悪の女幹部、美味いメシに負ける
@yutaka0221
第1話
「今日は早く帰れたから、スーパー開いててよかったな。いい挽き肉、買えたし♪」
俺――ユウマは、鼻歌まじりに家路を歩いていた。
どこにでもいる会社員のひとり。そんな日常の一コマだ。
――この時の俺は、まだ知らなかった。
今夜、とんでもない出会いが待っているなんて。
自宅近くの道を曲がった時、ふと視界に入ったのは、街灯の下にうずくまる人影だった。
(こんな時間に……どうしたんだ?)
気になって近づいてみると、黒いフードをかぶった女の人だった。
見ると、左腕からじわりと血が流れている。
「ちょ、血が……! だ、大丈夫ですかっ?」
慌てて声をかけると、彼女はゆっくりと顔を上げた。
すっとした顔立ちに鋭い目元――どこか人を寄せつけない雰囲気をまとっている。
ただ、それ以上に気になったのは、彼女の手当もされていない傷だった。
「……ああ、大丈夫だ。気にするな」
「いや、大丈夫に見えませんよ。救急車、呼びますね!」
「待て。そんなもん、いらん!」
鋭い口調に思わずたじろぐが、俺はひるまず続けた。
「でも、このままだと危ないです。うち、すぐそこなんで……せめて手当てだけでも!」
「……こんな怪しい女を助けるってのか? 俺に何かされるかも知れんぞ?」
「それでも、ほっとけません。放って帰れるわけないでしょう」
一瞬、驚いたように目を見開いた彼女だったが、すぐにふっと小さく笑った。
「……変わったやつだな。わかった。お前に、ついていこう」
そう言って立ち上がった彼女は、わずかによろける。
俺は慌てて、怪我をしていない側に肩を貸した。
「無理しないでください。ゆっくりでいいですから」
※※※
自宅に着いた俺は、彼女を椅子に座らせて救急箱を取り出し、手当てを始めた。
傷は深くはなかったが、擦過傷ではない。何か鋭利な刃物で切られたような跡だった。
(……これ、普通の事故じゃないな)
だが詮索はしない。とにかく今は、止血と消毒が先だ。
「これで大丈夫です。動かさないようにしてくださいね」
「ああ、助かった。感謝する」
短く礼を言い、彼女が立ち上がろうとしたその時――
「……グゥ~~~」
彼女と俺、同時にお腹の虫が鳴いた。
数秒の沈黙のあと、彼女は小さく肩をすくめて顔を赤らめる。
「……き、気にするな。これは生理現象だ……」
「はは、大丈夫です。俺もちょうど今から夕飯だったんで。良ければ、一緒にどうですか?」
「い、いや……そこまでは迷惑をかけられん。私はこれで――」
「そんな体で帰る方が迷惑ですよ。いいんです。1人分も2人分も、変わりませんから」
しばらく逡巡した後、彼女は観念したようにうなずいた。
「……なら、甘えさせてもらおうか」
※※※
メニューは、今夜の俺が楽しみにしていたごちそう――
ふっくらジューシーなハンバーグに、とろとろの半熟目玉焼きをのせた“ご褒美飯”だ。
味噌汁は豆腐とワカメの定番、サラダは彩りの良いトマトとレタスを使った簡単なもの。
肉の焼ける音と、立ちのぼる香ばしい匂いが部屋を満たしていく。
彼女は黙ってそれを眺めていたが、ふと小さくつぶやいた。
「……良い匂いだな」
「でしょう? 挽き肉、いいやつなんですよ。さ、出来ました」
皿をテーブルに並べて、二人そろって手を合わせる。
「いただきます」
一口食べた彼女の動きが、ぴたりと止まった。
「……うまい」
「本当? よかった」
「うん……ふっくらしてて、肉汁が口いっぱいに広がる。これが……家庭の味ってやつか?」
「かもですね」
彼女はしばらく黙々と食べていたが、どこか嬉しそうだった。
俺もその様子に、つい口元がゆるんでしまう。
夕食が終わる頃には、彼女の表情は少し柔らかくなっていた。
「ここまで世話になってしまって、悪かったな」
「気にしないでください。困ってる人を助けただけですし、何かの縁ですよ」
「……ふふ、そうかもしれないな。じゃあ……いつか、礼をするよ。必ずな」
その言葉を最後に、彼女は静かに玄関の扉を開けて出ていった。
不思議な余韻だけを残して――。
悪の女幹部、美味いメシに負ける @yutaka0221
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