質問

詣り猫(まいりねこ)

第1話・事故物件

此処ここなんかはいかがでしょうか?」


担当者の男が橘祐一に間取り図のコピーを見せてきた。


東京都世田谷区の京王線代田橋駅から徒歩4分。1K。洋室6帖で風呂・トイレ別。敷金・礼金なしで家賃が5000円。


(この条件なら9万円ぐらいはしそうな感じはするんだけど……)


「あの、5000円はちょっと安すぎじゃないですか? もしかしてこの部屋は事故物件だったりします?」

橘がつっこんだ質問をした。

「はい、実は……」

「幽霊とか出る感じですか?」

「はい……出ます」

不動産屋には事故物件かどうかを伝える告知義務がある。だから担当者が質問に答えるのは至極当然なのだが、それでも彼からは事実を言いたくないような雰囲気が醸し出されていた。


「ん〜……そうなんだ幽霊が出るのか〜……」

橘はしばらく考えてから、

「じゃあ……ここに決めます」と言った。


「へ?」

担当者は目を丸くさせながら素っ頓狂な声を出した。

「あの……本当に大丈夫ですか?」

「はい。ぼく売れない劇団員なんでお金が無いんですよね。だからその家賃は助かります」

「でも本当に出ますよ」

「実はわりと霊感があるほうなので、普通にそこらでよく見ているんですよ。だから気にしないようにすれば、まぁ平気かなって」

「はぁ……そうですか」

担当者は橘の言葉に少し引いていた。

橘は平然としながらサービスで出されていたお茶を飲んでいる。



「この部屋に住むにあたって、ひとつだけ注意点がございます」

契約書をかわした後に、担当者が真顔で橘に言ってきた。

「注意点ですか?」

「霊の質問には必ず【いいえ】で答えてください。これは絶対です」

「え?」

「これは今までのご入居者様から聞いた話なのですが、霊は毎晩2時にある質問をしてくるそうです」

「霊が質問ですか……」

「はい。今までのご入居者様からはそのように伺っております。なんでも質問に【いいえ】と答えている限りは普通に生活ができるようでして……」

「もし【はい】と答えたらどうなるんですか?」

橘が担当者にそう聞いた途端、

「絶対に【はい】とは言わないでください! お客様のためにも!」

と、担当者は強い口調で橘に警告してきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る