男磨きで人生逆転

@ibu5243

第1話

家から八キロほど離れた高校に入学した。

偏差値は四十後半、ろくに勉強せずとも入れる高校。

中学の三年間塾に通わせてもらったのに、この結果は大変情けなく思う。

決して安くない授業料、長期休暇の際の追加授業料や模試代。金額の話を一度もされたことはないからその環境についてなんとも思ったことがない。そもそも塾は親が無理やり通わせたのだ。

それでも勉強を頑張らなかった過去の自分を憎く思う。今からだって勉強を頑張れば、偏差値の高い大学に入れるかもしれないのに、結局やらない自分に腹が立つ。

でも行動できない。それが当たり前になってしまったからだ。


いつからだろうか、親が泣かなくなったのは。いつからだろうか、親からの期待を感じなくなったのは。

いつからだろうか、友達と遊ばなくなったのは。

いつからだろうか、そんな現状を受け入れているのは。


いつくるだろうか、そんな自分の人生が大逆転する、そのときが。




教室の中は静まり返っていた。中学の時は小学校の奴らと同じだったから、なんとも思っていなかった。

教室に入った瞬間、人との接し方についての実力が問われられた。

すでに席についたクラスメイト達からの視線を一身に浴び、咄嗟に目を逸らしてしまった。

その先、黒板には座席表がマグネットで貼られいた。

自分の名前を見つけ出し、その席に向かって足を進める。視線が定まらず、フワフワとした足取りになってしまう。それでも、見た目だけは堂々とした様子に見られるように進んでいき、席についた。やっと一息つくと、周りからの視線を感じなくなった。皆スマホを触ったり、寝たふりをしたり、窓の外を眺めたりと思い思いに過ごしており、誰一人として周りの人と交流を持とうとしない。


もしかしてこのクラスはそういうクラスなのだろうか。周りの人と関わらず、一人で過ごすのが好きな人は多いと聞く。

なるほど、そう考えればこうして誰にも声をかけられないということを不思議に思う必要はない。カバンから文庫本を一冊取り出すと、栞を挟んでいたページを開き、黙々と読み進めていく。


その間にも一人、また一人とクラスメイト達が教室に入ってくるが、やはり声は聞こえない。

俺も本から視線を外さない。

やがて、一人が教室に「おはよう!」と言いながら入ってきた。声の聞こえた方を見ると、スーツに身を纏った長身の男だった。

教師の挨拶に、しかし挨拶を返す者はいない。俺も返すことはない。

教師はそのことに何を思ったのだろうか。表情に変化がないからわからない。

黒板に自身の名前を書き、自己紹介と、このクラスの担任であることをやたら大きい声で言うと、大袈裟な動作をし、腕時計で時間を確認する。


入学式が始まるまであと三十分はあるが、十分前には体育館に整列を終えた状態でいなければいけない。また、その移動で計八クラスが同時に移動すると、大変混雑するため、三組であるうちのクラスは早めに移動を開始するとのことだ。


「五分後に廊下に番号順で、二列に並んでください!先頭は出席番号が一番の子と十九番の子で、その後ろに順々に並んでください!お手洗いは暫くの間行けなくなるから、行きたい子は今のうちに行っておいてください!」


やたら大きい声でそう言うと、廊下に出て行った。暫くすると、廊下から複数人の声が聞こえ、その内の一人が担任の和田山先生だとわかった。他の先生達と何かしらの確認をしているのだろう。

俺は再び本に視線を落とした。

教室の中はやはり静かだった。




入学式はつつがなく行われ、教室に戻り、プリントを配布後解散となった。

窓の席から見える体育館の入り口周辺には、運動部であろうスポーツウェアに身を包んだ先輩達が出入りしている。並べられた椅子を片付け、その後部活がそれぞれ行われるのだろう。


中学では部活が強制ではなかったが、母親からの勧めでバスケ部に入った。バスケ未経験であったが、少人数であったため、二年の夏からは副キャプテンを任せられた。背中で語る男と顧問の先生からも評されるほど、言葉は少ないがガッツのあるプレーをしていたと自負している。


