現代に化物が溢れる様になった世界で、《特級狩人》として活動する主人公は今日も自分が助けたヒロインの元でジゴロする。

三流木青二斎無一門

特級狩人・灰狼ロウ


五十年前。

地中から出現した化物の群れ。

世界各国による同時捕食行動により、人類は化物の餌となった。

そして現在、化物を討伐する組織、狩人協会が設立。

化物を討伐する為に、狩人が活動しつつあった。



「ぐぎゃあッ!ごッ」

「しゅるへるる、しゅぐぁッ!!」


化物の言語を漏らす化物。

大勢の群れが地表を駆ける。

人々を喰らう化物の前に、一人の男が立ち尽くしていた。

心臓の音が跳ね上がる、白黒である景色に色彩が広がる。

死を目前にして、男は生を謳歌する。


両手に携える武器を構えた状態で、醒めた眼から光を放ちながら、狼の如き牙を剥いて呟いた。


「……一列に並べ、俺の前が、死の最前列だ」


その言葉と共に、男は駆ける。

常人では達し得ない速度と共に。

人類を超越した力を得た狩人。

人は彼を、〈特級狩人とっきゅうかりうど〉と呼んだ。






「これは、ほんの謝礼金です」


富豪層の住人から渡されて来る包み紙。

茶色い封筒には確かな重みを感じ取れた。


「……」


灰狼ロウは、笑みを失った顔で、封筒の中を確かめる。

札束が三つ、たった一つの仕事で、これ程の金を手に入れる事が出来た。

しかし、灰狼ロウは歓喜も興奮もせず封筒を握り締めたまま踵を返す。


「また御用があればお呼び致します、特級狩人さま」


にこにことした笑み。

恐怖など存在し得ない表情だ。

化物退治は安全圏からの鑑賞会に近いのだろう。

一連の劇を観終えて、彼らは現実へと戻り出す。

灰狼はいがみロウが離れた所で、住人達は笑顔を解く。


「……相変わらず薄気味悪い奴だ」

「実力は確かだが、社会不適合者だな、あれは」

「まあ良いじゃないか、金さえ払えばどんなバケモノでも殺すのだから」

「例え死んでも……狩人など他にも居るからな」


地位が高い住人たちの会話。

既に、遠くに居る灰狼ロウには聞こえていないと思っているだろう。

だが……灰狼ロウの耳にはきちんと届いていた。


「……」


封筒を握り締めたまま、灰狼ロウは歩き出す。

ゆるりと、二時間程歩き続けた時、富豪層地区の端へと到達。

其処では、複数の子供たちが居た。

何処かの孤児院の子供たちなのだろう。

大人が一人、保護者として立ち尽くしている。

その周囲に、膝を抱えた子供や、大声を張り上げている子供の姿が居た。


「化物による被害で親を亡くした子供たちに支援をお願いします!」


声を荒げる女性の職員。

灰狼ロウはゆっくりと近付くと、彼の存在に気が付いた女性の職員は笑みを浮かべた。

精一杯の、現実を生きる為に作った笑顔だ。


「お願いします、どうか支援を、あっ、ありがとうございえぅえぇええ?!」


そんな彼女達に、灰狼ロウは、ずっと手に持ち続けた札束がぎっしり入った封筒を、募金箱の上に置いた。

驚きの表情を浮かべている女性職員。

封筒の中を広げると、札束が詰まっていた為に、驚きの声を漏らしている。

唖然としている女性職員、何が起こったのか心配している子供たち、それを尻目に灰狼ロウはその場から離れた。

そして、二秒程フリーズしていた女性職員は、我に返ると、既にその場から離れていた灰狼ロウの背中に向けて大きな声を荒げる。


「こ、こんなにいっぱい……い、いえ、ありがとうございます!!」


職員の張り上げた声に、余程良い事があったのだろうと認識した子供たち。

子供たちも同じ様に、不揃えではあるが、声を荒げて感謝の言葉を口にした。


「ありがとうございます!!」


灰狼ロウは声を聞いて、特に反応を示さなかった。

しかし、これで一文無しである。

