第6話 奔放な翼
大衆浴場に近づくにつれて人が増したような気がした。
店が繁盛しているとかではない。所々で上がる黄色い声や、不穏な空気に戸惑う人達…。
何かあったことは明白だ。
離ればなれにならない様にシズカは、グリとフォンの手をギュッと握りなおす。
「おい…あの子達、何をしているんだ?」
「魔法で登ったみたいよ…。でも降りられなくなったのかしら?」
「衛兵は何をしてたるんだ!?いつ事故が起こってもおかしくないんだぞ!!」
野次馬達がやいやい叫んでいる。
ここまで来たらシズカもよく子供達が見えた。
子供達は煙突の中を身を乗り出して覗き込んでいる。その様子から降りられなくなった訳ではなさそうだ。
「…だったらなんで…?煙突の中に何かあるのか…?」
調べてみるか。とシズカはグリとフォンを路肩の隅に移動させてここで待つように言った。
彼は人をかき分け煙突に向かう。そして手をかざす…いつものように。
「……ん?……これって…まさかっ!!」
調査結果が出た。手を引くと突如、ものすごい人々の悲鳴がこだました。
耳をつんざくその声に何事かと思い顔を上げる。
「子供が…っ!子供が一人落ちたぞ!!」
「きゃああああーーーーー!!衛兵はっ!?衛兵はまだ来ないの!!」
なんて事だ!どうやら子供達の内、一人が煙突の中に落ちたようだ。
確認すると、あの目立つバイキング兜の子供がいない!そう言えば率先して煙突に顔を突っ込んでいたような気がする…。
夢見る冒険者志望の正義感がこんな所で足を引っ張るとは!
「…クソッ!タフネスを呼びに行くか!?
いや、そんな時間はない!衛兵だって来ないんだぞ!」
空を飛ぶ能力があれば助けに行けるのに!
だが、残念ながらシズカにそんな能力はない。黙って衛兵が来るまであの子の無事を祈るしかないのか…。
…と思っていると、不意に真横を紫色の何がものすごいスピードで通り過ぎた。
「…………え………?」
「だ、誰だ!?あの子!!」
「翼よ!翼が生えているわ!!」
観衆のものすごいどよめきの中、身の丈程の大きな翼を広げてシズカの真横から煙突に沿って一気に浮上していく。
その子は見知った紫色のローブをはためかせていた。
………グリだ。そう思った時にはもう頭の中は真っ白で人前なのに叫ぶ事しかできなかった。
「…グリぃぃぃーーーー!!!」
聞こえてないのか彼は振り返らない。
あっと言う間に煙突の頂上まで到達してその中に躊躇なく入っていく。
ドクンドクンと突き破れるほど響く鼓動。手汗が止まらず喉はカラカラで不快極まりない。
だが、その煙突から目が離せない。
周りもそうなのか時間が止まったような感覚に静まり返っていると、突如なにかが飛び出してきた。
そこには翼を大きく広げたスス塗れのグリの姿。
そしてその手には…同じくススに塗れた子猫を抱えて青白い顔をしたバイキング兜の男の子がいた。
リサーチで見た通りだ。煙突の上にいた子供達はこの子猫を助ける為に奮闘していたようだ。
「「うおおおおおおおおおお!!!すげぇぇーーー!!!」」
その活躍に凄まじい歓声が上がる。
それもその筈だ。誰もが衛兵の到着を待つしかないと思っていたのに、水星の如く現れて瞬時に解決してしまったのだから。
グリはゆっくりとその子供を地上へと降ろすと丁度、衛兵と先程の雑貨屋のおばさんがやって来た。
息子を見るなり泣きながら我が子に抱きつく。
「全くこの子はっ!良かったよぉ…良かったよ。本当に…。」
母親のその姿に安心したのか男の子の方も泣き出す。良かった…無事で。
だがシズカは安堵すると同時に絶望していた。
非常事態とは分かっているが、公衆の面前であんなに大々的にグリが翼を広げてしまった…。
これは…言い逃れが出来ない。
急いでその場を去ろうとグリを探すが案の定、彼はみんなにもみくちゃにされていた。
「あ、あの〜…その子は……」
「ボク!すごい魔法だな!」
………ん?何か思っていた展開と違った。
ってきり人外だと怒鳴られて石を投げられると思っていたが、意外にもグリは称賛の嵐を浴びせられていた。
「その年でそれだけ魔力の翼を作れるなんて大したもんだよ!」
「才能の塊ね。将来は冒険者かしら?それとも王宮魔法師?」
「将来が楽しみな坊主だ!とにかく!お前は命の恩人だよ!ありがとうな!」
ありがとう。ありがとう。と歓声を上げられてグリは照れくさそうに笑っていた。
……そうか。飛べたって翼が生えてたってこの世界では魔法って事で大概のことは片付けてもらえるのか…。
シズカは一気に力が抜けたような気がした。ヘロヘロと地面に座り込むと心配しにきたフォンに顔を覗かれる。
「………大丈夫…?」
「あぁ…なんとか…。
フォンもごめんな。うるさいのあんまり好きじゃないだろ。もう少ししたら帰るから…。」
ふるふると首を横に振って「いいよー」と笑いかけてくれる。
気づかいの出来るいい子だ。
そんな彼女が不意に何やらビクついたようにさっとシズカの背後にへと隠れる。
「あ、いたいた!お客さん!
