第十七話:星々の囁き
研究室の空気は、以前にも増して高揚感に満ちていた。窓の外、初夏の陽光がビルの谷間を縫って差し込み、磨かれたコンソールパネルに反射してキラキラと光る。室内に置かれた観葉植物の葉も、以前より一層鮮やかな緑色を湛えている。中央モニターには、太陽系の立体ホログラムが映し出され、その周囲を無数の光の粒子が飛び交っている。それらは、宇宙の**『歌』**に共鳴する新たな波動を示すものだった。
「水星、金星、火星…観測システムが、太陽系内のほぼ全ての主要惑星から**『歌』**の共鳴反応を検出しています、樹所長」
ヘリオスの報告に、ルナは思わず「!」と息をのんだ。その瞳は、新たな発見への抑えきれない興奮で輝いている。彼女の指が、流れるようにホログラム上の火星を拡大表示する。赤い惑星の表面を、柔らかな緑色の光の波紋がゆっくりと広がっていく様子が映し出された。その光景は、まるで長らく眠っていた惑星が、ゆっくりと目覚め、深呼吸をしているかのようだった。
「火星の地下水脈に、生命活動の兆候が活性化しています。これは、以前は確認されていなかった現象です…まるで、**『歌』が生命の眠りを覚ましているかのように…信じられない…」ルナは、ディスプレイに映るデータを凝視しながら、心の底から湧き上がる驚きを隠せない。彼女の科学者としての探求心が、猛烈な勢いで刺激されているのを感じた。*(樹君の『調律』*が、これほど広範囲に影響を与えるなんて…私の想像をはるかに超えているわ!)
翔太は、その光景に「うおっ!」と感嘆の声を上げた。両腕を組み、モニターにぐっと顔を近づける。彼の表情には、もう以前のような焦りや苛立ちの影は微塵もなく、純粋な探究心と、まるで子供のような無邪気な好奇心が満ち溢れていた。
「すげえ!マジで太陽系全体が**『歌』**ってんのかよ!じゃあ、木星とか土星のガスとかも、なんか変わってんのか!?」(こんなことが本当に起こるなんて、やっぱ樹はすげぇ!あの絶望的な状況をひっくり返したんだから、当然なのかもな…!)
「木星の大赤斑、土星の環、いずれも組成に微細な変化が見られます。特に、環の粒子間結合が強化され、より安定した状態に移行していることを確認しました」ヘリオスの合成音声は、普段の無機質さの中にも、わずかながら興奮の色を滲ませているように聞こえる。まるで、彼自身もこの壮大な現象の一部となっているかのように。
樹は、モニターを見つめながら、自身の内側から響く宇宙の**『歌』に意識を集中させた。それは、もう以前のような全身を焼き尽くす激痛を伴うものではない。今はただ、穏やかで力強い『生命の賛歌』**が、彼の心臓の鼓動と同期するように、深く響き渡っている。その響きは、彼自身の存在と宇宙が一体となったような、不思議な安堵感をもたらしていた。
「この**『歌』は、単に生命を活性化させるだけでなく、物質の構造そのものにも影響を与えている…」樹は、誰にともなく、しかし確信を持って呟いた。「まるで、宇宙が自ら『調律』を始めたかのようだ…僕が、あの時、『調律図』を再構築したように…」*(あの時の苦しみは、この『歌』*を呼び覚ますための、必要な過程だったのか…)
刹那は、樹の横顔をじっと見つめ、そっと彼の手に触れた。ひんやりとした研究室の空気とは対照的な、その指先の温もりが、樹に確かな繋がりを訴えかける。彼女の瞳には、遥か彼方の宇宙への畏敬の念と、そして何よりも、目の前の樹への深い信頼が宿っていた。彼の内なる葛藤や苦悩を知る彼女だからこそ、この奇跡がどれほどの重みを持つか理解していた。
「樹君の**『調和の意志』が、この『歌』をここまで広げたんだね。宇宙は、樹君の『想い』に応えてくれているんだわ」刹那の声は、どこか感動に潤んでいた。彼女の心の中には、彼の揺るぎない『想い』**が、ここまで広大な宇宙にまで届いたことへの深い感動と、誇らしさがこみ上げていた。(樹君は、本当に宇宙と繋がったんだ…この温かさが、その証拠…)
