仲直りの花(短編)

桶底

想いと商品化について

 少女は、一人ぼっちで「仲直りの花」を探していた。


 それは、喧嘩した相手に渡せば必ず仲直りできると伝えられてきた、不思議な力を持つ花だった。真偽はどうあれ、少女にはどうしても仲直りしたい友人がいて、そのための“きっかけ”が欲しかった。


 草原を何日も探し回っても、花は見つからなかった。かつてはどこにでも咲いていたと聞いたのに、今ではほとんど見かけなくなってしまった。人々も昔より、些細なことでいがみ合うようになったという。


 それでも少女は、草をかき分け、手を傷だらけにしながら探し続けた。そうしていると、不思議と気持ちが落ち着いた。苦労するほど、友達への想いが強くなっていく気がした。


 


 そんな時、一人の男が現れた。


「お嬢さん、“仲直りの花”を探してるのかな? 僕は“仲直り屋”さ。君が欲しいもの、ちゃんと揃えてるよ」


 男は見慣れないスーツに身を包み、ポケットから例の花をひとつ、さもありがたそうに見せた。


「僕のところではね、花だけじゃなくて仲直りプランのセット販売もしてる。今はこれを使って、みんながどんどん仲直りしてるんだ」


 少女はその申し出に首を振った。


「……それは、私の求めている“仲直り”じゃない気がします。ちゃんと自分の気持ちで向き合わなきゃ、意味がないと思う」


「やれやれ……またか。だからこの町の人たちはギスギスしてるんだよ。こっちが好意で用意してやってるのにさ……無駄な時間だったな」


 そう吐き捨て、男は立ち去った。


 


 再び草をかき分けていると、少女は男が落としていった地図を見つけた。気になって、地図に記された印の場所へ向かってみることにした。


 辿り着いたのは、人が来ることのない小高い丘。そこではあの男が、火を焚いていた。


 炎の中で燃えていたのは、仲直りの花だった。


「なんで……そんなこと……!」


「こんなに咲いてたら、希少性がなくなって価値が下がるだろ? 僕の商売にとっては致命的なんだ」


「でも、この花があれば、みんなが仲良くできるのに!」


「そうさ。でもそれじゃ困るんだ。だから僕は、うちでこっそり栽培してる。独占すれば、みんなは僕から買うしかなくなる。商売ってそういうもんさ」


「そんな……人の想いを、ビジネスにしないでよ……」


 少女は涙ながらに叫んだが、男は煙の向こうで笑っていた。


「想い? それより“価値”さ。みんなは希少なものにしか心を動かさない。そういう仕組みを、僕はただ使ってるだけだよ。お金を持ってくれば、誰にでも平等に売るつもりさ」


 そして男は、すべてを焼き尽くして立ち去っていった。


 


 少女は丘の縁に腰を下ろし、ただ黙って遠くを見つめた。風に髪が揺れ、煙の匂いが残る中で、崖の端にふと揺れるものが目に留まった。


 ──仲直りの花が、一輪だけ咲いていた。


 少女は、体を伸ばして手を伸ばし、危うく崖から落ちそうになりながらも、なんとかその花を摘み取った。


 それは、苦しみも、疑いも、悲しみも、全部ひとつに包み込むような優しさを持っていた。


 


 少女は走った。友達に想いを届けたくて、真っ直ぐに走った。


「ねえ、これ……この前は、ごめんね」


 少女は花を差し出し、照れくさそうに笑った。


 けれど、友達は花を見つめて言った。


「……そんなものに頼るなんて、君らしくないよ。がっかりだな」


 背を向けて歩き去る友達の背中に、少女は手を伸ばしかけたが、途中でその手は止まり、胸元に戻っていった。


 その手は、草をかき分けた傷でいっぱいだった。


 ──でも、その傷を見せてしまうことは、どこか恥ずかしく、悲しいことのように思えてしまった。


 


 ──想いは、形にすればいいってものじゃない。

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仲直りの花(短編) 桶底 @okenozoko

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