第19話 勝者と敗者

「81-82勝者青。礼」

「「「「「ありがとうざいました」」」」」

 

俺達が……勝利した。

礼をする時に郡司達を見たが、一度も見た事がない表情をしていた。舐めていても負けた事が無い相手に今日負けたんだ。それは思う所もあるだろうと思った。


 ベンチに戻った俺達は、何故か誰も言葉を発しなかった。黙って座ったまま汗を拭っていた。


「色々と課題は見えたが……初勝利。おめでとう」

 竹じいは真剣な眼差しで俺達を見た後にそう言った。


「初めての勝利ってのはどういう気分だ?」

「先生……いや、どうっすかね……なんかよく分からないですね。最後は本当にラッキーとしか言えなかったですし」

「勝ったんだから素直に喜ぼうじゃん!」


「そうですねHPの言う通りです」

「僕達勝ったんだよね? 勝ったんだよね?」

「ああ、そうだ。ラッキーだったとしてもお前等が勝ったんだ」


「西野先生?」

「これはこれは……橘先生」

「どうしようもなかった男子バスケ部をたった数カ月で、どうやってここまで強くしたんですか?」

「私は特に何かした訳じゃありませんよ。こいつらが勝手にやる気を出して、勝手に強くなったんですよ」


「まさか負けるなんて思ってもみませんでした……体育館の件ですが、大会まで一緒に使っていきましょう」

「分かりました。今日はありがとうございました」

「いえ、こちらこそ」

 橘先生は、反対側にあるベンチへと戻っていく。女子バスケ部は全員立ったまま、硬直していた。郡司を見ると、涙を浮かべているように見えた。



「さてと、無事に体育館を毎日使えるようになった訳だが、この後はどうする?」

「どうするとは?」

「郡ちゃん達、午後から練習があるんじゃない?」

「今日はこのままオフでもいいし、一度家に帰って午後から練習してもいい。好きな方を選べ」

「今日はオフでお願いします。明日からよろしくお願いします」


「分かった。明日は午前から一日練習になるから準備しておけいいな?」

「「「「「はいっ」」」」」


 俺達は荷物を持って体育館を出て行く。運動しやすい気温、空に向かって叫びたくなる程に気持ちが良い快晴。世界の全てが晴々としているのにもかかわらず、俺の中ではスッキリしないモヤモヤとした雲がかかっているようだった。


「久しぶりに千駄屋行かない?」

「いいねぇー。行こう」

「私も行きましょう」

「僕も僕も」

「いいじゃん」


 千駄屋という名前の駄菓子屋へ向かった。いつも学校帰りや部活帰りに買い食いする為に寄っていた店で、近くにある公園で駄菓子を食べながらよく駄弁っていた。

 駄菓子を買って公園に向かい、それぞれ遊具に座って寝そべりながらムシャムシャと食べていた。


「今日の試合さ。最後良く斎藤プロ決めたよな! あれ狙ったの?」

「狙って出来るとでも? 無理だろ! テキトーだよテキトー」

「良く入りましたよね。奇跡でしたね」


「運も実力のうちって言うじゃん!? 別にいいんじゃね!」

「勝ったのに何で皆そんなに静かなの? 僕はてっきり騒ぎ散らかすのかと思ったよ」

「俺にも分かんない。全く経験が無かった事過ぎて、現実感がないんじゃないかな? なんかどこか夢見心地的な……」


「最後の最後が斎藤プロのラッキーで勝ったのもあるかもしれませんね。本当に実力で勝ち取った感がないと言いますか……」

「別に勝ったんだから素直に喜ぼうぜ!」

「俺達はこれから全中まで勝ち進まないといけないじゃん! 大会が始まったら何回でも勝つ喜びを味わうじゃん!」


「なら乾杯でもしよう! 俺達の初勝利を祝って」

 俺はコーラを持った右手を掲げ、皆も同じように掲げた。


「かんぱーい!」

「「「「かんぱーい!」」」」

 乾杯をした後、安全ピンで缶の飲み口の近くにある丸い場所に刺す。ピンで開けた穴を指で塞ぎながら沢山振って指を離すと、その穴から勢いよくコーラが噴射する。

 俺はシャンパンファイトのように皆に向かってコーラをぶっかけた。


「あ! 手塚部長やったなー! オラー! 俺もやってるじゃん!」

「ふざけんな! べとべとになるじゃねえか!」

「やりましたね?」

「アハハハハ楽しい」

 体中をベトベトにしながら、かけあった。


 かけあった後は冷静になり、シャワーを浴びる為にそそくさと家に帰った。すぐに風呂場へと向かってシャワーを浴び、体中の汗とコーラを下へと流していく。

 この時に今日の試合を思い出し、フツフツと自分の内側に逆流する感情が渦巻き、両手の拳を握りしめて掲げていた。


 今日という日は生涯、忘れる事がないだろうと思った。


 次の日から女子バスケ部と体育館を半々で使う事になり、大会に向けて本格的な練習をするようになっていった。

 基礎練習を続けつつ実戦に近いトレーニングを取り入れるようになり、全ての時間をバスケに注ぐ日々を過ごしていると、あっという間に一カ月が過ぎ去り、正真正銘最後の夏大会が目前に迫った。


俺達の夢と希望が詰まった『おっぱい』を見る為のトーナメントが始まる。






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