灰狼ロウは、金銭に関して頓着が無かった。

得た金は慈善活動者に渡す事もあれば、後輩や配下に労うカタチで消耗し、泡銭を捨てる様な行為をするのだ。


「……」


再び歩き出す灰狼ロウ。

足取りは酒を飲んだかの様に千鳥足となっていて、次第に体の力が抜けていく。

其処で、灰狼ロウの腹の虫が鳴り出した。

自分が空腹である事に気が付いた灰狼ロウは、ポケットを弄る。

既に、現金など無い無一文。

そんな彼がポケットに忍ばせているのは、複数の鍵の束であった。

じゃらり、と、鍵の束を見詰める灰狼ロウ。

この周囲の地区で、一番近い場所は何処か、鍵を見ながら探る。

そして、彼女の顔を思い浮かぶと、鍵をポケットに仕舞い込んで、再び歩き出した。




部屋の中で眠る灰狼ロウ。

甘いバニラの様な香りが漂う部屋は、無論、灰狼ロウの部屋では無かった。

電気は灯していない、ベッドはあるが使用はしておらず、腰を掛けるソファも使わず、ただ床に転がり、空腹を感じながら惰眠を貪っている。


「あれ?鍵が開いてる……」


玄関扉から声が聞こえて来る。

その声に反応する灰狼ロウは、目を瞑ったまま、更に目を強く瞑った。

眉間にしわを寄せる灰狼ロウは、ぱちり、と音を鳴らすと共に電灯が付いた為に、瞼を貫通する光に怪訝そうな表情をしていた。



「あ……ロウさん、来てたんですね」


声が聞こえて来る。

その声にゆっくりと、灰狼ロウは目を開ける。

真っ黒なストッキング、短めなスカートが見える。

顔を見ると、電灯の光によって顔には陰が出来ていたが、彼女の美貌には一変の曇りが無かった。

微笑みを浮かべている彼女は、銀色の髪を耳に掛ける仕草をした。


「あぁ、床で寝なくても……ベッドをお使いになれば良かったのに……」


その様に苦言を漏らす。

勝手に部屋に入った事に不満は無かった。

むしろ、彼の来訪を待ち侘びていた様子で、彼女の頬は少しだけ笑みを体現しつつある。

次第に、彼女の笑顔が柔らかなものとなっている、愛情や母性と言うものを感じ取れた。

上着を脱ぎ、そのままハンガーに掛けながら、彼女は喜々とした声色で話し掛ける。


「でも、また私の所に来てくれて嬉しいです……お腹は空いてますか?簡単ですが、ごはんを用意しますね」


飯、と言う言葉に反応した灰狼ロウ。

ゆっくりと身体を起こし、立ち上がろうとしたが、彼女は慌てる様に彼を座らせる。


「あ……手伝わなくても、ゆっくりしてて下さい、後で起こしに来ますから」


そう言いながら、灰狼ロウに言う。

その言葉を聞いて、再び灰狼ロウは床に寝転んだ。

彼の脳内に思い浮かべるのは、彼女との出会いである。


叢雲むらくもシズク。

それが、優しき彼女の名前であった。

同じ狩人協会に所属する一級狩人。

年齢は十九歳程であり、元・狩人教育機関の首席である。

両親共々、富豪層地区の住人であり、名実共にエリートコースを歩むお嬢様だ。

そんな彼女が、浮浪癖のある灰狼ロウと知り合いであった。



暫く、惰眠を貪っていた灰狼ロウ。

少し時間が経つと、叢雲シズクから声が掛けられる。


「ロウさん?起きてください、ごはんの時間になりましたよ」


そう言われるが、灰狼ロウは目覚めなかった。

すると、一度声を掛けた事で、叢雲シズクはゆっくりと灰狼ロウの近くに横たわる。

目を瞑っているが、彼女が何をしているか何となく理解出来る灰狼ロウ。

ゆっくりと、灰狼ロウの頬を掌でなぞっている。

彼女の掌が、髭で満たされた頬を触り、その感触を楽しんでいる素振りを見せていた。

今度は、胸板に手を伸ばす、服の上からでも感じ入る事が出来る、灰狼ロウの筋肉質な体。

時折、化物との戦闘で負傷し、傷痕の出来たおうとつを指先でなぞると言った行為も行った後。

彼女の瞳が、延々と、時間を忘れてしまう程に、灰狼ロウの顔を見つめ続けていた。

