第3話 指先の痕跡


 その日の放課後、爽はなぜか足が昇降口へ向かうのを拒まなかった。


 気がつけば、自分でも意識しないまま、校舎裏へと足を運んでいた。


 風の音が遠い。誰もいない空間に、かすかに残る誰かの体温。


 そこに——芹那がいた。


 制服のまま、壁にもたれて目を閉じていた。

 彼女は爽の足音に気づいていたのかいなかったのか、まぶたを上げずに言った。


「……ねえ、爽くんって、本当は全部わかってるんじゃない?」


「……何の話だよ」


 問い返す声に、芹那は静かに微笑む。まるで、応える必要なんて最初からないというように。


「世界って、ほんとはちょっとずつ壊れてるでしょ? みんな気づいてないけど」


 その言葉に、胸の奥が少しだけ冷たくなった。

 

 霧のような感覚。

 夢で見たものが、現実の言葉として形を得ていく感触。


「でもさ、あたし——それでも咲きたいの。例え、枯れても」


 その言葉に、風が止まる。


 少女の瞳が、まっすぐにこちらを射抜く。

 その眼差しには、嘘も演技もなかった。


「ねえ、爽。あたし、間違ってないよね?」


 その問いかけに、言葉が出なかった。

 ただ、その指先が、かすかに震えていたのを——

 爽は、見逃さなかった。


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