第41話 白無垢

「真直さん、素敵! とってもお似合いだわ」

「ありがとうございます。こんなに素晴らしい素敵な白無垢を作っていただけて、とても嬉しいです」


 今日はとうとう完成した白無垢の試着をしていた。

 仕上がるまで誰も白無垢の進捗を教えてくれず、奥様からは「期待して待っててちょうだい」と言われてはぐらかされ続け、どんな白無垢ができあがるのかずっと楽しみにしていたのだが、言われた通り想像以上の仕上がりに感動する。


 千金楽の生糸をふんだんに使った白無垢は肌触りがとてもよく、光沢があり、お蚕様の刺繍まで施されていた。

 着てみると暑いかと思いきや、案外涼しい。また、私の身体にぴったりと馴染む大きさで、私を引き立ててくれるのが自分でもよくわかるほど素晴らしい仕立てであった。


「真直さんが一生懸命お世話してくれたお蚕様達からいただいた生糸よ。とても手触りがいいでしょう? 質感も申し分ないわ。真直さんがいつもせっせとお世話してくれたから、いつにも増して上等な生糸が紡げて、こんなに美しい白無垢になったのよ」

「そんな……何よりもお蚕様達や奥様達の助力あってこそですが、私が少しでもそのお役に立てたなら光栄です」


 自分の行いを褒められて面映い。

 まだまだ褒められ慣れていないせいでどうにも返す言葉に困るが、それでもやはり褒められるのは嬉しかった。


「当日が楽しみね」

「そうですね。私もとても楽しみです」

「そういえば、有馬は完成した指輪の引き取りに行ってるのだっけ?」


 結局、結婚指輪は伯母に紹介してもらった指輪職人の馬宮さんに依頼をしていた。特注で、造形などを私と有馬様と馬宮さんで決めながら作ったのだが、本日完成したとのことで有馬様が取りに行ってくださっているのだ。


「はい。もうそろそろお帰りになるとは思いますが……」


 奥様とそんなやりとりをしていると、何やら部屋の外が騒がしくなる。

 いったい何の騒ぎだろうかと奥様と見つめていると、花らしき声が近くから聞こえてきた。


「もー、有馬様ー! ダメですってばー!!」

「どうしてだい。夫である僕にも見る権利があるだろう?」

「ですから、当日までのお楽しみだってさっきから言ってるじゃないですか! あっ、こら! ちょ……まっ!!」


 声が近づいてきたと思ったらそのまま開く襖。それと同時に有馬様が入ってきたと思えば、一瞬驚いた表情をしたあと破顔するなり飛びつかれる。


「真直さん……! あぁ、なんて美しいんだ! すっごく似合ってるよ!! 本当に可愛いし、綺麗だし、素敵だよ!」

「あ、ありがとうございます」

「こら、有馬! 勝手に入るなって言われてたでしょう!」


 私に抱きつく有馬様をすかさずベリッと引き剥がす奥様。さすが母親である。


「言われていたけど、僕は夫として誰よりも早く妻の晴れ着姿を見る権利があると思う」

「そんな屁理屈を言って! というか、真直さんにくっつかないでちょうだい。せっかくの白無垢に皺がついちゃうでしょ」

「それに関しては……申し訳ないです」

「全く。とりあえず、真直さんとお話したいならあとにして。まだ細々としたものの打ち合わせがあるんだから。ということで、花ちゃん美代さん、有馬を追い出してちょうだい」


 奥様が言うなり花と美代さんに両脇をガシッと掴まれ、有馬様は引きずられるように部屋を追い出されていく。

 その姿は病弱だったときからは想像もつかない姿である。


「まったくもう。元気になったのはいいことだけど、元気すぎるのも困りものだわ。ごめんなさいね、あんなのが旦那で」

「いえ。有馬様のおかげで毎日が楽しいですから」

「そう? なら、いいのだけど。真直さんにそう言ってもらえてよかったわ。……さて、あまり待たせると有馬が煩いし、さっさと会場のこととか小物とか決めましょうか」

「はい」


 いつのまにか戻ってきていた花と美代さんも一緒に、祝言で使う小物や調度品などの話をする。

 みんなそれぞれ意見を言いつつ、私の意見を何よりも尊重してくれるのを内心嬉しく思いながら、打ち合わせを進めるのだった。



 ◇



「やっと真直さんを独り占めできる」

「もう、有馬様ったら大袈裟ですよ」


 祝言の打ち合わせを終え、白無垢から紬に着替えて有馬様のいる私室へとやってきたのだが、入室するなり抱きすくめられて、今は座っている有馬様に向かい合うように座りながら腕の中に閉じ込められている状態だ。


