第30話:セミファイナル A組「VELVET CROWN」
決勝トーナメントA組・第2組――いよいよ、大阪代表「VELVET CROWN」がステージに立つ。
静寂のなか、ただならぬ緊張感が会場を満たす。
それは“ライブ”というよりも、一編の舞台劇の開幕を予感させる空気だった。
五人がゆっくりとステージへ歩を進めると、照明がわずかに落ち、
まるでホール全体が深い宇宙へと沈んでいくような錯覚が生まれる。
秋人がマイクを手にし、静けさを切り裂くように、低く深く告げる。
「……さあ、魅せよ。墜ちた星の夜想曲――『Nocturne of the Fallen Star』の幕を開けるんや」
その声とともに、照明が1段階、静かに暗転する。
直後、一気に照明が舞台を裂き、ステージは幻想の無重力空間へと変貌を遂げた。
──静かに、そして華やかに、“幕”が上がる。
VELVET CROWNの演奏が始まった。
ただの“音”ではない。
それは、“星の記憶”を描き出す壮麗なる舞台芸術の開演だった。
“五人の芸術家”が奏でる、感情という名の舞台――
「感情を風景として記すギタリスト兼ボーカリスト」秋人
彼のギターは、静寂という名のカンバスに筆を走らせ、情景を描き出す。
旋律は風の輪郭となり、コード進行が空の色を塗り替えていく。
音ではなく“視覚としての感情”を、彼は指先で描いていた。
「沈黙の中で“叫ぶ”ギタリスト」凛
彼女のギターは言葉を持たない叫び。
そのフレーズは秋人の描いた風景に魂を吹き込み、
沈黙の奥に眠っていた感情をゆっくりと火に変える。
言葉を語らぬ者だけが知る、静けさに宿る力がそこにあった。
「大地のうねりを支えるベーシスト」ケイ
彼のベースは、すべての音を“重力”という名の地平へと根づかせる。
音の厚みと深さを生み出し、どんな激情も崩れぬように支える骨格となる。
彼の音があるからこそ、他の四人は自由に飛べた。
「感情を叩き出すドラマー」翼
彼の一打は、まるで舞台に生命を与える鼓動そのもの。
静寂を切り裂く刹那と、余韻を残す余白のすべてを計算し、
観客の呼吸すらリズムへと取り込んでいく。
「音と光の魔法使い」真白
彼女の鍵盤と照明が織りなすのは、ただの音楽ではない。
それは天体の軌道を描くように交錯する“感情の天文図”。
色と音が連動し、ステージ全体をひとつの宇宙へと変える。
そして――
そのすべての音を束ねるのは、秋人の歌声。
それは旋律ではなく、まるで物語を語る“語り部”だった。
演奏ではなく、“上演”――
音で幕を開け、光で場面を変え、
沈黙で心を揺さぶる、壮大な舞台芸術がそこにあった。
VELVET CROWNは、音楽と舞台の境界を超えて、
“空間そのものを語る”唯一無二の芸術集団となった。
墜ちた星の夜想曲――『Nocturne of the Fallen Star』
1番
光を失った星が 銀河の淵へと滑り込む
願いの欠片すら この手に触れられずに
凍える宙(そら)が 胸を締めつけるたび
君の声が 星雲を越えて響いていた
砕けた夢が 星座を断ち切っても
僕はまだここで 祈りを灯す
重力を越えた記憶の向こうで
君にもう一度 届くように
2番
沈黙が満ちる空に 名前さえ溶けてゆく
想いの残響だけ 光年を彷徨ってる
君がくれた 最後の微笑みが
この傷の奥で 星粒のように光る
堕ちていく星に願いを託して
もう一度だけ 夢を紡ぎたい
崩壊の螺旋の中でも
君の温もりを 信じている
砕けた空を縫うように歌う
この声が 夜を越えて
たとえ届かなくても構わない
君を愛した証だから
銀河の片隅に、永久(とわ)を刻むノクターン――
──そして。
静かに降り注ぐ星の光と共に、
真白のキーボードが**“夜の終わり”を告げる余韻**を奏でる。
ホールは静まり返り、ただ“音の記憶”だけが、観客の中で燃え続けていた――。
舞依が、胸の奥から震えるような声で呟いた。
