雨上がりの夕刻
幸まる
見えない力
高校からの帰り道、
五月も半ばを過ぎ、日が暮れるのも随分遅くなって、六時を過ぎた今もまだ外は明るい。
それでも四時前まで雨が降っていた今日は、奥の遊具で遊んでいる子供はいなかった。
フェンス沿いに並ぶ樹木が、雨に濡れた葉で陽光を弾き、爽やかな輝きを散らせている。
毎日登下校で通るこの公園は、寿鈴にとって特別な場所だ。
初めての彼氏であり、幼馴染である
別々の高校に通う二人は、平日はほとんど会えない。
時々約束をして、学校帰りにこの公園で少しだけ会うのが精一杯だ。
今日はここで会う約束はしていない。
けれど、なんとなく止まってしまった。
二人でよく座るベンチに目をやると、雨のせいでびしょびしょに濡れていた。
「どうしようかな……」
寿鈴はポツリと呟いた。
今日は学校で良いことがあって、とても嬉しくて、帰ったらすぐに大樹にメッセージを送ろうと思っていた。
この嬉しさを共有したい。
メッセージじゃなくて、電話にしようかと考える。
声を聞いて。
直接話して。
寿鈴はキュッと唇を引き結ぶ。
やっぱり電話じゃなくて、会って話そうか。
声だけじゃなくて、会って顔を見て話したい。
突然家に押し掛けたら迷惑だろうか。
でも、「よかったな!」と笑ってくれたら、それだけでいいから……。
「寿鈴!」
大好きな声で突然名前を呼ばれて、寿鈴は驚いて振り返った。
◇ ◇
自転車を立ち漕ぎして自宅を目指していた大樹は、公園の前で自転車を止めている寿鈴を見つけ、思わず大きな声で名を呼んだ。
今日は学校で嬉しいことがあって、急いで帰って寿鈴にメッセージを送ろうと思っていた。
いや、きっと一緒に喜んでくれるだろうから、電話の方が良いだろうかと考えながら、自転車を漕ぐ足にも力が入って、いつの間にか立ち漕ぎになっていたところで寿鈴の姿を見つけたのだった。
早く声を聞きたいと思っていたタイミングで会えるなんて。
嬉しすぎる偶然だ。
自然と笑顔になって自転車を降りれば、寿鈴も嬉しそうに笑って名を呼ぶ。
「だいちゃん」
こっ、この笑顔。
俺の彼女、可愛すぎるって!
“俺の彼女”と考えて、さらに頬が緩んだ。
大好きだった“幼馴染”が“彼女”になって、半年はとっくに過ぎているけれど、今でも時々、寿鈴が自分の彼女だなんて嘘みたいだと思う。
いや、嘘なんかに絶対しないけど!
「寿鈴、どうした? もしかしてメッセージくれてた?」
「ううん、まだ送ってない」
「“まだ”?」
「うん。……“家まで会いに行ってもいい?”って、送ろうと思ってたところだったの」
寿鈴のことを考えていたタイミングで、寿鈴が自分のことを考えてくれていたなんて。
まるで通じ合っているみたいで、更に気分が上がる。
「一緒に歩くか」
「うん」
二人はゆっくりと自転車を押し、歩き出した。
◇◇
家に向かって自転車を押しながら、それぞれの学校であった嬉しいことを報告し合う。
寿鈴は家庭生活部という部に入っていて、地元の農産物を使ったお菓子のコンテストに出した一品が、一次審査を通過したらしい。
大樹はバレー部だが、次の試合に初めてスタメンで選ばれた。
互いに嬉しかった出来事を話し、予想通り相手が一緒に喜んでくれたことに、胸を温める。
別々の学校生活で寂しいところもあるが、こうして気持ちを共有してくれる部分があるだけで、随分心持ちは違った。
同じ学校なら、もっと……と思わないこともないけれど、想いが通じ合って距離が縮んでいくように思える日々は、何だかとても愛おしい。
今日のように偶然会えたりすると、二人の間にはまるで見えない力が働いているんじゃないか、なんて思えて、より嬉しくなる。
……そして、もっと、好きになる。
別れ道まで来て、二人は足を止めた。
二人の家は一ブロック離れている。
大樹は直進、寿鈴は右折。
話したかったことは全部話したのに、まだ話したい。
二人の目が合って、大樹が笑う。
「やっぱり、家まで送ってく」
大樹が自転車を押して、角を曲がる。
「……嬉しい。ありがとう」
照れ笑いして、寿鈴が言った。
一緒にいたい。
相手もそう思っているのだと、どうしてだか分かってしまう不思議。
ほら、やっぱり見えない力が、ここにある。
“好き”は見えないけれど、いつも淡い光のような力となって、毎日を輝かせてくれる。
自転車の車輪が水溜りを通る。
水溜りの波紋すら愛おしい、こんな雨上がりの夕刻。
《 終 》
雨上がりの夕刻 幸まる @karamitu
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