第7話 乙女心親知らず






「うーっす。シズカぁ〜いる〜?」



あれから数日過ぎたある日。

シルバーのツインテをなびかせて、ヨウがシズカと双子のグリフォンが住む家にやって来た。


学者としてあのグリフォンの産まれ方は気になるが、それよりもあのシズカとグリフォン達の様子が気になってやって来たのが本命だ。


しかし…訪問したはいいものの、家の扉を叩こうが大声で叫ぼうが家主は出てくる気配が見えない。

あまり我慢強い方ではないヨウはこのまま無理に突入してやろうかと魔法を唱えようとするが、その前に控えめに扉が開いた。



「…よう。おひさ~。

覚えてる?この前ローブあげたヨウちゃんだよ。」



出てきたのは家主ではなく、双子グリフォンの片割れフォンだった。

小さい体を小刻みに震わせ、警戒心はMAXなのか髪の毛が少し逆立っている。そして絞り上げた声でヨウに向かって叫んだ。



「し、シズカは…いません!!」



…んな訳ない。

アイツが朝っぱらから子供二人置いて何処かに行ったとは考えにくい。

だがフォンは頑なで黒曜の瞳に涙をいっぱい溜め睨みつけてくるが、全く怖くない。

本当にこれが畏怖の存在…グリフォンなのだろうか?あまりにも…可愛すぎる!


そんなヨウが少し悶えていると、後ろからもう一人の片割れ…グリが空から颯爽と現れてヨウの真横に降り立った。



「あーお姉さん久しぶり。

シズカはねーオタクだからお昼まで寝てるよ。昨日も遅かったみたいだから。」



いきなり現れ人懐こく話すグリを見てフォンがみるみる憤怒する。



「グリ!どこ行ってたの!?

あんまり一人で出歩いちゃ駄目ってシズカも言ってたじゃん!」



怒るフォンにそんなの意も返さない様子で、グリは彼女を押しのけて家にへと入る。



「結界からは出てないって。空から怪しいやつがいないか見てただけ。

 

それにボクは将来みんなを守るヒーローになるんだから、怪しい奴なんて見つけたらコテンパンにしてやる!」



「グリ!!危険なことは止めて!シズカ心配しちゃう!」



本気で怒るフォンに対して、グリはニシシッと面白いものを見たように彼女から逃げる。



「(う〜ん…すごい成長速度だ。)」



最後に見た時は聞いた言葉を繰り返すだけだったのに、今や完全に自分のものにしている。

性格も自我も出てきたようだ。


ヨウが調べた真っ当なグリフォンの育ち方ではないが、そもそも人間の魔力を注入した時点でイレギュラーは発生している。


正攻法…とは言えないが二人の反応を見る限り、疑似親子関係は良好なことが分かり、ヨウはひとまず安心する。



「(ローブも大きめのにしといて良かった。流石、アタシ!)」



誰も言ってくれないから自分で褒めておく。自分の気遣いさに少し自慢気になる。

始めは5、6歳くらいだったのにもう10歳くらいに成長している。

魔物や神獣は成熟するまでは人間より成長速度が速いのだ。



「ま。二人がいるなら問題ないわ。特にフォン。アンタに一番、用事があったのよ。」



紙袋片手にヨウはニカリと笑う。その言葉にフォンは首を傾げて怪訝な表情をし、グリも興味津々なのかヒョッコリ顔を出して様子を伺っていた。





ーー





「ヤッバ!アタシって天才!

やっぱり…可愛いぃ〜〜〜!!」



一人ヨウがテンション爆上がりの中、フォンは照れたようにモジモジとしている。

今の彼女の格好はいつもの紫ローブではなく新しい服だった。


全体的に赤と黒を基調としており、首周りには革製のアーマーに動きやすいように赤系のノースリーブ。

上はピッタリ系だが、下はピンクのヒラヒラミニスカートに黒ニーソ。

ついでに髪型もポニテールに結って、大きな黒いリボンをつける。

とそんな具合にフォンに合うように可愛らしい感じにしてみた。



「ふええええぇぇぇ…。」



履きなれないスカートに肩丸出しのノースリーブ。フォンは完全に照れていたが、これにいてもの紫ローブを着れば完璧だ。



「どう?可愛いでしょ?これなら恥ずかしくないし、シズカの好みど真ん中でしょ。」



それを聞いてフォンはピクリと反応した。それを見てヨウはニヤニヤ。どうやらフォンはシズカの事が大好きなようだ。



「可愛い〜。早くシズカに見せた〜い。」



見透かされている居心地の悪さからフォンはモジモジとしている。そのテレ顔にヨウは彼女のホッペをツンツンしながらからかいたくなる。

するとそこに、別室で着替えていたグリがドタドタと部屋に入ってきた。



「フォン〜!ヨウ姉ちゃん!

