生まれ変わったら子猫になって、優しい犬の頭で寝たい
かぐろば衽
第1話 ダンボールの中で
ぼんやりと猫の動画を見ていたら、気づけば二十四時を過ぎていた。
明日も早いのに、私ときたらいったい何をしているんだろう。
毎日毎日、朝早くから夜遅くまで息つく間もなく、もうクタクタ。
心と体が悲鳴をあげている。この時間は無駄ではなく、きっと必要なことなのだ。
だからあと一本、あともう一本だけ動画を見たら寝るとしよう。
はあ……いいよね、子猫ちゃんは。
生きているだけでかわいいって言われて、待っていればおいしいご飯を貰えて、温かい部屋でぬくぬく眠っていられるんだから。
ずるいな、うらやましいな。私も猫に生まれたかった。
生まれ変わったら子猫になって、優しい犬の頭で寝たい。
おチビと大型犬の組み合わせがいいのよ。
まだなにもわかってない子がよちよちしながらよじ登って、ワンコはおとなしくじっとしているの。
はあー、たまらん。想像しただけでニヤけちゃう。
「ケホッ、ケホッ……!」
むせちゃった。
先日から頭痛と咳がひどいけど、医者に行く暇もないから、市販の風邪薬を飲んで我慢している。
明日までに治らなかったら、ちゃんと病院に行かなくちゃ。
のどがイガイガするから、寝る前にうがいをしよう。面倒だけど立ち上がり、洗面所に向かう。
廊下でまた激しく咳込んで、思わず手で覆ったら、びっちゃりと液体が貼りついた。
嫌な予感がする。おそるおそる開いてみると、手のひらが真っ赤に染まっていた。
「ウソ!? 血……! いやあああああ!!」
慌てて駆け出そうとしたら、床に落ちた血で足を滑らせ、頭をしたたか打ちつけた。
一瞬で気が遠くなる。
覚えているのは、冷たい床に突っ伏して、熱のせいか気持ち良かったってこと。
あとの記憶は一切ない……。
たぶん限界だったんだろうね。
私の人生は、そこで終わっちゃったみたい。
そう、人としての生は――。
* * *
真っ暗闇の中にいた。
冷たい風が差し込んでひどく寒いけど、すぐ隣はふかふかして温かい。
くっついたら押し返された。
どうやら狭い部屋でおしくらまんじゅうしているようだ。
なあにここ、夢のなか?
いったいどういう世界観?
子供時代の記憶なのかな。
あのころは、友達ができたかと思えば、意地悪な子にイタズラをされて、良いことと悪いことが交互にあった。
育つにつれてその片側がふくれあがり、最後ははじけて耐えられなくなったんだ。
ぬくもりに触れながら寒さに耐えていると、足音と少女の話し声が聞こえてきた。
それはまるで巨人かのごとく、部屋の天井をごそごそといじり始める。
「――やめときなよ。変なのが入ってたらどうするの?」
「平気ですって。気になるからちょっとのぞくだけ」
突然、天から光から射し込んで、眼鏡をかけた大きな少女の顔が飛び込んでくる。
長い髪を両端で結いて、おとなしそうな感じ。
かわいい顔がたちまち崩れ、感嘆の声をあげた。
「うわー、子猫だ。ちっちゃくてかわいい〜!」
すると、すぐ横にショートカットの少女が現れて、冷静そうな眼差しを向けてくる。
「目は開いてるね。産まれてすぐってわけじゃなさそうだ」
――子猫? どういうこと?
街灯に照らされたわが身を眺めてみれば、毛むくじゃらで手には肉球があった。
何これ!? 私、猫に生まれ変わっちゃったの??
「抱っこしても大丈夫かな? 私、猫を触ったことがないんです」
「こうして脇から指を入れて、もう片っぽの手でお尻を支えてあげて。視線の下からやると怖がらないよ」
「センパイ、詳しいですね。首根っこをつかむんじゃないんだ」
「このくらいなら平気だけど、ウチはやらないな。ほら、その小さな子なんておとなしそうだよ」
「うん、それじゃ君に決めた。いくよ〜」
眼鏡の子はおそるおそる手を伸ばし、私をそっと抱き上げた。
わけもわからず呆然としていると、不安そうな顔がたちまちとろける。
「うぅ、超絶かわいすぎる! 鼻血でそうだよう……!」
よくよく見れば制服を着ていて、幼さの残る顔立ちからおそらくは中学生か。
もしかして、この子が私のご主人さまになるのかな。
ぼんやりそんなことを思っていると、愛らしい顔が急にくもった。
「連れて帰りたいけど、私のマンション、ペット禁止なんです。センパイの家はどうですか?」
「ウチも飼えないよ。すでに鳥と魚がいるから、とても余裕なんて無いね」
「え〜、どうしよう。このまま置いていけないよぅ……」
あぁ、泣きそうな顔をしないで。
残念だけど、運命の出会いってわけじゃないみたい。
さらば愛しの眼鏡っ子。当たりを引いたと思ったのに、ガッカリだなぁ。
って、なに自分が猫であることを受け入れてるんだ。
たしかにそんな願いをした気もするけれど、この展開はさすがに急すぎるでしょ。
神さま、女神さま、仏さま、誰か説明してちょーだい!