その視線をじっとり受け続ける灰狼ロウは、うっすらと目を開き、彼女の恋慕に似た瞳の熱を受け取った。


「……お疲れでしたね、ぐっすり眠ってましたよ」


ふふ、と笑みを浮かべる。

薄桜色の柔らかで艶のある唇が灰狼ロウの目に映っていた。


「お腹が空きましたか?冷めちゃってるので、今暖めますね」


床から体を起こす叢雲シズク。

彼女の言葉に、灰狼ロウは体を起こす。

そして、誰の目も気にする事無く、大きく口を開いて欠伸を行った。

さながら、本物の狼の様な大口だった。


食卓では、一人暮らしを想定していたにしては豪勢な食事だった。

数多くの料理が並び、灰狼ロウは会釈をすると共に飯にありつく。

器用に箸を使って食事をするが、その食べ方は大口を開けて手当たり次第、料理を口の中に詰め込むと言うワイルドな食事の仕方だった。

決して、人前ではオススメ出来ない犬食いである。

そんな灰狼ロウの行儀の悪い食べ方を見て、それでも彼女は窘める事はせず、嬉しそうに彼が食事をする所を見ていた。


「美味しいですか?ロウさん」


その言葉に反応はしなかった。

けれど、食事をする手を止める事をしなかった。

それが、料理が口に合うと言う意味を齎していた。

叢雲シズクは満足した様子で、共に食事を進めていく。

そして会話として、叢雲シズクは彼の口元を見た。

髭に濡れた食事の滓、子供が口の周りにいっぱい、滓を付けている様で可愛らしいと、叢雲シズクは思った。


「ふふ……おひげ、結構伸びちゃってますね、そろそろ切らないんですか?」


灰狼ロウは何も言わずに食事をし続ける。

彼は決して喋らなかったが、叢雲シズクは不快に思う所か心地良さを覚えていた。

台所から、機械的な音が鳴り出した、それは浴槽の自動風呂炊きの音声であった。

その音を聞いたと同時に、灰狼ロウは食事を終えた。

彼女は丁度良いと言いたげに、灰狼ロウの手に自らの手を添えた。


「ごはんを食べたら、一緒にお風呂でも入りましょうか、私がおひげを切って上げますよ」


頬を、ほんのりと紅くしながら、叢雲シズクはそう告げた。

灰狼ロウは何も言わなかったが、彼女に自分の全てを任せる様にした。

脱衣所で、衣服を脱ぐ灰狼ロウ。

鏡には自分の真っ裸になった姿が映っている。

化物との戦いで傷ついた体は、修復はしているが傷痕が残っていた。

そして、灰狼ロウの後ろでは静かに衣服を脱ぐ叢雲シズクの姿があった。

ブラジャーを外し、洗濯籠に入れる、パンツを脱いだ所で、灰狼ロウの目が鏡に映り、視線が交わると微笑んだ。


「さあ、入りましょうか」


恥ずかしがる様子も無く、叢雲シズクは豊満な胸を隠さずに、灰狼ロウの背中を押して風呂の中へと入り込む。

風呂椅子に座らされて、風呂桶を使い背中を流される灰狼ロウ。


「湯加減はどうですか?」


そう聞いて来る叢雲シズク。

最早介護職と言っても良い程に献身的だ。

ばしゃり、ばしゃりと、密室の風呂の中で水飛沫の音が響く。

体を洗う為に、垢取り用のタオルにボディーソープを絡ませ、灰狼ロウの背中を洗う。


「ふっ……はぁ……」


静かに、叢雲シズクの耳元で吐息が聴こえてくる。

官能的な声色に、灰狼ロウは不自然な程に熱が全身を行き交う。

彼女が自らの胸を背中に押し付け、羽交い絞めをする様に胴体を洗おうとした時、灰狼ロウは立ち上がった。

そして、何かを期待していたのだろう、叢雲シズクは、身体を抱き締められた事に抵抗する素振りは見せなかった。


「……、ぁっ、もう、ダメ、ですよロウさん……んっ」


息が通う二人の距離感。

濃い汗を流し合い、そして倦怠感が全身を覆った。



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