高校でもバスケをするのかどうか、今でも決めきれていない。確かにバスケは楽しいし、仲間、チームメイトという存在は友達とはまた違った良さがあった。

明日の始業式後、部活動説明会が体育館で行われるので、そこでよく考えてみよう。


カバンに文庫本を仕舞うと、リュックを背負い廊下に出た。出て、気づいた。

女子の一人が、勇気を出したのか、すぐ近くの席の女子に声をかけていた。

声をかけられた女子は嬉しそうに、互いに自己紹介をすると、その二人に向かって、もう一人が声をかけて入って行った。その一連の行動に触発され、ところどころから話し声が聞こえ始めた。すぐに小さな輪ができ、徐々に大きくなっていくその輪。中には六人くらいで話す輪もあり、背中を向け、それ以上の人を寄せ付けない雰囲気があった。

次第に昼食の話が聞こえるようになり、近くの店について調べ始めたりしていた。


「あ、……」


廊下に突っ立っていた俺も悪かったが、別のクラスの奴だろう、ぶつかったが特になにも言わずに離れていく。三人で楽しそうに会話をしながら、すぐに階段を降りて行った。


俺も自然とその後を追っていった。この時、教室に戻らなかったことを、後悔すると頭で理解しておきながら。やはり俺は行動できないんだなと呆れながら。


まだ道に慣れておらず、家に着いたのは学校をでてから五十分ほどしてからだった。せっかくなら昼食を食べて行こうかと家の近くのハンバーガー店の前を通ったのだが、違う高校の生徒達が中に入っていくのが見えたので、スピードを緩めずに家まで帰ってきてしまった。


冷蔵庫を確認するが、これと言ってめぼしいものはない。財布だけ持ってコンビニに行き、二百五十円ほどで買えるカップ焼きそばを買い、家で食べる。

今頃クラスメイト達は昼食を取り終えた頃だろうか。その後、カラオケや近くのショッピングモールに遊びに行ってるのだろうか。放課後に制服で遊びにいく。その行動が高校生になった一番の実感のように思える。

こうして家で、やることなく動画を観ている俺に、そんなイベントがやってくるのだろうか。

クラスメイト達が、現在当たり前のように行なっていることが、当たり前にできない。たった1日で、いや、半日でこうも差がついてしまう。


教室に入ると、やはり昨日のうちに大方のグループが形成されたのだろう。昨日とは打って変わって話し声が教室の至る所から聞こえ、その中を席まで重い足取りで進んでいく。

話に夢中なのか、一切の視線を感じずに椅子に座ると、持ってきた本を読み始める。

教室に入ってきた和田山先生は昨日と違うクラスの様子に、安心するような表情を見せた。

今日は昨日以上に声が大きい。


始業式もつつがなく終わり、二、三年生は体育館から出て行く者が多数で、数十人は部活動説明会に出る部員達のようで、体育館の隅にいる。

教師も体育館の隅にいるが、何か口を出すことはなく、生徒会役員達の司会のもと、説明会が始まった。


結論から言えばバスケ部には入らないことにした。舞台に立ったキャプテン副キャプテンは、明らかにチャラチャラとした見た目だけの人間性皆無そうな二人であり、ニヤニヤと一年生(同じ中学だったのだろう)を指さして笑いながら、体育館で練習しており、部活に入れるもんなら入ってみろ的な発言をしていた。

ああいう風に、しっかりと役割をこなすべき時にそうする努力さえできないような人間とは違う。そんな俺にはバスケ部の空気感が合わないだろうと感じた。

バスケ部以外に入るつもりも元から無かったし、説明を聞いてもピンと来なかった。そういう訳で仮入部員として部活に参加せず、こうして自転車を漕いでいるのだ。

今日こそはと思い、ハンバーガー店でテイクアウトをすると、家に帰り動画を流しながらそれに齧り付く。時刻は十三時を過ぎた頃。今日の俺の一日が終わった。

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