「大袈裟じゃないよ。ずっと母さん達に真直さんを独占されて、白無垢姿も全然見せてもらえてないし」

「でも、以前から当日のお楽しみだって言ってたじゃないですか」

「そりゃ当日見るのももちろん楽しみだけど、当日は色々とバタバタしてるだろう? だから、できるだけ見られるときにじっくりと素敵な白無垢姿の真直さんを見たいんだよ」


 まっすぐに見つめられて、頬が熱くなる。

 いつもいつも、有馬様は臆面もなく好意をぶつけてくれるのは嬉しいのだが、やっぱり慣れてない私はどうしても照れてしまう。


「……では、祝言を終えたあとにしっかりとご覧ください」

「約束だよ?」

「はい。約束しますから」


 そう言って小指を出すと指切りをする。

 無事に指切りを終えて有馬様を見れば、ゆっくりと重ねられる唇。


「……真直さん」


 そのまま畳の上に押し倒されそうになって、私はハッと我に返って「ま、待ってください……っ」と有馬様を制した。


「どうしたの?」

「指輪! 指輪を見せてもらうお約束では?」

「……あとでもいいんじゃない?」

「ダメですよ。もし不良などがあれば早めに連絡しろと言われてたじゃないですか。指輪が先です」

「ちぇ。……わかったよ」


 不服そうながらも、有馬様は私に覆い被さっていた身体をどけてくださる。

 なんだかんだ言いつつも、私の気持ちを尊重してくれるところはありがたかった。


「これが指輪だよ」


 差し出された箱を開けるとそこには対になっている指輪が二つ。

 とても綺麗な輝きを放っていて思わず見惚れてしまった。


「……すごい。なんて素敵なんでしょう」

「可愛いよね。この指輪に絡まったような糸の感じが想像以上にさりげないし、この中央の部分のお蚕様の造形もとても素敵だよね」


 せっかく自分達で選んで作れるならと、養蚕業を営んでいるということでお蚕様の要素を取り入れた指輪を仕立てたのだが、想像以上に素敵な仕上がりになっていてときめく。

 さすが有名で人気の職人だというのも納得の出来である。


「大きさの確認もしないとだから、つけてみようか」

「はい」


 有馬様から「手を出して」と言われて、私は言われた通りに手を差し出す。

 差し出した手を優しく取られると、薬指にゆっくりと指輪を通された。


「うん。大きさもちょうどいいね」

「はい。では、有馬様も嵌めてみましょうか」


 今度は私が指輪を手に取り、有馬様の左手の薬指へ指輪を慎重に通す。途中、指の節に引っかかったものの、どうにか奥まで通すことができた。


「有馬様のも問題なさそうですね」

「そうだね。……真直さん」


 不意に指輪を抜かれたかと思えば、そのまま目の前で有馬様が跪く。

 そして、指輪を掲げるように差し出された。


「ちゃんとした求婚ができてなかったから、改めて言わせてほしい。……真直さん、愛してる。僕と結婚してください」


 有馬様からまっすぐに見つめられる。

 その眼差しは真剣そのもので、胸がいっぱいになる。


 初めは愛のない結婚だったはずなのに、愛し愛されて、今ではこんなにもこの結婚が愛おしいものになるなんて想像もしていなかった。


「はい。喜んで」


 差し出された指輪を受け取ると、自然と溢れる涙。

 私が溢れ出す涙を隠すように手で顔を覆うと、その身体ごと包み込まれるように有馬様に抱きしめられるのだった。










 終

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真直の嫁入り 鳥柄ささみ @sasami8816

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