探偵と少女の危険な関係

尾羽つばさ

危険な関係

 夜の帳が降りて何時間経つだろう。寂れた探偵事務所の一室で、壮年男と少女がピザを眼の前にしながら過ごしていた。

 探偵のロイドは、同じビルで暮らす隣人の少女を預かっていた。少女は隣室で、母親を殺されたのだ。少女がその現場にいたわけではなく、母親に頼まれたお使いに出かけていたらしい。帰宅して、変わり果てた母親の姿を見たときの少女の心境は想像に難くない。少女は隣人であるロイドに助けを求め、ロイドが警察に通報したのだ。病院で母親の死亡が確認され、現場検証が終わり、一段落したところで、ロイドが少女に家に帰るように言ったのだが、少女の答えはこうだった。

「帰りたくない」

 母親を殺され、事故物件になってしまった家に帰りたくないのも当然だろうと考えたロイドは、落ち着くまで少女を預かることにしたのだ。

「そういえば聞いてなかったな。名前は?」

 ロイドは少女に尋ねる。

「ヘザー」

 少女は答えた。

「いい名前だ。年は?」

「十七」

 ヘザーと名乗った少女は、憂いを帯びた表情で問いに答える。その表情に、ロイドは魅せられていた。ヘザーの容姿は白く透き通るような肌、亜麻色の髪、長いまつげに縁取られた宝石のような緑色の目を持つ、類まれなる美しさだったのだ。

「辛かっただろう。お母さんが亡くなるとは……」

「人はいつか死ぬものだから。お母さんの場合、ちょっと早かっただけ」

 ロイドの言葉に、ヘザーはそう返す。年齢の割に達観した少女だと、ロイドは思った。

「ピザ、食べないのか?」

「いらない」

 ヘザーはそうつぶやく。ピザに興味がなさそうだ。確かにあんなことがあったら、食欲もなくなるだろう。

「せっかく頼んだのにな……」

 ロイドはそうひとりごつ。そして、立って窓まで歩き、カーテンを開いて窓の外を眺める。外は雨が降っている。視線を下に向けると、道路を走る自動車のヘッドライトの光が見えた。

「でも、おなかは空いてるの」

 背後からヘザーが言う。

「じゃあ、食べればいいじゃねえか」

 ロイドが振り向かずにそう言うと、背後にヘザーが近寄っている気配を感じた。

「私はこっちがいい」

 ヘザーのその言葉が聞こえると、ロイドは肩を掴まれて身体をヘザーのほうに向けさせられた。そして、ヘザーに首筋をキスされる。

「積極的じゃねえか」

 ロイドはニヤつきながら、そうつぶやく。だが、ヘザーは今度は首筋に噛みついてきた。

「ぐわあっ……!」

 ロイドは声を上げる。ロイドは血を吸われる感覚がした。ヘザーはすごいパワーでロイドの身体を押さえつけ、血を吸い上げていく。

 ロイドは倒れた。意識がもうろうとしている。ヘザーが自身の指に噛みつき、流れた血をロイドの首筋に垂れ流す感覚がした。そして、それが終わると視界にヘザーの指が入った。流れるその血は、夜のように真っ黒だった。

「これでもうおじさんは私のものだから」

 ヘザーの声が聞こえ、ロイドは意識を失った。

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探偵と少女の危険な関係 尾羽つばさ @obane153

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