第26話:VELVET CROWN
舞依たち「REJECT CODE」のセミファイナルの相手「VELVET CROWN」は大阪が誇る舞台芸術バンドだ。
バンドプロフィール
編成:5人組(Vo.&Gt. 秋人 / Gt. 凛 / Ba. ケイ / Dr. 翼 / Key. 真白)
特徴:芸術的でドラマティックなサウンドを持ち、舞台演出にも定評がある実力派
バンド。音楽性はポストロック+オーケストラ風味のエモーショナルロック。
全国大会出場経歴:前年度準優勝。
「音を“演じる”」というアプローチが支持され、若年層の支持を集めている。
演奏曲:『Nocturne of the Fallen Star(堕ちた星の夜想曲)』
曲概要:演出と音楽が融合した幻想的なシンフォニックロック。
ジャンル:ポストロック×シンフォニックロック
テーマ:喪失と再生。叶わなかった夢と、再び歩き出す強さを描いた叙情詩。
構成:静かなピアノソロから始まり、次第にストリングスとエレキギターが重なり、
クライマックスでは壮大なコーラスとともに感情を爆発させる。
大阪――笑いと情熱、伝統と革新が同居するこの街の“魂”を音に変えたような存在、それが「VELVET CROWN」だった。
ただ音を鳴らすだけではない。彼らは、**“音で舞台を描き”、“演奏で物語を紡ぐ”**バンドだった。
VELVET CROWNのライブは、演奏ではなく“上演”と呼ぶべきものだった。
コードは照明を導き、旋律は登場人物の心情を描き、沈黙さえも感情の間として演出される。
その一音一音が舞台装置となり、光とともに観客を物語の“中”へと没入させていく。
彼らの信条はこうだ。
「音楽は聴かせるもんとちゃう。演じるもんや。物語ごと、響かせんねん」
VELVET CROWNは、“バンド”という枠を超えた。
彼らが奏でるのは、舞台芸術と音楽が融合した“空間そのもの”。
観る者の心を震わせるのは、技術でも演出でもない――五人の芸術家たちが持ち寄る、それぞれの人生と呼吸が織りなす、静かな衝動だった。
秋人(音を描くギタリスト兼ボーカル)
リーダー・秋人は、中学時代からギターと絵筆を手に、“感情を風景として記す
少年”だった。
音楽をただ聴くものではなく、見えるものとして捉える――それが彼の出発点。
旋律は青空を描く線となり、コード進行は雲の流れや影の落ち方を表現する。
彼の語る言葉には、常に音と色と光が交錯していた。
「音はな、演じるもんや。聴かせるんとちゃう、魅せるんやで」
その一言に凝縮されているのは、“音で空間を演じる”という思想。
VELVET CROWNのライブは、秋人のこの哲学を軸に構築されている。
彼が描く曲は、物語の起承転結を内包した“ミニチュア劇場”であり、 演奏とは、
観客をその物語の共演者にするための演出だった。
サビ前の静寂は“息を呑む瞬間”であり、 ブレイク一発のコードは
“カーテンの開く音”。
彼の指先から生まれる旋律は、演技される情景そのものとして、観客の視界と心に 残る。
秋人が率いるVELVET CROWNは、音楽という名の舞台装置を携え、 今日も“感情の風景”を描き出す。 その一音一音が、まるで観客自身の記憶に触れるように。
凛(沈黙の中で“叫ぶ”ギター)
ステージに立った瞬間、凛は“語らぬ言葉”を背負った表現者に変わる。
普段は口数が少なく、感情を多く語らない彼女だが、ギターを構えるとすべてが
変わった。
音の中では雄弁で、繊細で、痛いほど真っ直ぐ――
彼女にとってギターソロとは“解放”であり、自身をさらけ出す一篇の詩だった。
鋭く、時に憂いを帯びた音色が、観客の“記憶の奥”に突き刺さる。
彼女の沈黙こそが、VELVET CROWNに余白という名の余韻をもたらしていた。
ケイ(大地のうねりを支えるベース)
元吹奏楽部の経歴を持つケイは、楽曲全体の構造を“指揮者”の視点から捉える。
コード進行、拍のゆらぎ、演出の緩急さえも見据えて、 すべての音を大地に
根づかせる存在だった。
「どんだけ静かでも、芯が通ってへんかったら、音楽なんかすぐ崩れてまうで」
その言葉は、ただの低音ではなく“世界を支える骨格”として響く。
ケイのベースがあればこそ、他のメンバーは自由に感情を飛ばせた。
彼の音は“物語の心臓”として、鼓動を止めることなく鳴り続けていた。
翼(感情を叩き出すドラム)
VELVET CROWNという舞台の“呼吸”を刻む者。それがドラムの翼だった。
音が溜め込んだ“間”を一撃で破裂させ、ステージの空気を支配する。
静寂を吸い込み、爆音を解き放つ――
彼のプレイはまさに“抑揚そのもの”。
誰よりもリハーサルに時間を割き、曲ではなく“空間そのもの”を練り上げる職人
だった。
観客の鼓動と同期するような一打が、VELVET CROWNのステージに劇的な高低差を与えていた。
真白(音と光の芸術家)
真白の役目は、鍵盤を奏でるだけにとどまらない。 音に“光と陰影”を与える設計者であり、楽曲全体の“演出プランナー”でもあった。
照明チームと秒単位で呼吸を合わせながら、旋律と光を一体化させる。
転調には色温度の変化を、サビにはフラッシュの効果を―― そのすべてを自然に見せるために、彼女は“魔法のような緻密さ”を仕込んでいく。
静寂に差し込む光は偶然ではない。真白の魔法は、観客の涙腺にまで届く精度を
持っていた。
