる。並の精神力では処理が追いつかない。
「(どれだけクソゲーマッピングをやって来たと思ってるんだ!これ位…やってやる!)」
膨大な情報が頭に書き込まれる。
ここは駄目…そっちは行き止まり…あそこは突破出来ない…。
フォンはグリフォンで力はあるが使い方をまだ知らない。そしてシズカは身体能力も力も並以下だ。
そんな二人でも突破出来るルートは……!
「し、シズカ…早くしないと…!」
分かっている。シズカは脂汗を滲ませながら突破口を模索する。
周りが騒がしい。どうやらバレるのは時間の問題だ。
フォンが怯えたように縋ってくる。
「いたぞ!侵入者だ!」
「ーーっ!シズカ!」
あった!!
衛兵に見つかった時とほぼ同時。最適なルートを発見してシズカはフォンの手を握り走り出す。
みつかったとは言え迷宮に入ってしまえばこっちのもの。
あっちはロクに形状を把握していないのだから。
「シズカ掴まって。」
「へっ!?」
手を引くシズカの腕を逆に引っ張ってフォンは自身の倍は身長のある彼を背中に乗せて四足で走り出す。
最早、正体を隠す必要もない。どうせ向こうは分かっている事だ。
流石のグリフォンであるフォンの脚力は凄まじく、衛兵を撒くどころかシズカが指示したルートを物凄いスピードで突き進む。
だが肝心のシズカは、突然の乗馬マシンを思わせる乗り心地に目を回しギリギリの精神でフォンに指示している状況だ。
「……シズカ?大丈夫?」
そろそろ城内。ここからは慎重に行くべきとフォンはシズカを降ろすが、彼は完全にグロッキー状態で吐きそうな顔をしながら呟いていた。
「…女子の背中に乗るとか……変な扉…開きそう……。」
どうやら大丈夫のようだ。とフォンは安心した。言っている意味の不明さがいつも通りだからだ。
「シズカ。今更だけど今しか言えなさそうだから…伝えとくね。
…ありがとう。ずっと味方でいてくれて。助けに来てくれて。
……グリを救いに行くって…言ってくれて。」
嗚咽に塗れた汚い顔だがシズカは顔を上げてフォンを見た。
……今までに見たことのない大人びた笑顔を浮かべていた。
子供の成長は早い…。グリフォンの様な神獣だと尚更だ。
…そろそろ自分の役目が終わる時が来たような気がした。元から何を教えた訳でもないが、彼女は確実に子供から大人へと成長し始めている。
だからこそ、最後の最後まで大人の威厳を…親の意地を見せたくなる。
「当たり前だろ。これまでも…これからも…俺はお前らの味方だ。だから絶対にグリを救い出す。
…お父さん、頑張っちゃうぞ!」
最後に照れくさくなって茶化してしまったがフォンは可笑しそうに笑っていた。
その笑顔を見てグリに会いたくなった。今頃、寂しい思いをしているだろうか…。アイツは奔放だが寂しがりやだ。
「よし。暗揄だかアンズーだか知らないがオタク舐めんなよ!
絶対に見つからずにグリを取り戻してやる!!」
「…うん!」
若干、情けなくも聞こえるシズカの掛け声に、大人の対応を見せて笑うフォン。
だがそんな彼でもフォンにとってはヒーローで、片割れであるグリと同じくらい大切な存在なのだ。
「…シズカ、アナタは私達が絶対に守るからね。安心してね。」
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