冴えない僕は今日も努力をする

@sink2525

第1話 始まり

 一年三組と書かれたネームプレートの前に立った僕は息を呑んだ。というより吞むことしかできなかった。


 一枚の扉を挟んで聞こえてくる幼馴染――柊夏美の声を嫌というほど耳を突いた。自分に関する悪口が言われていること楽しそうに話していること。

 様々な考え思考が頭を覆う。


「私がなんでデブ野郎と一緒に居るかって? そりゃあかもだからでしょ!!」


 和気あいあいと楽しそうに話す夏美。


 賑やかな笑い声。

 手にぐっと力を込めて怒りを隠し耳を澄ませる。


「それに、金城翔はなんて言うか私の奴隷! 的な感じなんだよねー! だから私のそばに置いてあげているだけ」


 そうだったのか。そういうことだったのか。

 高校生になったにも関わらず出てくる言葉や考えは幼かった。

 怒りや悲しみも出てこない。心の中にある無だけが大きくなっていく。どんどんと溢れていく負の感情はやがて頬を伝った。


 金城翔はそのまま立ち尽くした。これが現実なのか? これはあってもいいのことなのか? これは許されることなのか?


 考えては考えを消す。

 幾度となく繰り返しては消す。


 俺はもう何をやっているのか分からなくなった。

 今日は幼馴染の夏美の誕生日だった。だから誕プレをプレゼントとしようと思ったからここに来たんだ。それなのに、どうしてこうなってしまったんだろう。


 自分の体を見る。


 思い出すのは夏美の言っていた一言。


「あんなデブ野郎」


 分かっていた。俺は他の人よりかは太っていることは分かっていた。

 でもどうでもよかった。自分だけが幸せならどうでもよかった。それに、夏美と一緒に居られるならそれだけでよかったんだ。


 ――それだけでよかったんだよ。


 夏美と話すことが楽しかった。何より嬉しかった。

 長年の付き合いの中で親友と呼べる存在ができたことが本当に嬉しかったんだ。

 なのに、なのに夏美は俺のことが嫌いだった。


 考えを深ませる翔に反して夏美たちは翔の悪口で盛り上がっていく。高校生とは思えない内容を口走る夏美。


「それにさ、あいつって多分馬鹿じゃん? そこがまたいいんだよね!! ほしい物とか買ってくれるし、誕生日だって高級な財布くれたしさ!」


 走馬灯のように思い出が流れていく。

 あの日の言葉。あの日の笑顔。

 素敵で可愛いと思った笑顔の裏には俺を貶していた顔が存在した。

 友達だと思っていたのは俺だけだった。


 どうこうできな想いにプレゼントが歪んでいく。

 夏美がこの前ほしいと言っていたネックレス。

 貯金をはたいて買ったプレゼント。

 でももう要らなくなってしまった。


 すっと力が抜けていく。紙袋を落し、俺はその場を去ることにした。

 だって、ここに居たとしても何も解決はしないし居た所で死にたくなるだけなんだから。




 俺の心を表すかのように雨が降っている。地面を殴るような雨は俺の心まで殴ってくる。


 ベンチに腰を下ろして地面を見つめる。

 そっと手を自分のお腹に置く。


 太っている。


 溢れている肉は自分の体型を知らせている。そうか、この体がよくなかったのかもしれない。


 そうなのか? 俺が太っているから夏美は俺のことが嫌いになったのか? いや、違うだろ。いや、そうだな。


 俺が太っているから夏美は俺のことを友達は思っていなかった。

 そうなんだ。


 結局は自分が悪かったんだ。

 俺が夏美の隣を歩ける人じゃないから、俺が夏美に恥をかかせていたんだ。

 翔は自分を追い込んでいく。


 そうすれば夏美を嫌いにならなと想いながら。

 翔は優しかった。みんなと友達になりたい思いもどこかにはあった。

 でもなかなか勇気が出なかった。誰かから嫌われることが嫌だった。というより恐かった。


 人から向けられる負の感情は嫌というほど気持ち悪いことくらい知っていた。

 あの視線。あの悪口。


 想像しただけで泣きたくなるほど翔の心は幼かった。


 高校生になった翔は変わろうと思っていた。でも、これまでとは違う生活をしていた翔にとって食事制限や運動はむずいことでもあった。

 そして、そんなこんな頑張っていた翔に突きつけた現実。

 夏美による自分の評価は酷い物だった。


 頭を打つ雨は止む様子はなかった。

 でも、この状況は少しだけ俺の心を慰める。

 負の感情を打ち消してくれそうな雨。でもそう簡単には消えてはくれない。何度もフラッシュバックしては頭を振り消す。



「大丈夫ですか?」


 下を向いていた時不意に声が聞こえてくる。けど、俺に掛けている言葉ではないだろう。


「あの、聞こえていますか?」


 顔を上げる。

 そこには傘をささず俺を見つめている金城花が立っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る