第4話
──それからどのくらいの時間が経っただろう。
ライネルと薔薇に囲まれてキスをして、一緒に豪華な夕食を食べ、夜は朝まで抱き合って眠った。
(あれベッドの感触が違う、ような……?)
「うーん……」
私が目を開けると、そこは見慣れた部屋のベッドの上だった。
「え!」
私が飛び起きると目の前には小さなテレビに飲みかけのコーヒー、さらに『藤元海子』宛の納品書の封筒が見えた。
「あー……そうだった。もうちょっとあっちに居たかったなぁ」
私は盛大にため息を吐くと、封筒の中から中身を取り出す。
「昨日は寝るのが楽しみすぎて、ざっとしか読まなかったんだよね」
そこに書かれているのは購入したある商品についての説明とクーリングオフ期間が記されていた。
「この、幸せを呼ぶ“青いまくら”、確かにすごいわ」
私は真新しい鮮やかな青色の枕に視線を向ける。
「SNSでバズるだけあるよね! まさかこんなに自分に都合のいい夢があんなにリアリティたっぷりに見れるなんて」
そう。私は先日、SNSで大人気のこの幸せを呼ぶ『青いまくら』を思い切って自分のご褒美に購入したのだ。
値段ははっきり言って高い、このご時世に新車が変えるほどだ。でも私は運転免許を持っていないし、他にお金を使うあてもない。
それなら唯一の趣味であるロマファンの世界をもっと堪能してみたいと予約したのが半年前。
受注生産のため予約購入してから受け取ったのは昨晩のことだ。
「はぁああ。もうライネルに会いたい〜」
この『青いまくら』は中の綿と一緒に最新の小型AIが搭載されていて使用者が眠っている間、特殊な電波を発信する。
その電波は睡眠中の私の脳の波形と連動し、注文の際、事前に登録しておいた見たい夢の情報をAIが学習して使用者に望み通りの夢と体験を提供してくれるのだ。
「本当に転生しちゃったと思ったわ……てゆうか、夢だけど……転生?」
私は首を捻る。
「うーん……ま、いっか」
残念ながら数学や科学といった部類が苦手な私にはその理論や自分が体験したことをうまく表現することは難しい。
「いやほんとすごいわね、キャッチコピーの『令和の推し活の最終形態』って言葉がぴったりだわ」
近年、未婚化が進み少子化が加速するのも無理ないのかもしれない。
この『青いまくら』は深く眠っている間に、使用者の望む幸せな時間を体験できることから、使用者の睡眠の質もあげ、さらにそのことによって仕事の効率やバイタリティも上昇させる効果まであるとテレビでも取り上げていたがその通りだ。
私はスマホで設定していたアラームが鳴る前にオフにする。目覚ましより1時間も早く起きたのは社会人になって初めてかもしれない。
「う〜〜〜ん」
私は思い切り伸びをする。
頭はすっきり、それでいてライネルにたっぷり癒されて最高に幸せな気分だ。
「じゃあ今日も張り切って社畜OL行ってこよ〜!」
私は身支度を整え簡単に食事を終わらせると鞄を片手に玄関へと向かう。
「じゃあ、また夜にね。ライネル」
私は玄関先に飾って大事にしている、ライネルのアクスタにそう言うと元気よく家を出発した。
(さぁ、今日も仕事がんばりますかね)
おひとりさまだって悪くない。むしろ推しがいて、その推しに異世界でも夢でもなんでもいいから毎日、会えるなら恋人がいる現実よりも私ははるかに幸せだ。
そう、『碧い溺愛』はまだ始まったばかり。
そしてこれからずっと続いていくのだ。
私が永遠の眠りにつくまで──もしかしたらその先も、ね。
2025.5.7 遊野煌
碧い溺愛は夢の続きで 遊野煌 @yuunokou
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