いい迷惑
屈斜路ペペ
いい迷惑
お姉さんが飛び降りた。
その落下は速度を増していき、地面と彼女の距離はみるみる縮んでいく。
きゃぁぁぁ!!
卑劣な叫び声が聞こえ、その光景を見た僕は足がすくんでしまった。
あぁ、あの時彼女を救っていなければこんなことにはならなかったのだろうか。
四月、雪が溶けきらなかった歩道を慎重に歩く。
新しく買ったスニーカーに注意を向け、地面の見えている部分のみを踏む。
「おはよ、タクト」
突然後ろから話しかけられるが、声ですぐに幼馴染の康太だとわかる。
「今年も同じクラスだな、よろしく!」
「それ毎年聞いてる気がする」
ぼくたちは高校二年生を迎え、クラス替えという大きな変化が訪れた…と思ったが、幼馴染の康太とは今までクラスが別になったことがない。そういう運命なのだろう。
ぼくたちが通う高校は田舎の小さくも大きくもない平凡な学校で、クラス替えをしても大体は顔見知りだった。
キーンコーンカーンコーン
二年生初日を終え、康太と自分の家に向かう。
「今日はあれやろう、あれ」
「…ん?どれだ」
「怪物から逃げるやつ!」
二人で何のゲームをやるか話していると、前方が騒がしいことに気づく。
―おい、そこをうごくんじゃないぞ
―あれ、やばくない?
明らかに事件の香りがする。人の塊で家までの道が埋もれていたため、仕方なくその集団に紛れて様子をうかがうことにした。
「あそこ、人が立ってないか?」
そう康太に言われ、視線を上に向けると一人の女性がビルの屋上に立っていた。
それも今にも落ちるのではないかというほど危険な状態で。
周りには、声をかけ落ち着かせようとする人、写真や動画を撮ってSNSに投稿する人、ただ事ではないと集まってきた人がいた。が、誰も助けようとしているようには見えない。
こういう状況は昔から好きではない。特に康太は。
康太には五歳離れた姉がいた。
僕もよく康太の家に遊びに行ったとき、お菓子を作ってもらったり、一緒にゲームをしたりして楽しんでいた。
ただ康太が小学四年生の時、出かけていた二人は交通事故にあったが周りの人々は誰も助けようとせず、警察が駆け付けるまで放置されていた。しかも事故の影響で康太は右足にけがを負い、姉は頭を強く打ったことで、以降病室での生活を送ることになった。
そのため康太はこういう状況に強いストレスを感じることはわかっていた。
「ごめんタクト、ゲーム、また今度やろう」
康太は真剣な表情で僕にそう言い走りだした。
康太はビルの中へ駈け込んでいく。もちろん僕もその背中を負う。
この行動はあの女性にとって迷惑なのかもしれない。ただ彼女の話を聞いてからでもいいだろう、という勝手な考えで康太を止めはしなかった。
屋上につくと女性がこちらに振り向いていた。
女性はとても落ち着いた様子で話し始める。
「かなりの騒ぎになっちゃったね」
彼女はとてもきれいな顔立ちだった。ただ、その目に光はなく、いままでに見たことがないほど絶望に満ちた顔をしていた。
「私、このビルの会社で事務をしていたんだけどめっちゃ厳しい会社でさ、最近会社に来るのも怖くなってきたんだよね」
僕らは彼女の話を静かに聞いた。
「私もあんた達くらいの時はやりたいことたくさんあったんだけどなぁ。親にも友達にも“がんばれ”って言われるだけで、ずっと状況が変わらなかったの」
彼女は僕らに背を向けた。
「でも、今日ひとつだけやりたかったことができるんだ」
―まずい
僕も康太もそう予感し走り出した。
―痛っ!
康太が右足を抑えながら転んだ。
でも康太を見ている余裕がなかった。それは彼女の身体は傾き、今にも落ちようとしていたからだ。
「私がやってみたかったのはね、バンジージャンプ!」
僕は高所が得意ではなかった。そのためバンジージャンプとかスカイダイビングとか、そういうのは絶対やりたいとは思わない。
ただ、目の前の彼女がやりたいことに満ちている未来を想像すると助けたくなった。
―
―
―
間一髪。
僕の右手が彼女の右手をつかんでいた。
僕は彼女にかける言葉を探す。
勝手に干渉したことを謝るか、いや、そんなことしたら彼女はさらに絶望するだろう。
なら、
「お姉さん。そのやりたかったこと、一緒に叶えませんか?」
「あはっ、いい提案だね、少年」
僕らは警察署で話を聞かれたのち、家に帰された。
それからまもなく僕の生活は大きく変わることになった。
高校二年生の夏休み、さっそく約束を果たすことになった僕らはある場所へ向かっていた。
「お姉さん、今どこに向かってるんですか?」
お姉さんの車に乗せてもらい、僕らは森に囲まれた道を走っていた。
「少年たち、ほんとに私のやりたいことを手伝ってくれるんでしょ?」
「まぁ、はい…」
僕と康太は顔を合わせ、不吉な予感を共有した。
「じゃ、今から本当のバンジージャンプに行くよー!!」
はぁぁぁぁ??
最悪の気分で到着した川にかかる大橋は、とても美しかった。
お姉さんが飛び降りた。
その落下は速度を増していき、地面と彼女の距離はみるみる縮んでいく。
きゃぁぁぁ!!
卑劣な叫び声が聞こえ、その光景を見た僕は足がすくんでしまった。
あぁ、あの時彼女を救っていなければこんなことにはならなかったのだろうか。
ただ、あの時彼女を救ったことは後悔していない。
いい迷惑 屈斜路ペペ @pepepe0
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