「しゃーない、ちょっとそこらの人に呼びかけるか。ネットじゃ時間かかるし、ウチらの拡散力じゃたかが知れてる」
「うん、そうしましょう。でも、知らない人に話しかけるなんて緊張します……」
「いいよ、無理すんな。ウチに任せな」
センパイと呼ばれた少女は、大きく息を吸ってから、びっくりするぐらいどデカい声で周囲に呼びかける。
「助けてくださーい! どなたか捨て猫を引き取ってくれませんかー?」
わお、見た目どおりの体育会系、頼りになるぅ。文学系の子と良いコンビね。
すぐに騒ぎを聞きつけて、帰宅途中の大人たちが何人かやって来た。
主婦らしきおばちゃんに人の良さそうなお爺さん、それに会社員のおじさんと若いお姉さん。
「あらあら、捨て猫? ひどいわねぇ、誰が置いていったのかしら」
「どれどれ。おー、こりゃまためんこいのう。でも、わしももう歳だし、前のを亡くしたばかりだから、連れ帰ったら婆さんがなんと言うやら」
「全部で五匹。まだ青い目をしているね。生後一か月といったところかな」
「やだー、超かわいいー! 私、ズボラだから自信ないけど、一匹だけなら飼えないこともないかなぁ」
すると眼鏡っ子は勇気を振り絞るように、先ほどより語気を強めて頭を下げた。
「どうかお願いします! うちはマンションだから飼えなくて。このままじゃ保健所の人に連れていかれちゃう……」
集まった大人たちは、互いに顔を見合わせた。
少女の健気さに心動かされたのか、やれやれといった様子でため息をつく。
「見ちゃったもんは仕方ないね。そんじゃ一匹だけ引き取ろうか。近頃は物価が高いから、それでゆるしてちょうだい」
「どの子にしようかのう。おや? お前さん、チビ太と柄が似ているな……」
「猫を飼うなんていつ以来だろう。子供のころを思い出すよ。ふふ、娘がきっと喜ぶぞ」
「私は初めてだから、いちばん元気な子がいい! 性別はどっちでも構わないので」
それを聞いた少女たちは表情をパッと明るくし、場所を譲って頭を下げた。
「やったぁ。ありがとうございます!」
「良い人ばかりでよかったね。言ってみるもんだ」
一方、私のきょうだい猫たちは、これで今後の人生が決まると直感したのか、一斉にミィミィ鳴き始める。
〝ボクを選んで!〟
〝アタシが先よ!〟
〝え、え? わ、私も……!〟
〝邪魔だ、どけー!〟
〝お前は最後!〟
〝にゃふぅ!?〟
体格差のせいで、端へ端へと追いやられていく。このままではまずい!
次々と手が伸び、一匹ずつ抱きかかえられていく。
そして案の定、私は見事に残ってしまった。
大人たちは自分が選んだ子猫に早くもメロメロで、余りものなんかには目もくれない。
一匹も二匹もたいして変わらないでしょ。私も連れてってよ!
心の声もむなしく、彼らは互いに別れを告げて、あっさりと立ち去っていった。そんなぁ……。
「一匹だけ残っちゃった。一番かわいいのに、小さくて弱そうに見えたのかなぁ」
おお、眼鏡っ子、わかっているのはあなただけよ。
そういえば、少し前までお母さん猫と一緒にいて、ミルクはいつも最後だったっけ。だんだん思い出してきた。
「じゃあさ、飼い主が見つかるまで、ここでウチらが面倒みるってのはどう?」
「いいですねそれ! それじゃあ私、ひとっ走りして牛乳と毛布を買ってきます。センパイはここで見張っててください」
「猫に牛乳ってあまりよくないんだ。ちゃんと猫用のを買わないとダメだよ」
「わかりました!」
名も知らぬ親切な眼鏡っ子は、大急ぎでどこかへと走っていった。
留守を任されたもうひとりの少女は、しゃがんで私をのぞき込む。
「お前、ついてないな。カラスが来ないといいんだが……」
ううう、センパイはドライすぎるよぅ。
優しいのは確かだけど、動物に詳しそうだから、ひょっとして私は長生きしないと判断したのかも。
生まれ変わったばかりなのに、そんなのってないよ。
前世で病院に行くのを渋ったから、その報いを受けているの……?
しばらくすると眼鏡っ子が戻ってきて、ダンボールに温かい毛布を敷いてくれた。
そして、センパイに教わりながら、ストローを使ってミルクを飲ませてくれる。
おいしい……。ずっと喉が渇いていたから、生き返った気分だよ。本当にありがとう。
辺りはすでに真っ暗。とても肌寒いので、たぶん冬が近いのだろう。
センパイは鞄を漁ってスマホを取り出すと、眼鏡の後輩ちゃんをひじでつついた。
「もうそろそろ行くよ。これ以上遅くなるとまずい」
「そう、ですね……。後ろ髪を引かれる思いだけど、テスト勉強もしないと」
「残りのミルクはここに残しておこう。たぶん飲んでくれるよ。じゃあな、強く生きろよ」
センパイが立ち上がって距離をとると、眼鏡っ子はダンボールの蓋に手を掛ける。
「ごめんね、私たちにできるのはここまでだよ。明日また必ず見に来るから、それまで頑張って……」
嫌だ、置いていかないで!
頼めばなんとかなるって。かわいい子猫を見たら、管理人さんだってすぐに折れるはず。
ああ、蓋を閉じられてしまった。
必死にミィミィ鳴いて情に訴える。まだ間に合う。お願い、お願いだから……!
「ごめん。ごめんね……」
ダンボール越しにくぐもった声が聞こえた。震えていて、きっと泣いているみたい。
直後にダッシュする音がして、あっという間に遠ざかっていった。
もうひとりの子も「待ってよ〜」と叫びながら走り去っていく。
終わった……。
冷たい隙間風が差し込むダンボールの中に、一匹だけ取り残された。
このまま私、いったいどうなってしまうの?
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