本当にありがとうね。アンタ達は息子の命の恩人だよ!」
雑貨屋のおばさんが勢いよくこちらに近付いてきた。
あぁ…フォンが隠れた意味が分かった。いきなりって怖いもんな。
「本当に…ほんとーーに!ありがとうね。息子も無傷で無事よ。
息子くんにも言っといて。おばちゃん感謝してたって!」
シズカの手を握り力の限りブンブン振るおばさん。
彼女の力はかなりのものでシズカはただ振り回される形になる。
するとおばさんの影からあのバイキングの男の子が出てきて、シズカに向かって仏頂面で何か手渡してくる。
「これ!あげる!アイツにやって!」
とだけ言ってパーッと逃げて行ってしまった。
渡されたものは何かのツメみたいな物だった。魔物の素材だろうか?
「あの子…そこら辺で拾ったもんなんて渡して…ごめんなさいね。
今度、ちゃんとしたお礼渡しに行くから…」
そのおばさんの申し出をシズカは丁重に断った。
家になんて来られたら、不審がられるに決まっている。何だかよく分からないモノだがあの子にしたら宝物だろう。
これで手を打つことにしてもらった。
こうして、数時間にも満たないが長い長い散策が終わった。
情報屋に戻るとヨウだけになっていた。タフネスは仕事に行ったようだ。
そのヨウに顔が死んでいて10年くらい老けて見える。と馬鹿にされたが返す元気もなく、今日はこのまま店を閉めて家に帰る事とした。
「あ〜…今日はマジで疲れた…。」
夜、机の上にランタンだけに照らされて先程、少年がくれた素材を見る。
グリとフォンは今日は疲れたのか早々にシズカのベットですやすやと寝ている。
その間に彼はこの謎の素材にリサーチをかけた。
……調査完了。その結果に目を丸くする。
「…神獣…グリフォンのツメ…。」
どういう事だ?とシズカは言葉を失う。
雑貨屋の息子がそこら辺で拾ったと言っていたが、子供の行動範囲などたかが知れてる。
つまり…この近辺にグリフォン…しかもちゃんも成熟したのがいる事になる。
「(いや、それは流石に軽率か…?単に移動の途中だったのかもしれない…。
しかし、移動中に落とすか?ツメを…しかも丸々。)」
よくよくそのツメを観察すると、かなり大きく大人の拳大ぐらいのサイズだ。この所有者はかなりの大きさと推測できる。
切り口はまるで引き落とされた様に綺麗でこれはどう見ても……
「…人間に狙われたか。」
「ぎゃあっ!!!」
夜分遅くに一人で部屋にいる中、突然背後から声が聞こえたら誰だって驚く。
ほぼ反射的に振り返るとそこには、杖をつき壁にもたれ掛かるように立っていたユモアだった。
したり顔を浮かべるとクルリと背を向ける。
「来いシズカ。オマエの今の見解を聞かせろ。」
相変わらず神出鬼没…。シズカは少し呆れながら、ランタン片手にユモアに付いていく。
そしてやって来たのはリビング。寝ているグリとフォンの前で話にくいのでここに移動した。
「まず、聞きますけど…あのグリフォンのタマゴ…何処で拾ったのですか?」
出された茶を啜りながらユモアは我が家のような態度で寛いでいる。
元はユモアの家なので間違ってはいないが…。
「拾った…と言うべきか。
わしはのシズカ…今でも信じれんが会ったのじゃよ…神獣グリフォンに。」
その遠い目をするユモアにシズカは目を見張る。
グリとフォンを見ていて忘れがちだが、本来グリフォンは人前に現れる事はない。
それこそ、神が人の前に降臨するぐらいには神聖化されている。
「弱っていながらも強い覇気を感じ、わしでも立っているのがやっとな位の威圧感を感じた。
グリフォンには言い伝えがある。その生命が絶つ時、新たな生命が産まれると…。
その新たな生命と言うのが…オマエに預けたタマゴじゃ。」
その弱ったグリフォンは見るからにボロボロで老衰には見えなかったらしい。
魔物の中に神獣に楯突くものなどいない。いるとすれば…それは……人間だ。
「知り合いのツテで不審な動きをする一行の存在を知った。
何の目的かは分からぬが、わしが見たのは黒い頭巾を被った暗殺者のような風貌の集団じゃ。
血眼で逃したグリフォンを探しておった。
昔…風の噂で聞いた事がある…エンシェント王国の特殊部隊。表立って姿を見せる事なく、汚れ仕事をやる…謎の部隊がいることを。」
確証がないから俺にも謎の一行の事を調べさせたのか…。
シズカはようやく合点いった。まだ調べている最中だがこれで材料は揃った。
あとはいつも通り、調べて記録していくだけ…。
そう簡単に考えていたがユモアは真剣な顔つきでシズカを見る。
「親グリフォンは息絶えた。奴らはまだグリフォンを諦めてない。
次に狙われるであろう対象は……分かるな。」
向こうは…先程の言い伝えも知っているだろう。ならば、何処かで子供が産まれていると考えているだろう。しかも、自分達が撃ち損なったこの近くで…。
背筋が凍るような感覚がした。簡単に考えていたが、二人を狙う魔の手はいつ来たっておかしくない状況だ。
「シズカ…よく覚えとけ。情報はいつ、どの時代でも持っているものが有利となる。
だからオマエに任せたんじゃ。引き続き調査頼んじゃぞ。」
ユモアも謎の一行を調べる過程でタマゴを守る親グリフォンを目の当たりにして、助けたいと願ったのだろう。
まだ世界を知らない純真無垢な子供達が、刃を向けられるのはあまりにも残酷だ。
「OK…。分かりましたよ師匠。」
ふー。と深く息を吐いて調査用のカバンを手に持ちランタンに燃料を追加する。
そして、忘れてならない重要証拠のツメを大切にカバンに入れシズカは立ち上がる。
「これより、謎の一行…もとい、謎の特殊部隊の調査を開始する。」
「……………。」
暗く冷たい部屋の外の廊下で、音を立てずその場を立ち去る少女の表情は…黄金の髪で図ることができなかった…。
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