「……これがVELVET CROWN。まるで銀河の星が泣いているみたい。演奏じゃない、これは“舞台”そのもの……彼らは、音で物語を演じてるんだ」
その言葉に、穂奈美が息を呑むように言葉を重ねた。
「あのギターの旋律……燃えてる! 熱い、熱い魂の叫びだよ! 一音一音が、感情の炎になってる!」
香澄が思わず目を見開き、ステージを見つめたまま驚愕する。
「ベースの音……静かだけど、すごい。**あの演技を下から支えてるのが分かる。まるで、大地に根を張る巨木の根っこみたい……**どっしりと揺るがない音。」
彩は、リズムに身を委ねながら息を呑んだ。
「……このドラムのビート……**私たち、のみ込まれていく。**感情ごと、リズムに引きずり込まれてるみたい……!」
そして、萌絵がわずかに微笑み、まるで心の奥から響くような声で言った。
「……この音は、もう“楽曲”じゃない。まさに宇宙。大いなる宇宙そのもの……音で宇宙を旅してる気分」
五人の言葉はバラバラのようでいて、同じ“何か”を感じ取っていた。
それは――VELVET CROWNという名の銀河が放つ、音の重力。
観客席は、一瞬息を呑んだまま静止していた。
それは“拍手の準備”ではなく、“感情の消化”だった。
そして、真白の最後の音が消えゆく刹那――
まるで誰かが合図したように、ホール全体が爆発した。
パチパチパチ!
轟音のような、しかしどこか“涙を拭うような”拍手が会場を包み込んだ。
音楽ホールの天井が震えるほどの歓声。
数人の観客が立ち上がり、他の者もそれにつられて総立ちとなる。
スタンディングオベーション――でもそれは、圧にではなく、敬意の嵐。
ある女子学生が涙をこぼしながら隣の友人に呟く。
「……夢、見てたみたい。こんな音、聴いたことない」
中年の審査員が手元の資料を閉じ、目を伏せながら一言。
「これは……音楽じゃない。“舞台芸術”の完成形や……」
ステージ袖では次組のROUGE NEONが沈黙していた。
七海は一歩前に出て、拍手が続く会場をじっと見つめ、低く言う。
「……うちらが“魅せる”って言ってたのに……あれは“呑まれる”やつだわ……」
隣のミサが小さく呟いた。
「“星が墜ちた”じゃない……あれは、“祈りが舞った”音だった……」
VELVET CROWNは、音楽を超えた。
“夜想曲”とは名ばかりの、銀河の記憶そのもの。
誰もが、その物語の登場人物になっていた。
その夜、会場全体は――VELVET CROWNの宇宙を旅した者たちとなった。
REJECT CODE控室。
舞依は椅子に腰かけたまま、じっと床を見つめていた。
その瞳は、まだステージの光を見つめているようだった。
手はわずかに震え、言葉の代わりに沈黙が空気を支配する。
「……すごかったよね、VELVET CROWN。あれ、もう“プロ”だよ……」
静かな一言に、誰も異を唱えなかった。
全員が黙って、ただ静かにうなずいた。
萌絵が、いつになく弱い声でつぶやいた。
「照明、演出、楽曲の構成……あれは“完成”されてた。
もしあれが表現の完成形なら……私たちは、まだ“未完成”。到達点が違うかもしれない……」
穂奈美が天井を見上げたまま、拳をぎゅっと握りしめる。
「でも……ステージで、涙を浮かべてる人がいた。
私たちの“音”を聴いて、本気で何か感じてくれた人が、ちゃんといたよね……」
香澄は苦笑しながら、それでもどこか誇らしげに言った。
「悔しいけどさ……私たちは“勝ちたい”より、“届けたい”を選んだ。
それが“月の夜曲”だった。VELVET CROWNのステージは本当にすごかった。でも……私たちも、自分の道を信じてたよね」
舞依がそっと目を閉じて、ゆっくりと拳を握りしめる。
「……あのときの私たちが、“技術”じゃない何かで心に触れたのなら……
“音”じゃなくて、“生きた想い”が届いたのなら……」
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