ロマンスはおわらない
@mio_s
第1話加藤晴のミステリな日常
僕こと加藤晴は自他ともに認めるミステリ愛好家である。大学時代はミステリ同好会に所属していた。僕は書く才能に恵まれなかったが、作家とともに本を作りたいと思い、出版社に入社した。しかし、配属先はメンズ向けのファッション誌だった。自分の中で一番縁遠いジャンルである。
「おい、加藤!お前そのファッションなんだよ!」
「チェックシャツとジーンズですけど」
「チェックシャツは悪かねえよ。何で野暮ったい着こなしになっているんだよ。俺たちはメンズファッション誌の編集なんだよ。プライドはないのかよ!」
今日も服に関して編集長に怒鳴られた。すごすごと自分のデスクに向かう。正直仕事へのモチベーションは上がらない。転属希望を出したい。しかし、転属希望を出したくない理由がある。
「加藤くん、おはよう。今日も大変だったね」
隣の席の川瀬由美さんだ。彼女はとても僕に優しい。仕事のフォローしたり、お菓子をよくくれる。さっきもチョコをくれた。僕は彼女に恋をしている。彼女も僕を気に入っている雰囲気がある。そろそろ告白したい。デートに誘おうか。
「川瀬さん、明日の仕事の連絡です」
「ありがとう!あれ、なんかオレンジ?柑橘系の匂いがする」
よし、渡せた!渡したメモにはオレンジの液で、明日のデートの約束を書いた。川瀬さんはミステリは少々嗜むらしいので、柑橘系といえば炙り出し!と考えてくれるのではないだろうか。明日が楽しみだ。
次の日の夜。高層階のホテルのレストランでのディナーを予約した。夜景が見える席も確保してもらった。服は百貨店でマネキン買いをして、ベタだが赤い薔薇の花束を用意した。手痛い出費だが、彼女の喜ぶ顔が見たい。だが、二時間経っても彼女が現れない。炙り出しに失敗したのだろうか。
「お客様。お連れ様がいらっしゃらないようですが……お料理はどういたしますか」
「お金は二人分払うので、料理はとりあえず一人分ください」
泣きながらフルコースを平らげた。さすが一流ホテル。惨めな僕に神のような対応をしてくれた。
炙り出しが失敗したので、次は踊る人形にしよう。シャーロックホームズは世界的に有名だから、きっとわかってくれるはず。
次の日。踊る人形でどういうことを伝えたいか悩んでいたら、眠るのが遅くなり、寝坊してしまった。始業ギリギリになってしまった。朝会の時間になると、編集長が立ち上がった。
「今日は報告がある。川瀬くんが結婚して、遠方に引っ越すため、退社することになった。今月末までの出社だから、引き継ぎはちゃんとやること。とりあえず、川瀬くん、おめでとう」
周りはパチパチと拍手をしている間、僕は呆然としていた。花束をもらった川瀬さんは嬉しそうに笑っていた。
踊る人形の暗号はズボンの中でぐしゃりと握りしめた。
今日はミスばかりをして、編集長に怒られまくった。その日の午後は撮影があったので、撮影の間だけでも集中しようとした。撮影の後は直帰することにした。街をぶらぶらとしていると。
「あれ、ハルさんですか?」
「あっ、メロンさん! 奇遇ですね」
僕は毎週木曜日に『木曜会』というミステリ専門の読書サークルに参加している。互いをペンネームで呼び合うのが決まりだった。僕はそのままだか、「ハル」と呼ばれ、彼女は「メロン」と呼ばれていた。僕と彼女は同い年で違う大学に通っていた。僕は大学一年生の時から通っていたが、彼女は大学三年生の時から参加していた。彼女はミステリをあまり読んだことがないが、画力が高く、よく登場人物の似顔絵を描いてきてくれた。しかし、ここ最近彼女は見なかった。
「久しぶりですね。最近見なかったので」
「ちょっと仕事の関係で退会してしまったので……せっかくなので、そこのマックででも」
とりあえず近くのマクドナルドに入り、二人ともハンバーガーセットを頼んだ。
「メロンさんって、仕事は何をしているんですか?」
「こ、個人事業主です」
あからさまに濁された。あまり、追求されたくないらしい。
「僕は雑誌編集。本当はミステリを作りたいんだけど……」
そこから僕の仕事の愚痴が始まった。メロンさんはどんな話でも一生懸命にうなづいてくれる。今日あったショッキングな出来事まで話してしまった。
「それはショックでしたね。その人はたぶん誰にでも優しい人なんでしょうね」
僕の心臓にグサリと刺さる一言だった。
「暗号解いてみたいので、見せてください」
僕はズボンのポケットの中でぐしゃぐしゃになった暗号を皺を伸ばして彼女に見せる。
「I love you」
彼女が静かに呟いた。
「って書いているんですよね?今度は解読してくれる人とめぐり会えると良いですね」
彼女が話している間、何故かドキドキした。その時、彼女のスマホが鳴った。
「すいません。電話出てきます」
彼女は焦った様子で、小走りで店外に出る。ここから様子が見えるが、彼女は何度も頭を下げていた。きっと仕事関係の電話だろう。数分間そうしていると、やっと電話が終わったようだった。
「ハルさん、ちょっと用事ができてしまって。ポテト食べてください」
慌ただしく終わった再会。愚痴を聴いてもらえてよかった。次会った時には面白い話ができるようになっていたいと思った。そこで気づく。
「しまった!」
彼女の連絡先はおろか、本名すら知らない。しかも、暗号を解いてくれた人。加藤晴は今日も後悔している。
ロマンスはおわらない @mio_s
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