第37話:セミファイナルC組「ROUGE NEON」『電撃ロマンス』

開始5分前。

ステージは、ネオンが滲む夜の呼吸の中で静かに構えていた。

ROUGE NEONの5人が立つ姿は、都市の幻影がかたちになったような光景だった。


統一感ある黒を基調とした衣装は、ミニジャケットとハイウエストスカートで構成されている。


差し色に選ばれたネオンカラーは、それぞれの“本音”が滲むように配置されていた。

ピンク、銀、青紫、オレンジ、紺。

まるで“感情が光の粒になって衣装に宿った”ように、静かに光っていた。


七海は胸元に手を添え、ピンクのラメに意識を向ける。

――《Flash!Flash! ネオンの罠》

このフレーズが脳内で鳴った瞬間、彼女の瞳に火が灯った。


ミサは髪のファイバーを指でなぞりながら、ゆっくりと深呼吸。

――《誰よりも まぶしく笑うけど(ほんとは まだ震えてる)》

この一節が、唇の内側で静かに震えていた。


照明が落ちる。

観客は空気の張り詰めた匂いを感じる。

そして、演奏が始まった――


『電撃ロマンス』

Flash!Flash! ネオンの罠

誰よりも まぶしく笑うけど

(ほんとは まだ震えてる)


視線のレーザー 突き刺さるたび

完璧なセリフを選んでしまう

ホントの声を 閉じ込めたまま

ハイヒールで鳴らすビート


キラキラ ステージの上

誰も知らない 涙のメイク

「かわいい」の仮面の奥

私だけのロマンスが疼く


電撃ロマンス 弾け飛べ

今夜だけは嘘を超えて

光の海 泳ぎながら

誰かじゃなくて 私を見て

Burn!Burn! 心が叫ぶ

ネオンの夜を突き破れ!


台本通りの 甘いセリフも

鏡の中じゃ虚しく響く

だけど踊り出す スポットライト

本能が 私を動かす


作られた「理想の私」

でも ステージが暴く鼓動

この熱 隠せないまま

星のように散ってしまえ


電撃ロマンス 止まらない

ネオンの檻を蹴り上げて

偽りよりも 危うくても

本当の声 響かせたい

Shock!Shock! 恋みたいに

刺激で夜を塗り替える


電撃ロマンス 燃え尽きろ

誰より強く そしてキュートに

夢見た私 嘘じゃない

この瞬間にすべてを賭けて

Flash!Flash! 光の渦で

本音の愛を 解き放て!


