第37話 5Gのエリオット

 ――あれから数日。


 一命は取り留めたものの、おれはしばらく身動きが取れなかった。


 アドバンスポーションの中毒症状は教会で治療してもらえたそうだが、副作用である減衰効果には治療法がなく、効果が切れるまで人工呼吸と心臓マッサージで持たせてくれたそうだ。


 魔力石アレルギーの症状に関しては手の施しようがなく、しかも高出力な魔石を使ったせいか、なかなか症状が消えず、ずっと頭痛やめまい、発熱に苦しめられていたのだ。


 筋肉痛のときと違って、成長を感じられる苦しみではないのが一番こたえる。


 もうやだ。助けて。苦しい。魔力石なんて二度と使うもんか……。


 ひたすら、そんなことを考えて過ごす地獄の数日間だった。


 症状がようやく治まって、おれは久しぶりに冒険者ギルドへ足を踏み入れる。すると――!


「復帰おめでとう!」


「オレたちのエース! エリオットの登場だぁ!」


 ゲイルを始め、もはや顔なじみとなった冒険者たちが揃って歓迎してくれていた。


「すげえよ、お前! 本当にすげえ! ゲイルさんでも敵わなかったあの『破壊の種子』のバケモンをやっちまうなんてよ!」


「そのために自分の命まで犠牲にしようとしたんだって!? 街を守るためなら自己犠牲もいとわない……金の心を持つ男だよ、お前は!」


「そうだ、金の心GOLDEN HEARTのエリオットだ!」


 みんなに騒がれ、ハイタッチやら、肩パンやらで揉みくちゃにされちゃったりする。


 これも悪くない。


 不慣れな賑やかさだが、偉業を達成しても当たり前過ぎて誰からも騒がれない頃よりは、ずっといい。これはこれで楽しいかもしれない。


 まあ、揉みくちゃにされてるうちに、結構ダメージがあったりするけど。こっそりポーション飲んで回復したりしてるけど。


 騒ぎには参加しないが、ゲイルも微笑んで称賛してくれていたりする。


 そんな冒険者たちをかき分けて受付へ。


「お疲れ様です、エリオットさん。今日はどんな御用ですか?」


「カードの更新をお願いしたいんだ。色々冒険したし、そろそろ能力値上がってるんじゃないかなって思って」


「分かりました。でも、あまり期待しすぎないでくださいねー」


 というわけで測定用の魔導器を使わせてもらった結果……。


「あー、ほらやっぱり。能力値変わってませんねー……。あっ、でも属性が付いてますね。属性判別の基準は突破できたみたいで――えっ!?」


 にこやかだった受付嬢が、すごい驚いた顔でライセンスカードを二度見した。


「なんですこれ、見たことない属性なんですけど」


「どれどれ?」


 カードを受け取り、確認してみる。


 エリオット・フリーマン 属性:神

 体力 :G 筋力 :G 魔力:G

 敏捷性:G 器用さ:G 知力:S


「なんですか、属性:神って? え、どういうことです? エリオットさん、神様だったんですか?」


「いや人間だけど」


 おれのほうは実は驚きはない。『破壊の種子』との戦いの最中に発現した属性が、神聖魔法の属性と同じものだとは気づいていたのだ。属性一致による攻撃力の増強バフがあったからこそ、あの一撃はあれほどの威力が発揮できた。


 おそらくこの体が、女神エテルナ謹製の肉体だから神性を帯びてしまっているのだろう。


「なぁにぃ!? 属性:神だってぇ!?」


「マジ? え、マジ!? 見せて見せて!」


 聞きつけた冒険者たちがおれのライセンスカードを覗き込む。


 そしてみんな息を呑む。


「うぉおお! マジだ、すげえ!」


「なにがすげえんだが、よく分かんねーけど! 神だからやっぱすげーんだよな? な!?」


 物凄くレアなのは間違いない。属性:神なんて、それこそ女神やそれに連なる天使が持つような属性だ。神聖魔法の威力も高まる分、『破壊の種子』との戦いには役に立つだろう。


