突破王

パンチ☆太郎

第1話 

 俺は、自分が最強だと思っていた。

 若い頃は馬鹿もやった。

 そのせいで刑務所にも入ったが、出所後はその才覚を活かして金を稼ぐことができた。


 だが、どうしても勝てないものがある。

 生まれ持った才能。

 それと――老い。


 日に日に、体は衰えていく。


 全盛期と呼ばれた時期には、周囲に人が集まり、金も女も手に入った。

 だが今、金はあっても、体力はない。


 格闘家としては、もう求められていないのかもしれない。


 それでも、俺は――まだ戦いたい。

 この体が尽きるまで。


 男の名は、河野。

 身長177センチ。


 前髪を左右に分け、細い目に、つぶれた鼻。

 首には金のネックレス、黒いシャツにジーパン、高級時計に高級外車。


 見た目からして金回りの良さが滲み出ている。

 シャツの下から覗く筋肉は、質の良さを感じさせる。

 胸板が厚く、腕も引き締まり、指も太い。

 そのせいで、嵌めた指輪は少し大きめだった。


 隣に座る女は、長い髪をなびかせ、体のラインが強調された服を着ている。

 色白で、サングラスを掛けたその女――今話題のAV女優である。


 河野がプロデュースした試合でラウンドガールを務めた女だ。


 自分の理想にぴたりと重なる。

 通った鼻筋、はっきりした目元、程よい口元。


 ホテルに着くと、二人は本能のままに絡み合った。


 セキュリティの堅い高級ホテル。

 窓から見える絶景に目もくれず、河野は一泊数十万円の部屋を即決した。


 むき出しの欲望。

 まるで獣だった。


 女は顔を赤らめ、声を漏らした。

 体が熱を帯び、汗が滴る。


 昼が夕方に変わり、いつの間にか夜になっていた。

 電気もつけずに貪り合う。


 二人は何度も果てた。

 それでも河野は衰えなかった。


 女もさらに求めた。

 体の中の水分が枯れていくようでも、彼は何度も応えた。


 やがて、朝日が昇る頃、ようやく力尽きたようにベッドに沈んだ。


 リングに上がる。

 スポットライトが、両者を照らしていた。


 ロープをまたぎ、コーナーへ向かう。

 マウスピースをはめ、セコンドが気合を入れる。


 覚悟は、すでに決まっていた。


 対戦相手の体格も、自分と似ている。


 レフェリーに促され、二人は中央に立つ。

 拳に、力が入る。


 アナウンサーの声が響く。


「長谷川VSサンビスの対戦です!」


 距離をとる二人。


「ファイッ!」


 ゴングが鳴る。


 長谷川はステップを踏んだ。

 華麗な足さばき。

 鋭い息を吐き、左ジャブを繰り出す。


 サンビスはそれをかわし、右ストレートからのボディブロー。

 同時に反撃のカウンターを狙うが決まらず、逆に連撃を許す。


 そして、左フックが炸裂――

 サンビスがキャンバスに沈んだ。


 会場がどよめく。


 サンビスは黒人選手。

 長谷川より10センチは背が高い。


 レフェリーがカウントを取る。

 「エイト!」で立ち上がる。


 試合続行。


 今度はサンビスが猛攻を仕掛ける。

 だが長谷川は退かない。

 重心は安定し、打たれ強さを見せた。


 第一ラウンドが終了。


 試合は第八ラウンドまでもつれ、最終的に長谷川のTKO勝ち。


 鋭いパンチはなかったが、粘り勝ちだった。

 サンビスも決定打を打てず、互いに精彩を欠いた。


 観客の中には、かつての長谷川の勢いを知る者も多く、落胆の声も漏れる。


 長谷川は、かつて“地上最凶の男”と恐れられた世界ヘビー級王者・アンドレに賞賛されていた。


 島国から現れた小柄な男が、何階級も上の強者を倒す姿にアンドレは惹かれた。


 ヘビー級転向も期待されたが、それを選ばず独自の道を歩んできた。


 だが、年齢を重ねるごとに「キレがない」と評されるようになる。


 擁護の声もある。

 だが、観客が見たいのは、強敵をキャンバスに沈める、かつての長谷川なのだ。


 長谷川自身、それを誰よりも理解していた。


 どれだけ練習を積んでも、衰えには勝てない。

 次々と若手が台頭する中、

 ――負けるまでは引退しない。

 それが、彼の覚悟だった。


 河野は女を抱いた後、仕事へと向かった。


 実業家、そしてインフルエンサーとしての顔も持つ彼は、多忙を極めていた。


 この日は、自らが主宰する格闘技大会「ノックアウト」のオーディション番組の収録だった。

 その映像は、世界的動画投稿サイト「Y・MOVIE」で公開される。


 続いて、彼が代表を務める芸能プロダクションのマネジメント、さらには飲食店の打ち合わせ。


 多忙な日々の中でも、河野は欠かさずジムに通い、スパーリングを重ねる。


 縄跳びも筋トレも、有酸素運動もやらない。

 すべてはスパーリングで調整する――それが彼の流儀だった。


 そんな姿に、若者たちは熱狂した。

 河野を慕う者は多かった。


 しかし、先日行われた試合で、彼は敗北を喫した。


 相手は柳川――全身にタトゥーを入れた男。


 試合前のマイクパフォーマンスで河野を挑発する。


「あんたの時代は終わった。格闘以外にうつつを抜かしてる奴に、俺は負けない。」


 その言葉どおり、柳川は圧倒的なKO勝ちを収めた。


 スパーリング以外にも、高重量トレーニング、有酸素、減量――あらゆる努力を積み重ねた結果だった。


 若者たちは河野に失望した。

 だが、柳川はリング後、こう語った。


「俺は、河野さんに憧れて、格闘を始めたんだ。」


 注目は柳川に移ったが、河野の格闘家としての地位は、完全に失われたわけではない。


 ただ――「絶対王者」としての神通力は、もう残っていなかった。

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