煙突

やまこし

煙突

「お義父さんたち、何やってるの?」

青山美南が外に目をやると、義父と義兄、義理の叔父が喫煙スペースでなにやら楽しそうに煙を吐いていた。あの様子では、ふかしているのだろう。

「あれは、ウチの伝統みたいなやつ」

夫の青山聡太はそう言いながらいなり寿司ひとつを一口で食べた。

「あんたは?いかないの?」

「俺は去年タバコやめたから。あんなことでタバコの味を思い出したくないでしょ」


そういうもんかね、と美南は天高く昇っていくタバコの煙と、火葬場の煙突から出る煙を重ねて見つめた。

「まあ、あれならお義母さんも寂しくないか」

「そう、そういう意味なんだよ」

「え?」

「ウチの伝統。一人でああやって天に昇っていくのは寂しいでしょ?だから ああやって、タバコを吸うやつが一緒にいてやるんだ。ウチの一族はいつもここで火葬してるから。またタバコ場からよく見えるんだよ、煙突の煙が」


栃木県出身の美南にとって、東京で行われる葬儀に最後まで参加するのはこれが初めてだった。葬儀が終わり、ひと段落したところでマイクロバスに乗って山の上の火葬場へ移動しようとしたら、隣に火葬場があると聞かされて腰が抜けそうになった。東京の人は、人との距離だけじゃなくて死者とも近い距離で生きているのだと驚いた。

美南は、葬儀式場から火葬場に移動する時間が好きだった。大好きだった祖父を田舎で荼毘に付したとき、火葬場へ移動する車中、窓の外をずっと眺めていた。途中で渡った川の水面がキラキラと輝いていて、自分の涙が反射しているみたいだと思った。ああいう時間が、死を理解するのに必要だと思っていたのだ。

聡太と結婚してから最初の葬儀は聡太の実母、つまり美南の義理の母のものだった。義母はまだ若かったが、がんで亡くなった。苦しむことはなかったと言う。親族は一同みな明るく、覚悟していたのか湿っぽいシーンはなかった。葬儀が終わり、ぞろぞろと短い葬列を作って隣の火葬場へ向かう。なんかウケる、と思ったが、よく考えたら昔は車なんてなかったわけだから、こうやって遺体を処理する場所まで歩いて運んでいたわけだ。けっこう原風景だったりするのかも、と考えているうちに、火葬路の前についた。もう一度焼香を行って、義母は火葬炉の中に入っていった。


「にぎやかでいいだろう、うちは」

さっきまでの時間をぼんやりと振り返っていたら、聡太が得意げに話しかけてきた。

「そうね」

確かにそうだった。親戚の少ない美南にとって、こんなに大きくてにぎやかで、笑顔がいっぱいの葬儀は新鮮だった。

「にぎやかなことしか取り柄がない。これでも、にぎやかの頭を張ってたおじちゃんはいないんだ」

「そうなんだ」

「うん、おととし亡くなった」

そういう聡太の目はとても寂しそうだ。

「たしかに、死ぬ時くらい楽しいほうがいいかもね」

「そう、おじちゃんもそう言ってた。だからおじちゃんの葬儀の時は、ずーっと音楽流して、みんなでいっぱい笑ったんだ」

聡太はもう一ついなり寿司を口に押し込む。ゆっくりとよく噛みながら、家族が喫煙所で騒いでいるのを眺めている。

「お義母さんもこっちのほうがいいよね、やっぱ」

「いや、それがさ」

「うん」

「母さん、ああいうことされるの嫌だったらしくて」

「ああいうことって?」

聡太は箸で外の家族を指す。

「どうして?」

「恥ずかしいんだと。だから葬儀の日は土砂降りがよかったんだって。残念だな。晴れでした〜」

「お義母さんだって、やってほしかったから晴れたんだよ」

「たしかに……そういうことにしておくか」

「だってあのくらいにぎやかな時がないと、やってられないって、葬式なんて」


美南にとっての葬儀は静かなものだった。自宅で眠る、冷たい祖父と何度も対峙して、何度触っても冷たい頬が空恐ろしくて、同時に深い悲しみも心にずっしり乗ってくる。寂しい気持ちを心の奥に沈めても、沈黙と空白がそれを勝手に掘り起こす。


「母さん恥ずかしがってないだろうか」

「恥ずかしさより、息子たちが寂しくなる気持ちの方がいやだったんだよ」

「そうかなあ」

「昨日、式場にお義母さんをおいて帰ったでしょう、私たち」

「うん」

「ウチの田舎ではね、通夜のあとは式場の畳の部屋に布団を敷いて、できるだけ多くの人と寝るの。だからね、置いて帰るのがなんだか忍びなくて」

「そうだったんだ」

「うん。だからね、あなたたちがトイレで着替えてる間に、私は式場でひとり、お義母さんと話してたのよ」

「何を話したの?」

「内緒。でもね、その沈黙と空白に、悲しみがいっぱい入り込んできてたまらなかった」


悲しむことは大切なことだけれど、あまりにも心が悲しみに浸されてしまうと自分を取り返すのにやけに時間がかかってしまう。その湿り気が、青山家にはない。

「あのなあ」

「ん?」

「そんな湿気ったことしたら、うちじゃタバコが吸えなくなっちゃうの」

「ならさ」

お義母さんも許してくれる、と口に出しかけた瞬間、待合室の扉が開いて葬儀屋が入ってきた。


「青山様、お待たせいたしました。ご収骨の準備ができました」


聡太は箸をおいて、元気な返事をしながら喫煙スペースに向かっていった。


(了)

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煙突 やまこし @yamako_shi

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