みてみて!ボクカッコいい!?」



勿論、グリの分も用意してある。

こっちは本人がなりたがっている冒険者スタイル。


と言っても空を飛ぶのに邪魔なのでかなり軽装。

革のアーマーにくすんだ青色の腰巻には簡易でポケットが常備されている。

上空で目をやられないように、革製のゴーグルを頭につけて、いつもの紫のローブを着込めば…空の上でも安心だ。



「グリも中々似合うじゃん。カッコいいよ。でもね…」



一応褒めながらも、ヨウはにこやかな顔をしてグリに詰め寄る。その威圧感は興奮して来たグリがたじろぐ程だ。



「レディの着替え中にノックもせず突入するのは頂けないわね…。

今回は許すけど次同じ事をしたら………分かってるわよね?」



その無言の圧力にグリは恐れおののいて全力で頷く。

その反応に「分かればよろしい」と満足気にヨウが頷くとグリはホッと胸をなで下ろした。



「ふあ〜…ヨウ来てるのかぁ…。朝から騒がしい…。」



そんな事をしているとようやく、家主が起きてきた。

シズカは寝起きでボケ〜としながらボサボサ頭でゾンビのように移動する。

その姿にヨウはゲンナリとしていた。



「…ないわぁ〜。女子の前でその姿で出るなんて、マナーがなってないんですけど。」



「女子って…。女の子はフォンしかいねーだろ。

お前はそもそも25をこえ…」



そこまで言うとシズカはヨウからみぞおちにキツイ一発をお見舞いされた。

その衝撃にうずくまり、嗚咽をもらしていると、ヒョコヒョコと待ち切れないフォンが期待の眼差しでシズカの前に立つ。



「……シズカ…これ、どう…?」



と照れくさそうな顔をしながら言ってくるフォンを見上げるといつもと違う服装に気づく。


あぁ…ヨウがまた持ってきてくれたのか…と理解する。

だが、うずくまっていた彼が顔をあげたら必然的にフォンのミニスカートとニーソの間の絶対領域に目がいく。

元オタクから言わせてもらうと…それは………



「お父さん、許しませんっ!!」



「キッモ!この前、父親ではないとか言っといて父親気取りかよっ!」



ヨウに罵倒されようが、フォンに呆然とされようが言わせてもらう!

スカートが短すぎます!どこぞの2次元ヒロイン並の短さだよ!

オタクにとってその絶対領域は神獣並の攻撃力が備わっているんだよ!!