その言葉に、樹は静かに頷いた。あの絶望的な状況で、自身の全てを賭けて**『想い』を宇宙に届けた瞬間の記憶が、鮮明に脳裏に蘇る。あの時、全身を駆け巡った激痛の先に、こんな感覚が待っていたとは。その『想い』**が、今、現実に変化をもたらしていることを、彼は肌で感じていた。それは、苦痛と引き換えに得た、かけがえのない成果だった。
その時、ルナが、新たなデータに驚きの声を上げた。彼女の表情が、一瞬にして真剣なものに変わる。
「樹君、見て!木星の衛星エウロパから、これまでにない周波数の波動を検出したわ。これは…生命活動の兆候というよりは、もっと複雑な…まるで、メッセージのような**『歌』**よ!」
モニターには、エウロパの氷の下、厚い地殻の深淵から発せられているかのような、複雑な波形が映し出された。それは、これまでの**『宇宙の歌』**とは異なる、しかしどこか共通する響きを持つものだった。透明な氷の層の向こうに広がる、深い青色の海が、その波形に合わせて微かに脈動しているように見える。
翔太は「メッセージ!?」と叫び、前のめりになった。彼の目には、探求への好奇心が爆発する光が宿っている。
「マジかよ!宇宙人からの手紙ってやつか!?なんて言ってんだ、なんて言ってんだ!?」(うおおお、まさかマジでファーストコンタクト!?SF映画みてぇじゃねーか!)
「解析を試みていますが…非常に高度な情報を含んでいます。しかし、共通する**『共感』**の周波数が含まれていることは確かです」ヘリオスが冷静に答える。彼の声には、僅かながら、しかし確かな期待感が滲んでいた。
樹は、その波形に強く惹きつけられた。彼の**『調和の意志』が、エウロパからの『歌』に共鳴しようとする。彼はゆっくりと目を閉じ、意識を集中させた。彼の脳裏に、エウロパの氷の下に広がる広大な海の光景が、まるで自分がそこにいるかのように鮮明に浮かび上がる。そして、その深淵から、何かがゆっくりと、しかし確実に語りかけてくるような感覚に襲われた。それは、言葉ではなかった。しかし、その『歌』は、喜び、悲しみ、そして何よりも深い『探求の意志』を帯びていた。樹の心臓の奥底で、その『歌』**が共鳴し、呼応する。
「この**『歌』は…僕たちに、『共に探求しよう』と語りかけている…」樹は目を開き、静かに言った。彼の声は、その深い『歌』の影響を受けてか、いつもより落ち着き払っていた。*(この『歌』の先に、何があるんだろう…まだ見ぬ『調和』*が、きっと…!)
ルナ、翔太、そして刹那は、樹の言葉に息をのんだ。彼らは、宇宙の**『歌』が、単なる現象ではなく、『意志』**を持っていることを改めて実感した。その事実に、畏敬の念と、そして底知れぬ興奮が入り混じっていた。
「エウロパの**『歌』の解析を最優先します。この『歌』が、私たちに何を伝えようとしているのか、そして、どのような『調和』へと導くのか…」ルナは、決意に満ちた表情で言った。彼女の瞳は、新たな研究テーマへの情熱で燃えている。*(この『歌』*を解き明かせば、宇宙の真理に一歩近づけるはず…!)
翔太もまた、興奮を抑えきれない様子で頷いた。彼の顔には、満面の笑みが広がっている。
「おうよ!宇宙の**『歌』**の真髄、絶対に解き明かしてやろうぜ!」(樹と一緒に、もっとすげぇ景色を見れるんだ。最高じゃねぇか!)
研究室に、新たな探求への情熱が満ち溢れる。窓の外では、街路樹の葉がそよ風に揺れ、キラキラと輝いている。彼らの周りの世界もまた、宇宙の**『歌』に共鳴し、新たな一歩を踏み出しているようだった。宇宙の『歌』は、彼らをさらなる深淵へと誘っていた。その旅路の先に、どんな『歌』**が待っているのか、それはまだ誰も知らない。しかし、彼らはもう、一人ではなかった。
(第十七話 完)
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