第2話 梅雨の待ち人 後編
「私には婚約している彼がいるんです。」
彼女は、そうゆっくりと発した。彼女はどうやら婚約中の相手をこの3か月、毎日欠かすことなく待っているそうだ。ふと、緑色の鈍行が向かいの下りのホームにやってきた。彼女は恋する乙女の瞳で、じっと向かいのホームを見つめる。私も、彼女が見つめる先に目を向けた。 そこには、一人の男性が時計を何度も確認しながら改札に向かおうとしている。彼が彼女の待ち人なのだろう。彼がこちらに向かってくる。私の隣の彼女の顔が、期待の色をより帯びる。コツコツ、その時だった。
「遅い!待ちくたびれちゃった。」
そう言って、後ろから小柄の可愛らしい女性が、彼に話しかけてきた。
「ごめん、ごめん。ほら、ケーキ買ってきたからさ。」
彼は、その女性に愛おしそうな瞳で笑いかけながらそう答えて、二人で仲づつましく私たちの前を通り過ぎた。あまりの事に、私はとっさに彼女の顔を見た。彼女はただ茫然と二人の姿を、少し悲しそうな瞳で見つめていた。
しばらくして、彼女は先ほど渡した麦茶を手に取って、私にこう言った。
「彼とは親同士のお見合いで、知り合ったんです。だから、彼にも別に愛する人ができたようで。彼には何も未練がないんですよ、彼の幸せを恨んだりもしていません。ただ、少し寂しさはありますけどね。」
でも私は気づいていた。彼女はそう言いながらも、本当は彼のことを今も愛しているのだと。このまま彼女は、その美しい思い出にその身が朽ちるまで囚われ続けるのだろうか。
「よかったら、これを。」
「…青春十八きっぷですか。」
そう、私は彼女に青春十八きっぷを渡した。私はこう続けた。
「青春十八きっぷって不思議なものでして、青春十八と書かれていますけど二十歳過ぎた大人でも使えるんですよ。なんだか青春って、学生の間だけのように思いがちですけど、実は心ときめく時が青春なのかなっていつもこれ見ると思うんですよね。」
すると彼女は少し考えたしぐさをしてから、こう続けた。
「…私もどこかに行こうかな。これから自分の為に時間を使って、そうですねまた青春するのもいいかもしれません。切符、ありがとうございます。」
その時の彼女の顔は、少し不安もありつつ一番晴れやかだった。
空は彼女を鼓舞するように、遠くで虹が私たちに微笑んでいた。
空色物語 @Spilitz
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