「うわぁ…マジキモい〜。」



「ねえねえシズカ、ボクは?カッコいい?」



女性陣にドン引きされている中、何も理解していないグリが自身の新しい服をお披露目してくる。

なんてことない健全な冒険者風衣装にシズカは安堵した。



「おう。グリはカッコいいなぁ。地味に見えるが、お前はスペックと存在が派手だからちょうど良く見える。」



「やったぁ〜!」とグリは手放しに喜ぶ。

そのグリに対するシズカの評価にフォンは気に食わなかったのか、ムスッと不機嫌そうに口を尖らせる。



「(あーあ。やってるわ。)」



馬鹿なシズカにヨウは呆れていると、特にフォンに気付くことなく欠伸を噛み締めながら、いつもの日課の家庭菜園に行こうとする。



「あ。農園行くの!?ボクも行く!」



「グリは不器用だからなぁ…。

まあいいか。フォンも行くだろ?」



無意識のシズカに誘われてフォンの耳がピョコと立つ。

そして機嫌よさそうに尻尾をふりふりさせながら頷いて付いていった。



「…大丈夫かなぁ…シズカ達。」



始めは順調かと思ったが雲行きが怪しい。仕方なくヨウも土臭いのが気になるが彼らに付いて行くことにした。





ーー





「シズカー!これ、取っても大丈夫?」



「あーまてまて!まず、ツメを仕まえ!野菜が傷つく!」



ツメもしまわず、そこら辺になっている野菜を鷲掴みにしようとするグリ。

その雑さ加減にシズカは慌てて制止して付きっきりで彼のアシストをする。



「………シズカ。これは取っても大丈夫?」



その光景をジト…と眺めていたフォンは丸々と熟れたトマトを優しく触ると、グリに忙しそうなシズカに訪ねた。



「あ〜…フォンが選んだヤツなら大丈夫。収穫してくれ。」



フォンはグリと違って力加減も分かっているし器用だった。

収穫だけでなく、水やりも種植えも手伝っていた彼女が選ぶものだ。見なくたって信用できる。


そう判断したシズカは危なっかしいグリの世話に掛かりっきりでいると、フォンは先程より更に頬を膨らまして静かにタテガミを逆立てる。



「……ちょっとシズカ。」



この状況はマズイ…とヨウが見かねて助け舟を出す。



「少しくらい構ってあげなよ。グリばっかり見てないでさ。」



「……いや、だって…」



何故ヨウにそんな呆れ顔でそんな言葉を投げられるか分からないシズカ。

そんなに期間は長くないが、グリとフォンはヨウなんかよりは付き合いが長い。彼女の事は誰よりも知っているはずだ。



「フォンはしっかりしてるし一人でも大丈夫だって。

アイツは俺が横から何か言うより、自分で考えて納得して答え出すタイプなんだよ。」



うんうん。と如何にも理解ある親を気取るシズカにゲンナリとするヨウ。

そしてあろうことか、自信満々にどう見ても機嫌の悪そうなフォンに「な?そうだよな。」と声をかけると…



「…………お…こ…」



俯き小さく呟いたフォンの言葉が分からず聞き返すと、彼女はバッ!とシズカを睨み上げ、目にたっぷり涙を溜めながら掌を振り上げた。



「激おこスティックファイナリティリアリティぷんぷんドリームぅぅーーー!!!」



「へぶしっ!」



首が取れるんじゃないかと思う程の強烈なビンタを食らったシズカは吹っ飛んで、積み上がった収穫物をなぎ倒していった。

そしてフォンはそのまま泣きながら物凄い脚力で逃げ出す。…四足で。



「え!?えぇ!?フォン?し、シズカ!?

どうしたの!?なに今の!呪文!?」



「あーあ。やってくれたわね。」



収穫物に埋もれる形となったシズカはグリに助けられなんとか生きてはいるようだ。



「あ…あれ?俺、首ついてる?生首だけってことないよな?」



「首は大丈夫だよシズカ。それより、顔を心配した方がいいと思う。」



最早、骨格が変わったと言っていいほど頬が腫れてえらい顔になっているシズカ。

それを見かねてヨウがため息を吐きながら本をバラバラ巡って呪文を唱える。

すると腫れが少し収まりまだ見られる顔に戻った。



「全部は治してやんない。あたしフォンの気持ち分かるし。

アンタ乙女心が全然分かってない!フォンはね!女の子はアンタ達みたいに図太くないの!

特にあの子は色んな事を機敏に感じているわ。親なのに分かんないわけ!?」



上から見下され怒りを露わにしながら説教される。

フォンが人の言葉に敏感で、気を使い過ぎている事分かっていた。町でも人混みでは気分を害し、それを吐き出す事を苦手とするのも…分かってはいた。



「………ったく。アイツ…足跡は付けるな。って教えたのになぁ…。」



フォンが走り去った足跡を見ると硬い地面が抉られている。

可憐な見た目のわりにこう言う所はやはり人外なんだなぁ…としみじみ感じてしまう。


だからこそ、連れ戻さないと。結界の外に出られたら何があるか分かったものじゃない。



「行って何をする気?」



立ち上がりヨウの脇を通り過ぎわうとすると、まるでそれを阻むように冷徹な表情を向けられた。



「フォンがなんで怒ったか分かってる?フォンがなんで泣いたか知ってる?

アンタの事、大好きなフォンが…なんでアンタを傷つける事した気持ち……ちょっとでも理解してる?」



自分の事でもないのにまくし立てるようにシズカを責める。

生まれてこの方…異性と会話をほとんどして来なかったシズカにとって何故フォンがキレたのか理解しきれてない。


グリにばっかり構っていたから?しっかり者だと勝手に決めつけていたか?……スカートの短さを指摘したから?考えれば考える程分からなくなる。


そのシズカがモヤモヤとしている様子をヨウはイライラしながら見ていた。



「…いいから行け。」



「はあ!?お前さっき、何しに行くんだ?って罵倒したクセに!」



そう反論するとヨウからブチっとキレる音がした。

その表情に危険を察知したシズカは逃げの体勢を取るが、そのまま尻に膝蹴りを食らった。



「いだっ!」



「口答えするな。はよ行け。」



「はっはいっ!!」とビビるシズカはそそくさと、痛む頬と尻を押さえながらフォンの後を追いかけた。

それを見て呆れたように息をつくヨウと、そんな様子を心配そうに見ていたグリ。



「…大丈夫かなぁ。二人共。」



自由奔放で他人の気持ちなど二の次だと思っていたが、グリもちゃんと片割れを心配できる気遣いを持っていたようだ。

少し安心したヨウは、先程と打って変わって優しい表情をしながらグリの頭を撫でる。



「大丈夫。シズカはヘタレで情けなくて陰キャでモヤシだけど……アタシが認める、やる時はやる男だから。」



ニカッと屈託のない笑顔をグリに向け、二人の帰りを待つべく家の中に入ろうと促す。

だがグリはシズカが去っていった方向を見て不安そうに首を傾げた。



「…………?」



気のせいか。そう結論付けてヨウの待つ自宅の中へ後ろ髪引かれる思いで入っていくのであった。





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