モノクロ写真

白雪花房

第1話

「GW(ゴールデンウィーク)初日。高速道路では渋滞が」

 ピッ。

 リモコンのボタンを押すと、薄型の液晶が黒く沈黙した。なめらかなアナウンサーの声は、無情にも打ち切られた。


 葬式の暗幕が剥がれ、来客も去った。

 家主が死んで遺品整理は済み、家財は廃品回収に出された。もぬけの殻となった空間には、ちゃぶ台だけが残る。

 居間に座布団を敷いて親戚一同、アルバムを広げた。

「おばあちゃんが映ってるのだけちょうだい」

 叔母・従兄弟の写真をビリビリに破り捨てながら、特定の写真だけ一枚ずつ引き抜き、クラシックなアルバムに移し替える。

 古びたモノクロ写真には旧校舎での集合写真や、結婚式の様子が映っている。


「やだ誰これ、カワイイんですけど」

 間延びした声を出す、おさげの女性。

 写真には柔らかな布にくるまれた赤子。娘たちの幼いころの姿も、全員映っていた。

 ちらっちらと叔母を見やる。面影は全くなし。


「あらぁ、この人どなただったかしら?」

 かさついた指が小さなの写真に触れる。

 皆で覗き込んだ。

 若い頃の祖母の隣で不機嫌そうに腕を組む男性。いかつい顔の角刈りに制帽、学ランを羽織っている。

「あれだよ。この間来てただろ」

「ぼた餅だけ食って帰ったぞ」

「香典は?」

「ガッツリ回収してやったさ!」

 ガハハと野太い笑い声。

「全く、嫌い嫌い言いながら、最後の最後まで律儀なこと」

 皮肉のように零しつつ、ネイルをいじる女性。

「なんで嫌いなのに近づくの? 腐れ縁って奴?」

「人の縁というものはなかなか解けないものよ」

 糸を解くように写真を選びつつも、ペラペラとページをめくる音が鳴るだけで、ゴミ袋はスカスカのままだった。


「うわこれも素敵。なかなか捨てられないわね」

 大人たちがワイワイガヤガヤ盛り上がる。

 整理はなかなか進まない。

 取り出した写真が一枚ずつ重なり、丘のように積み上がる。


 当事者しか知らない思い出が、今も変わらぬ形で残っている。

 暇そうにしている若者を置き去りに、髪を茶色に染めシワをこしらえた大人は、無邪気に笑い合っていた。

 アルバムにはまだ祖母の生き生きとした姿が映っている。

 なんの色もないはずなのに、鮮やかに色づく。

 まるで記憶の欠片のようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

モノクロ写真 白雪花房 @snowhite

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説