第5話 輪郭と喪失


 その夜、爽はまた夢を見た。

 

 今回は芹那ではなかった。

 暗い水の底のような空間で、誰かがこちらを見ていた。


 その顔は、霞んで見えない。

 けれど確かに“知っている”と心が叫んでいた。


 少女の輪郭。

 長い髪。揺れるスカート。薄く開いた唇。指先。


 「……ねえ」


 声がした。けれど、何を言われたのか、思い出せない。


 夢の中で、爽はただ、その影に手を伸ばしていた。

 届かない距離。なのに、なぜか懐かしい温度。


 「——もう一度、ちゃんと……」


 言葉の続きを、夢の中の自分さえも聞き取れなかった。


 そして、少女の影が消える。

 波紋のように、光の粒となって霧散していく。


 その中に、ひとつだけ。

 “赤い何か”が混じっていた気がした。


 目を覚ましたとき、爽はひとつだけ確信していた。


 ——また、誰かを忘れてしまった。


 そうして、朝がやってきた。


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