第9話 欠けた日常






長い夢を見ていた気分でシズカは目を開けると、そこには泣きそうな顔をしながら必死に彼の手を握るフォンがいる。

そして疲弊しきって大剣を杖代わりにしているタフネスがいた。



「……本当に…生き返っただと…。」



まるで人が息を吹き返したように驚愕の表情をシズカに向けるタフネス。

何を不穏なことを…。とシズカは呆れていたがすぐに思い出した。そう言えば敵襲にあって殺されたばかりだ。

なのに体のどこも傷など一つ残っていない。



「…俺、死んだんじゃ……?」



「多分…数分は死んでたと思う。」



驚き戸惑うタフネスはそれだけ言うと視線をフォンへと移した。

まさか!?フォンがやったと言うのか?彼女に回復魔法なんて教えていない。しかもこれはそれ以上の上位魔法だ。

フォンが使えるはずないのだが…。



「ちょうどいいシズカ。仕事の報告だ。とにかく、一回情報をまとめた方がいい。」



何がなんだか訳が分からないシズカはタフネスの提案は正直助かる。

だがそれを慌てたようにフォンが遮った。



「ま、待って!それよりグリ達が心配。一度、戻ろ?…何か嫌な予感がするの…。」



不安そうな表情でそうシズカの服の裾を掴みながらそう呟く。

彼女の第六感的なものなのか、それとも双子の何か通じるものなのか定かではないが、いつの間にかいなくなっている謎の部隊の行方も気になる…。


とにかくシズカ達は一度、落ち着く為に我が家に戻ることが決定した。





ーー





「………なんだよ………これ…。」



シズカはまだ夢を見ている気分だった。

無事、自宅に帰って来たはいいもののそこにあるのは変わり果てた我が家の姿だった。


何かに襲撃されたのか家は焼かれて半壊状態。今にも崩れそうだ。

出ていく前にグリとフォンとで収穫した農園も踏み荒らされてぐちゃぐちゃになっていた。

一体、留守中に何が起こったと言うのか…。



「ーーーっ!グリは!?ヨウはっ!?」



これらはまだいい。また作り直せばいい話だ。だが、留守を任せた二人は違う。

シズカ焼かれてボロボロと勝手に倒壊しかかっている危ない家に無理矢理入る。

するとそこには、ユモアが哀愁さを漂わせながら廃材だらけの部屋にポツンと立っていた。



「……遅かったのぅシズカ。

もう…何もかも終わったあとじゃよ。」



こちらを振り返りもせずポツリと話すユモアの背中は何処か悲しげだ。



「し、師匠も駆けつけてくれてたんですね。」



それでも少し安心している自分がいた。ユモアは年だがシズカが知るかぎり最強の人物だ。

そんな彼なら二人を守ってくれているはず。



「…ヨウが分身を寄越しての。それで気付いたんじゃ。

じゃが…間に合わんかった…。」



その言葉にシズカは息を飲む。

そしてようやく振り返ったユモアはいつになく余裕の表情すらない顔だった。



「…生きてるんですよね…。二人共。」



とにかく落ち着きたくて、肺に大量の空気を入れて吐き出しながらそうユモアに問う。

だが彼は否定も肯定もしなかった。続きが怖すぎる。足が震えてきた。腹に力を込めてなんとか平静を装い今立っている。



「ヨウは大丈夫じゃ。魔力の使い過ぎで今は寝てるがじき目を覚ます。

……グリは多分、王国に誘拐された。……わしが来た時にはもうここには居なかった。」



ドクンっと心臓が鳴りシズカの喉がヒュッと鳴った。

グリは確かに好奇心の塊のような性格で度々、見回りと称して敷地の結界ギリギリまで飛んでいるのは知っている。


だがこの状況。そしてヨウの魔力の使い過ぎ。何かあったなんて明白すぎた。



「…どうやら俺達はまんまとアイツらにしてやられたって事だな。」



いつの間にかタフネスも入ってきた。

ボロボロの柱をグイグイと押してみる。まだここは倒壊の恐れはない。と踏んだのかそこら辺に転がっていた椅子にドカリと座った。




「アイツらに…エンシェント王国影の特殊部隊…通称『暗喩アンズ

奴らの目的はずっとここで取り逃したグリフォンの捜索と並びに次の幼体を探し出すことだった。」



