第4話

 与えられた話題としての私が、黙っていればそれをしたということに、一体何の根拠が有るだろうか。せめても隣に腰掛けた人にならば、いいや。ベルは鳴った。期待した結果を見せぬまま、彼は死んでしまった。閉鎖系の語義はまた一段と広くなり、私という運動が、それの持つ徴標だけから狭義のロマンスを提示することも、やはり不可能に見えた。つまり、教室というものは無くなってしまった。

 私という物は、本当に物であるならば、そこに置かれたリンゴを食べるだろう。私という点は、本当に点であるならば、現に、二つに分かれてしまった。

 密室であったらしい。少なくとも今はそうである。それをするということが何かは分からぬが、何れにせよ、恥ずかしがることは無い。恥ずかしがるとは何かを知らぬから、何れにせよ。

 ああ、私はそれをする前に、今はもう、この遠心力から溢れて落ちるところ。振り回されたバケツの中で延々と掻き混ぜられてもそうならなかったところのものが、もう一度実験場の床の溝に発生するだろうか。再び与えられたところの密室はもう彼を一緒に閉じ込めてはいないというのに。

 与えられた文脈、つまるところの通行人としての台詞一般は、特段の愛ということを要請してはいなかった。私は炭素原子で、手が多いからといって、手を握る形状を把握してはいなかった。鈍化した触覚の、或いは酸化した恋心一般が口を滑らすのを待つ合間に、私が最小限に彼女を戦慄させるというのは必要な愚行であった。

 よろしい。彼の話である。これではない。新しく隣に立った彼が、隣に立ったというそれだけの理由で会話を始めなければならないというのならばそれでもよいが、きっとそうはなっていないのであるからこれは彼の話である。つまり今し方通り過ぎた気のする男の唇からはきっと読み取られるべき話である。

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