イントロが走る。

七海の歌声が、逆光のスポットに乗って舞台全体を裂くように響き渡る。

《Flash!Flash! ネオンの罠》――その一節に合わせ、衣装のLEDが微かに点滅を始める。


ひよりのドラムが刻むビートと同期して、ステージ床がわずかに震えた。

床の振動が観客の足元へ伝わり、鼓動の波のように空気を揺らしていく。

《ステージが暴く鼓動》

このフレーズとともに、背面スクリーンに心電図のようなグラフィックが走る。

それは音と照明に同期しながら、各メンバーの動きと呼吸に合わせてリズムを刻む。


七海が一歩踏み出す。

ピンクのネオンラインが床に閃き、まるで“本音”が客席へ向かって走ったかのよう。

ミサの光ファイバーは青紫に揺れ、ルカの銀糸が稲妻のように光を跳ね返す。

ひよりのステップとともに、オレンジの波形がステージを駆け抜ける。


れいなの背の紺色ラメが静かに光り、観客の鼓動と重なる。

《本当の声 響かせたい》

全員がリズムに乗って舞台を移動するたび、床のネオンが脈動し、観客の視覚と感情を巻き込んでいく。


《Shock!Shock! 恋みたいに》

低周波の重低音が空気を震わせ、観客の身体に“ステージの鼓動”が染み込んだ。

まるでROUGE NEONの本音が空間そのものを支配していくようだった。


《本音の愛を 解き放て!》

ラストのシャウトに合わせて、ステージ全体が光の海へと変貌する。

衣装のLEDが完全点灯し、ステージ照明が爆ぜるように全色のネオンが交差する。

床の波形が観客のペンライトと連動し、視覚と感情の“最大共鳴点”へ。


ROUGE NEONはもう、「理想の私」ではない。

鼓動そのものを歌い、ネオンそのものとして輝いていた。


演奏が終わった。

一瞬の静寂のあと、会場に火花のような歓声が炸裂する。

だけど、その歓声は単なる称賛ではない。

それは、“光に撃ち抜かれた”人々の叫びだった。


ペンライトが一斉に跳ねる。

けれど今のステージは、それより速い速度で観客の感情を動かしていた。

ネオンは光ではなく、“電撃”のような熱を持った意思になっていた。


前列の少女は手を胸に当てて叫ぶ。

「かわいいって、こんなに衝撃的なんだ……

 限界突破ってこういうことだったのか!」


音響スタッフはヘッドホンを外すと、何度か瞬きをしながら呟く。

「光がただ眩しいんじゃなくて――心に着火してくる感じだった。

 照明が“本音”を撃ってた。」


審査員の一人は言葉を選びながら、評価票の横に書き込む。

「光が演出じゃなくて、“感情の爆心地”だった。

 ネオンに宿った覚悟、それが観客の本能に刺さった。」


七海は観客を見つめながら、微笑みを浮かべる。

その表情は、ライトに照らされた“ステージ映え”ではない。

今、自分が放った本音が、観客の中で“光として燃え続けている”と知った者の顔だった。


ROUGE NEONのステージは、

可愛い衣装でも、照明ギミックでもない。

“感情を電撃として撃ち込む装置”として存在していた。


ステージの照明がゆるやかに落ちていく。

ペンライトの波と歓声の海が包み込むなか、ROUGE NEONの5人は中央で立ち止まっていた。

火は鳴らし終えたはずなのに、それぞれの瞳がまだ“夜を照らして”いた。


七海は、まっすぐに客席を見つめる。立ち姿は一切ぶれない。

静かに息を吸い込み、胸元のラメに指先を添えたあと、名古屋弁で言い切る。

「今夜のうちら、めっちゃ光ったな。

 ステージごと、あんたらの心ん中にぶち込んだったわ」

“歌姫、夜を照らす”というコピーが、その声に宿っていた。


ルカは、ストラップを外したギターを肩に背負い直し、ピックを指でくるくると

回す。

顔は変わらず涼しげだが、その眉の奥にわずかな熱が滲んでいた。

「ふふ、音、刺さったっしょ?

 うちのギター、冷たそうで、ちゃんと燃えとるんやで」

“氷の微笑、炎のギター”――その本領が発揮された夜だった。


ミサはスクリーンに走っていた心電図グラフィックの余韻を、静かに眺めている。

光ファイバーリボンを直しながら、ひとりごとのように笑う。

「予定しとった演出、半分はぶっ飛んだ。でもそれでええ。

 光、勝手に踊っとったもん」

“光を操る音の妖精”は、今夜、妖精の魔法ではなく、本能で音を動かした。


ひよりは、ステージの床を足で軽くリズムに乗せて踏み鳴らす。

両手のスティックを頭上に掲げ、会場の熱へ明るく応える。

「燃えたね〜! この鼓動、ぜんぶがうちらのリズムやった!

 まじアツかったがね〜!」

小柄な体で会場全体を揺らしたムードメーカー“ビートのプリンセス”は、今も跳ねている。


れいなは、ベースのネックを静かに抱えたまま照明の残光を浴びている。

言葉は出さず、視線だけがすべてを語っていた。

だが、七海がちらりと横を見たとき、れいなは短くつぶやいた。

「…音の隙間に、うちらの温度が流れとった。それだけで、うちは十分やて」

“静けさが一番セクシー”――その美学は、ステージの余白に滲んでいた。


その夜、ROUGE NEONが放ったのは“音楽”の形を借りた感情の電撃。

可愛さも計算も突き抜けて、ただ「本音のネオン」で観客の心を撃ち抜いた。

審査の結果は、まだわからない。

でも、客席の熱気とステージに宿った火花は、誰にも否定できない。

ROUGE NEONは、確かに“今夜”を染め上げた。

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