そう苦々しくタフネスが説明をする。概ねユモアが前に言っていた推測は合っていたようだ。

どうやってここを突き止めたかは分からないが、やはり城下町でのやり取りが大ごとになったのだろう。

それで暗喩部隊の耳にも入ってしまったのかもしれない。



「俺の張り込みが甘かった。

少し無茶して情報を手に入れたら速攻バレた。

それで生かしてやるからグリフォンの飼い主をここまでおびき寄せろと脅迫してきた。」



A級冒険者と言えばハイクラス階級一歩手前の実力者だ。

それを脅すとか…その暗喩部隊はそれ程の実力者揃いなのだろう。




「そして王国の目的はそのグリフォンの蘇生の力を手に入れることらしい。」



蘇生の力…やはり先程フォンが致命傷だったシズカを回復させてくれたのがそれだ。

確かにこの力が国に備われば、戦争の概念など一気に変わる。それは血眼で探すに値する力だ。

シズカとしては許せる話ではないのだが。


タフネスはその情報をシズカ達に知らせる為に逃走したが、結果的には家を開けてしまい相手の作戦通りグリは誘拐された。


………グリだけ?シズカは疑問に思う。

何故グリだけなのだ?グリフォンは二人いる。片割れだけ誘拐しても意味がないと思うのだが……?



「飛んでいる所を見られたとなると一番グリフォンっぽいからな。

多分、向こうもグリフォンが二人いるなんて思ってないだろう。」



それもそうだ。目の当たりにしたシズカだって最初は信じられてなかった。

グリフォンは一体だけ。そう言う思い込みでみんな認知している。


ここまで聞くとやはり王国は、前々からグリフォンを捕まえようと画策していたようだ。

だが、肝心なことが分かっていない。


何の為に?

確かにグリフォンの蘇生能力があれば戦争が起こっても大きな力にはなる。だが今現在、エンシェント王国は何処とも戦争をしていない平和そのものだ。


軍事目的…とは考えづらい。

だとすれば……シズカが考えを巡らせる。そこだけはシズカが夜な夜な調査しても得られなかった情報なのだ。



「…さっきから聞いてたらごちゃごちゃと…。…んで?結局これからどーすんのよ!?」



三人で思案していると、バンっ!!と勢いよく半壊しているドアを蹴破って誰かやって来た。

ヨウだ。

魔力不足でフラフラとした足取りだが目立った怪我はしておらず、フォンに支えながらも大股でシズカの前にやって来る。



「ヨウ。大丈夫だったか?

大変だったな。グリを最後まで守ってくれて悪かったな…」



「…っ!守りきれなかったのよ!!そんなこと言わないで!!」



ヨウは悔しさからか涙をいっぱい溜めて憤慨した。そして腕を伸ばしシズカの胸倉を掴み上げた。



「あの子!アタシや家に被害が及ぶからって空に逃げたのよ!

だからアタシ、途中から見ているしか出来なかった!!


空はグリの十八番だけど、四方八方から魔術撃たれて流石に長くは持たなかったわ!

……最後は翼を焼かれてた。何度も、何度も…神獣とは言え子供よ!?信じられる!?」



「止めるんじゃ!ヨウ!

………シズカに怒鳴ったとて何も変わらん。」



まるでその場に居なかったシズカを責めるような物言いにユモアが彼女を窘める。

その場にいたフォンもガタガタと震えながらヨウを止めるように縋り付く。


それを見てヨウもようやく落ち着きを取り戻し始めゆるゆるとシズカを解放する。



「…ごめん。自分が不甲斐なさ過ぎてさ…。

大人のクセに子供一人守れなかったのが悔しくて…。」



両手で顔を覆い落胆し大きくため息をつくヨウ。

彼女は頭はいいが性格は直情的だ。よっぽど誘拐の一連がショックだったのだろう。今すぐにでも殴り込むくらいの勢いだ。



「ヨウ落ち着け。相手の考えが読めない中、動くのは危険だ。

不幸中の幸いかグリだけではグリフォンとして不完全だ。今すぐ奴らが行動するとは思えない。」



ここは情報収集した後、相手の出方を伺った方がいい。とタフネスが諭すとヨウの怒りが再発したように「はあ〜!?」と顔を上げ彼に詰め寄る。



「これ以上何を調べるって言うのよ!?