 でも神属性の装備なんて、地上に存在するか怪しいほど貴重だ。実質的に、装備による属性一致の増強バフは、まったく期待できない。


 その上、神聖魔法を使うには、今のおれには魔力石が必要不可欠なのだが……魔力石アレルギーのせいでちょっとトラウマだ。使いたくない。いやマジで。


 せめて魔力石を使わなくて済むよう、自前の魔力を鍛えるしかないか……。


 おれの冷めっぷりにも気づかないほど、周囲は大盛り上がりしている。


「5Gのエリオット、最後のGは神属性GODHOODだったか!」


「ついにGが5つ揃ったな。度胸GUTS大物食いGIANT KILLER偉人GREATNESS金の心GOLDEN HEART神属性GODHOOD!」


「能力最低値が5つで5Gだったのに、こんなすげえ肩書になるなんてよ……。まったく! 弱いはずなのに大したもんだぜ!」


「それに比べてレイフの野郎はなぁ。強えはずなのに、なんの役にも――」


「ちょっと待ってくれ!」


 それは聞き捨てならない。


「レイフは教会で暴れ出した『破壊の種子』に最初に対応してくれた。自分が取り憑かれても、最後は自分の力で引き剥がしたんだ。役に立たなかったなんて、とんでもない! 最初と最後で大きな役目を果たしてくれたんだよ」


「で、でもよぉ……」


 おれの反論に勢いを削がれる冒険者たち。そこに受付嬢が追撃する。


「だいたい、あなたたち、あの場に駆けつけもしなかったそうじゃないですか。その場で戦った人のことを、悪く言えるほど役に立ってますか!?」


「うっ、それは……」


「騒ぎに気づかなかったんだよ……」


「駆けつけたときにはもう終わってたんだ……」


 言い訳する連中に、受付嬢はさらに文句を言おうとしたが、そこはおれが止めておく。


「でも、みんなの気持ちも分からなくもない。レイフは散々ここで横暴してたんだ。悪く言いたくもなるよ」


「それはそうですけどね……」


「だけど……レイフは始めからあんな風だったわけじゃなんじゃないんでしょ? どうして彼は、あんなに性格が歪んでしまったんだ?」


「それは……」


 受付嬢は少し迷ったようだったが、やがて頷いた。


「まあ、もう一区切りだし、話しちゃってもいいか……」


 そうして受付嬢は、レイフの過去を語ってくれた。


 魔物から助けてくれた冒険者に憧れていたこと。優れた才能と、輝かしい功績の数々。そして敗北と挫折。その絶望と諦観。苛立ちと自己嫌悪。そこから歪んでいった性格……。


 それでも街を守る約束を忘れられず、冒険者としてあり続けたこと。


「……そっか」


 聞き終えて、おれはレイフに不思議な共感を覚えた。


 才能による全能感は、おれにもあった。違いがあるとすれば、その限界点だけ。


 もしもおれにも、最強になれるほどの才能がなかったのなら、レイフのようにどこかで足を踏み外していたかもしれない……。


 その話を聞いていた冒険者たちも、同情するように視線を落としている。もう悪く言おうという気はないようだった。


「……ところでレイフは? あのあと、どうなったの?」


「無事に治療されましたよ。エリオットさんほどじゃないけど、彼もかなりの重傷で……命は助かったけど、色々と失ったものもあって……」


「いったい、なにがあったの?」


「全身の筋肉が破壊されたせいなのか、『破壊の種子』に能力を吸い取られたのか、原因はハッキリしないんですけど……彼の能力値、ほとんど最低にまで落ちちゃってて」


「それって……Gってこと?」


「ええ、知力は下がってないですけど、魔力はFで、他は全部Gになっちゃって……」


「そうだったのか……」


「でも生きてるんです。それだけでも私は良かったって思ってて……。だからエリオットさん、これはギルドの受付嬢としてじゃなく、個人的に言わせてください。レイフを助けてくれて、ありがとうございます」


 レイフの過去を知っているだけあって、プライベートでは親交があったのかもしれない。もしかすると、あの日、少年レイフが庇った女の子が、この受付嬢なのかもしれない。


「当然のことをしたまでだよ。それで、レイフは今はどこに?」


 きっと今、傷ついた心を抱えていることだろう。能力を失って、迷いの中にいるだろう。


 少しでもおれが力になってやらなければ。


「レイフなら、そろそろ……」


 と受付嬢が言いかけたとき、ギルドに入ってくる者がいた。


 レイフだった。


 おれや受付嬢を含め、冒険者たちの視線が集まる。主に同情の視線が。


「う、ん? なんだ? なんでそんな目で見てきやがるんだ?」


 口調の悪さは相変わらず。


 だがその表情は、おれの予想と違ってどこか憑き物が落ちたような清々しいものだった。




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次回、ほとんどの能力を失い、冒険者も引退を考えているレイフに、エリオットは励ましの言葉を送るのでした。

『第38話(最終話) 2周目は最弱がいい』は、本日16:03に公開予定です!


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また、本作は第7回ドラゴンノベルス小説コンテストに参加中です。ぜひ応援をよろしくお願いいたします!

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