第19話 神様、空の都でお昼寝革命を起こす

「この都市では、眠ることは非効率とされております」


 そう語ったのは、天空都市アルシエルの行政官を務める天使セレファ

 俺たちは今、空に浮かぶ巨大都市を訪れていた。


 雲の上に築かれた未来都市――空中庭園、浮遊列車、光の道路。

 その景観は美しくも、どこか冷たかった。


「ここでは、24時間の勤務サイクルが組まれており、

 “眠気”は自己管理の失態として処罰の対象です」


「……こわっ」


 アリアが目を丸くした。

 ふわもこどころか、昼寝=怠惰の象徴という風潮らしい。


 


◇ ◇ ◇


 


 俺は見てしまった。

 都市の一角で、柱の影に隠れて座り込んでいた天使の青年が、

 小さく丸まって、うとうととしている姿を。


 その顔は疲れきっていた。

 羽根もくしゃくしゃで、光輪の輝きも鈍っている。


「寝るなって方が無理だろ、これ……」


 そこで俺は立ち上がった。


「……昼寝、解禁しようか」


「メジェドさん、また何かやるつもりですか?」


「いや、“ふわもこ”は誰にも止められん。

 空の上だろうが、下だろうが――眠ることは、生きる力だ」


 


◇ ◇ ◇


 


 俺は「ふわもこ雲ベッド」を開発した。


 それは、空中に浮遊する特殊な布団。

 天然の浮雲素材を織り込んでおり、乗るとふんわりと漂い、

 眠る者を優しく包み込む。


「この雲の上で眠れば、落ちることも、冷えることもない。

 そして何より、“疲れた心”が癒される」


「ば、ばかな……! 雲の上で寝るなど……」


 セレファが動揺する中、俺はそっと天使の青年に声をかけた。


「一度、試してみろよ。ほら、そこの“ふわもこ雲ベッド”、空いてるぞ」


 


◇ ◇ ◇


 


 ――数分後。


「……すやぁ……」


 浮かぶ雲ベッドの上で、天使の青年が至福の寝顔を浮かべていた。

 その羽根はふわっと膨らみ、光輪も微かに輝きを取り戻していた。


「これは……奇跡……!?」


「いや、昼寝だ」


 


◇ ◇ ◇


 


 その後、ベッドは瞬く間に広がった。


 次々と天使たちがこっそり雲に乗り込み、寝落ちする光景が相次ぐ。


「こんなに……気持ちいいなんて……」


「生産効率は……後で考える……」


 あまりに気持ちよさそうなので、セレファまで試しに乗ってしまい――


「……ッ……こ、これは……危険な癒し……! 統制が……とけ……」


 そのまま**天使長すやすや落下事件(雲の上なので安全)**へと至る。


 


◇ ◇ ◇


 


 数日後。


 都市では正式に「午後の15分仮眠制度」が採用された。

 名称は――


『メジェド式、浮雲休憩法』


「我が都市に、“ふわもこ憲章”を制定いたしました」


 セレファが誇らしげに布団を抱えて言った。


「ありがとう、メジェド神。貴殿の力は、まさに空にも届く癒しです」


「じゃ、そろそろ地上に戻るか……布団干さないと」


 


◇ ◇ ◇


 


 帰り際、アリアが笑いながら聞いてきた。


「次はどこに行くの? まさか、海の底とか?」


 俺は少し考えてから答えた。


「海底王国で、睡眠を拒む魚人族がいるらしい。

 常に泳ぎ続け、眠ることを“死”と呼ぶ連中だってさ」


 ……なら行くしかない。


 ふわもこを――海底にも。

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