シズカに当たったのは悪かったけど、アタシは今すぐにでも王国に殴り込みに行ってグリを助けるべきよ!」



戦力的には申し分ない。

現役A級冒険者に元S級。学者とは言えヨウの魔法は一級品だ。それこそ、王国の一個軍隊に引けを取らない実力者揃いだ。


だが対してタフネスはヨウとは対照的に至って冷静だ。



「オレ達の立場も考えろ。

あっちは国の直属。ハイクラス階級。対してこっちはノーブル。

シズカに至ってはワーキングだぞ。

何かあったらどうする。全員漏れなくアウトサイダー行きだ。」



ここまで努力に努力を重ねて這い上がってきたノーブル階級。

たった一回、国に楯突いただけで簡単に崩れ落ちる。

これが現実だ。だから誰も国に反抗しようなんて考えない。誰だって職を失いたくないし居場所を失いたくない。



「……私は行くよ。例え、誰も助けに行かないって言っても。」



フォンが意を決したように震える声でそう言った。

無理しているのがよく分かる。だが、たった二人しかいない言わば片割れ。今すぐにでも助けに行きたいはずだ。



「さて。色々意見が出たようじゃが…。どうする?

ちなみにわしはタフネスに同意じゃ。何も助けに行かないと言っとらん。

お前らはまだまだ前途有望な若者じゃ。わしのように一時の感情で全てを棒に振るのはあまりにも勿体ない。」



意見が完全に割れた。

ユモアとタフネスが相手の様子を伺う。

ヨウとフォンは今すぐ全員で助けに向かう。

このまま長々と話し合っている場合ではないことぐらい誰もが理解している。

だから…最終判断を…彼に任せた。



「…シズカ。お前が決めるんじゃ。

仮とは言えお前は二人の親だ。ここにいる全員、お前の方針に従う。……皆もそれでよいな?」



シズカ以外無言で頷く。そう言われたシズカはと言うと先程から全く喋らず俯いている。

迷っている訳ではない。シズカにはシズカの考えがあるのだ。



「……。俺の個人的な考えは…今すぐに助けに行きたい。」



「ーーっ!シズカ!」



シズカのその言葉にフォンが目を見張るほど喜ぶ。

だがそれを彼は片手で制した。まだ話は終わってない。



「だが全員で正面突破はしない。行くのは……俺とフォンだけだ。」



「はあ!?」とここにいる全員驚いた。そして彼を糾弾する。



「バッカ!戦えないオマエとフォンだけで行ったって城の中は敵だらけだぞ!?どうやって切り抜けるんだ!」



「そもそもどうやって侵入するつもりよ!?アンタ魔法も使えないのに!」



ガミガミガミガミとタフネスとヨウに説教を食らう。

俺の方針に従うんじゃないのかよ…。とシズカは辟易しながら二人を黙らせる。



「いいから話を聞け!

確かに俺はタフネスみたいに敵を倒せないし、ヨウみたいに頭もよくなければ魔法を使って飛ぶ事も出来ない!」



それを言うとシズカはチラリとユモアを見た。その目線に彼は何か察したように久し振りニヤリと笑う。



「だがオマエには誰にも持ってない唯一無二のチカラを持っている。」



コクリとシズカは頷く。

そしていまだ分かっていない三人を目の前にして大きく深呼吸しながら言う。

他人に意見するなどいつぶりだろうか…。



「いいか?俺の…作戦は……」




力もなければ魔力もない。実力主義社会の末端で、俺ができることなんてたかが知れている。

だけど決めたのだ。最後の最後まで必要なくなるまでアイツらの親代わりでいる事を。


最早、ユモアから託されたとかそんな義務的なことじゃない。

俺が…アイツらと一緒にいたいからやるのだ。

シズカは社会的地位をかけた一世一代の大勝負を国を相手に仕掛けるのであった。








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