セミファイナル前夜、VELVET CROWNの5人は、会場近くのホテルの簡易会議室に集まっていた。
昼のリハーサルを終えた彼らは、ステージ演出の最終確認と、音源・照明のタイミングをもう一度すり合わせていた。
簡易会議室の無機質な蛍光灯の光と、使い込まれた長机。けれど、今その空間には、ステージよりも濃密な“音”の温度が流れていた。
壁際には、ギターケースやエフェクターボードが乱れず並び、PCと照明用のコンソールが静かに光っていた。
ケーブルが床を這うたび、まるで“音の動線”が部屋を編んでいるかのようだった。
ギター兼ボーカルの秋人が椅子の背にもたれながら、ギターを膝に乗せ、言った。
「……ほな、もう一回、最初っから合わせよか。今日の“夜想曲”、心の奥、泣けるとこまで持って行こうや」
──その声は低く、けれど確かな熱があった。譜面では書けない“情緒”を、音に変えるつもりでいた。
凛はギターのストラップを肩にかけながら、無造作に髪をかき上げた。
「……秋人、そんなん言うて、また泣くのウチのギターやろ」
(くすっと笑いながら、ペダルのスイッチを足で軽く踏む)
──指先がチューニングペグに触れたその一瞬にも、音でしか語れない想いが揺れていた。
秋人は唇の端を持ち上げ、目線をそらしたまま答える。
「でもな、“音が泣く”ぐらいでちょうどええ。そんくらいやらな、東京の連中には刺さらへんやろ」
キーボード担当の真白はスクリーン越しに照明シミュレーションを流しながら、コードと光の遷移を見比べていた。
背筋はピンと伸びているのに、どこか宙を掴もうとするような気配がある。
「最初の8小節、光落とそ。“無”の中で音が生まれる感覚、強くしたい」
「光は最後まで焦らして、“希望”ってテーマがちゃんと映えるように……」
──彼女にとって、照明は感情のリズムと同期する“色の楽譜”だった。
ドラム担当の翼はコンガの皮を軽く叩きながら、目を閉じてテンポを探っていた。
いつもは飄々とした彼が、この瞬間だけは空気を切り裂くナイフのような集中を放っていた。
「真白、あの大サビんとこ。一回リムだけ残して……“沈黙で殴る”演出、いける?」
「観客の息、奪いたいんよ。次の一発に全部、感情のピーク詰め込みたい」
真白は何も言わずに頷き、PCのタイムラインを静かに調整した。
ケイは少し離れた場所で、小さなモニターアンプに耳を傾けながら、ベースラインの一部を反復していた。
音数を絞るごとに、その輪郭は太く、あたたかくなっていく。
「Bメロ、ちょっと揺らすで。タイミングは崩さん。
でもな、その一瞬、感情が溶け出す感じ……“目を閉じたくなる低音”にしたいんや」
秋人は、その言葉に静かに微笑み、目線を合わせずに答えた。
「ケイの音があれば、ウチらはどこまででもいける。……頼むで、舞台の心臓。」
音が消え、全員が息を整える。その沈黙すら演出の一部のようだった。
次の瞬間、再びリハーサルが始まる。
静寂から始まるイントロに、光がひと筋、部屋の空気を裂く。
ステージのシミュレーションに合わせて、音と光と感情が一体になって動き出す。
それは、まるで**“五人でひとつの舞台を演じる”**ような完璧なアンサンブルだった。
音と光と影と、沈黙と情景と――それらすべてが、“演じる”というひとつの意志に、ひとつに結ばれていく。
VELVET CROWNの“夜想曲”、それは音楽で語る絵画であり、舞台であり、呼吸だった。
真白が手元のタブレットをスライドすると、画面には雑誌の特集記事が表示される。
“【次世代の星】REJECT CODE──高校1年生とは思えない完成度”
“東京発・少女たちの挑発的なメッセージソング”と大きく見出しが踊っていた。
凛がそれを一瞥し、無言でギターのペグを締め直す。
その動きは、音ではなく“気持ち”のチューニングのようだった。
ケイが腕を組みながら静かに言う。
「たしかに話題や。けど……うちらは“話題”やない、“舞台”で証明してきたんや」
彼の言葉は低音のように、部屋の空気を引き締めた。
翼は目を細め、記事の中の舞依の写真を見つめながら呟いた。
「“挑発的”か……へぇ、ええやん。でもウチらはな、音と沈黙で刺すんや。派手やのうても、ちゃんと届くもん見せたるわ」
その口調に、演出で戦ってきた者の余裕が滲む。
真白は記事を閉じて、背筋を伸ばす。
「1年生であれだけ注目されるのは凄い。でも、“感情を形にする術”なら、こっちの方が深いはずや」
「光も音も、うちには“演じる”力がある。それ、見せつけるだけや」
そして、秋人がギターを膝に乗せたまま、ゆっくりと口を開いた。
その声には、どこか冷静な熱が宿っていた。
「話題もええ、才能もすごい。せやけどな……
東京の高校1年のガールズバンドに、関西の“舞台芸術”が負けるわけにはいかんやろ」
秋人のその言葉に、全員が自然と楽器に手を伸ばす。
それは、戦いに向けた“演奏者の儀式”だった。
「REJECT CODEは確かにええ音鳴らしとる。でも、うちらは“物語”ごと響かせるんや。
この舞台で、“演じる音”がどれだけ強いか、証明してみせる」
音の一撃ではなく、舞台の“感情の総力戦”――
VELVET CROWNの五人は、雑誌の見出しから目を離し、静かに決意を燃やしていた。
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