水晶の共鳴 - 古代の予言と未来の科学
@namjay13
第1話 地球の終わり、バンコクと共に
「私が開発したAIアルゴリズムによると、地球の磁場に異常な変動が発生しています。その変動が地球自体の回転軸に影響を与え始めています。すなわち、地球の位置関係が太陽系内で変わりつつあるのです」
バンコク北部、チャオプラヤー川沿いの「コスモス・タイ先端科学研究センター」からグローバルな科学コミュニティに緊急データが送信されたのは、朝7時43分だった。街はまだ目覚めきっていない。朝のラッシュ前のわずかな静寂の中、この一報が意味するのは「地球の終わり」だった。
「我々の観測によれば、地球の自転軸が過去12ヶ月で0.3度傾き、その変化率は加速しています。このままでは数週間以内に地球全体の気象システムが崩壊し、都市機能が麻痺する可能性が93.7%に達しています」
モニターの前で語るのは、タイ随一の気象物理学者、ソムチャイ・ウィチャイサワット博士。38歳にして既に国際的な名声を博していた彼は、4年前に結成された「気候異変緊急対策チーム」のリーダーだった。その隣には、環境工学と量子計算の専門家である佐藤真理(サトウ・マリ)博士(通称マリー)が立っていた。日本人の彼女は5年前、東京大学での研究を中断し、祖父の遺した古文書に記された予言を追ってタイに移住。当初は懐疑的だったソムチャイも、彼女の卓越した科学的知見と直感的アプローチに心を開き、共同研究者として迎え入れていた。
太陽系に異変が起き、タイの大地もまた変わり始めていた。乾季にもかかわらず、バンコクでは突如として大雨が降り続き、アユタヤでは地割れが発生し、世界遺産の寺院が傾いていた。市場ではスピーカーから政府の警告音が鳴り響き、人々は混乱の中、一部は近代的な避難所へ、一部は祖先からの習慣で寺院に駆け込み、僧の祈りにすがっていた。
政府は国外退避を促したが、航空券はすでに取れなくなっていた。出国できない人々は、寺院や学校、巨大ショッピングモールなどに避難所を設け、自給自足の生活を始めていた。スマートフォンのアプリが避難指示を次々と通知する中、古くからの習慣と最新テクノロジーが混在する奇妙な光景が広がっていた。
だが、ほんの一握りの人々だけが知っていた。この地球の危機は「偶然」ではなく、「計画」だったことを。
〇宇宙からの警告
研究センターの最上階、ソムチャイ博士の特別研究室。壁一面に広がる巨大なホログラフィック・ディスプレイには、太陽系全体のシミュレーションが映し出されていた。太陽の極が変化し始めた頃から、この異変のデータはコスモス先端科学研究センターの量子予測システムによって、起こりうる可能性の高い事象として計算されていた。
研究室の空気が震えるような感覚があり、突然、部屋の中央に光の柱が現れた。それはやがて半透明の人型に変わり、穏やかな声で語り始めた。
「コスモス先端科学研究センターの皆さん。私たちは太陽系の調和を維持する連合体から来ました。我々の観測では24時間以内に、我々の高次元船団を地球に派遣することを決定しました。これはベータ・ケンタウリからも参加する多惑星間の救援作戦です。この行為は地球の現状を考えれば異例ですが、それ以外に地球を援助する道はないと我々は判断しました。」
真理は信じられない光景に目を丸くした。だが、ソムチャイは冷静さを保っていた。彼は3年前から、この種の「接触」を受けていたのだ。
「地球は我々の計算では急激な地軸の傾きによる自転の不安定化が、地球の大気上層と地球内部のマグマの流れに大きな変化をもたらします。その結果、地球上では超大型ハリケーンが発生し、地震、火山の噴火が連鎖的に起こり、森林火災が制御不能になるでしょう。特に環太平洋火山帯は完全に不安定化し、日本の東京は地下のマグマドームが崩壊することで一瞬のうちに陥没する可能性が87.3%に達しています。」
「これは過去の地質記録にも見られる大陸移動や沈没に似た現象ですが、今回の場合はそれだけに留まらず、地球は公転軌道を外れ、制御不能な彗星のように太陽系外へ飛び出す可能性があります。その時、地球上の生命体は重力の急激な変化により、時空間の歪みに捕らえられるでしょう。つまり、量子レベルで時間の流れが変化し、原子構造も不安定になると同時に、地球自身が特異点に向かって収縮していく可能性があるのです。」
「これは地球上の古生物学で確認されている、瞬間的に凍結したマンモスに似た現象です。地球が安定した磁場を維持できなくなると、物質構造が崩壊し、通常の三次元空間から切り離されるでしょう。人間の意識は物理的な死を超えて、現実と幻想が混ざり合った状態に閉じ込められる可能性があります。それは人間が「夢」と呼ぶ状態に近いかもしれません。」
「永遠に続く夢の中で閉じ込められることを想像してみてください。そこでは各個人の意識によって知覚が異なり、共通の現実は存在しません。しかし、現代の地球人は既に思考的には個々に分断され、各自の情報バブルの中で生きています。危機はそれが物理的現実になるだけなのです。つまり地球人の集合的無意識が現実化し、地球そのものが変容するのです。」
「そのとき、人類は孤立した意識として生存することが不可能だと気づくでしょう。しかし、時すでに遅し。一人一人が異なる現実を経験する中で、どうして共通のコミュニケーションが可能でしょうか。現代の地球人は今の状態でさえ共通の課題に協力できず、各自がソーシャルメディアの中で自己完結した宇宙を作り出しています。それがさらに悪化した状態では、意識の共有は不可能でしょう。我々は同じ宇宙を分かち合う存在として、この事を地球人に警告したいがために何度も接触を試みているのです。」
研究センターの科学者たちは騒然とし始めた。24時間以内に地球上空を無数の未確認飛行物体が飛来するという事は、確実に全世界をパニック状態にするという事と同じだった。
「早い、来るのが早すぎる。まだ我々が解決すべき問題は山積している。今の状態をテレビやソーシャルメディアを通じて人々に知らせようとしても、ただ混乱を招くだけだ」
ソムチャイはそう考えた。彼は若いながらも冷静な科学者だった。だが、研究室の何人かの若い研究員たちは興奮気味に騒ぎ始めた。
「宇宙船が来るって!」 「ついにファーストコンタクトだ!」
ソムチャイはやや怒り気味に研究員たちに言った。
「冷静になれ!個人的な感情で判断するな。彼らの来訪は我々の科学力だけでは解決できないという事実を示している。しかし、我々は何のためにここまで努力してきたのか。単なる個人的好奇心だったのか。我々の科学は彼ら宇宙文明の進んだ科学に比べれば劣るのかもしれないが、諦める理由にはならない。我々には多くの人々の協力と資源が必要だっただけだ。地球から逃げることが解決策ではない。地球自体が我々の宇宙船なのだ。この世界で生きられない者は、他の世界でも生きられない。それは科学的事実だ。」
研究員たちはソムチャイの言葉に沈黙した。彼は落ち着いた声で通信を再開した。
「宇宙連合体にお答えします。問題が急激に悪化していることは認識していますが、今この段階での大規模な宇宙船の出現は地球の人々をパニックに陥れるだけで解決にはならないと考えます。まだ地球の人々全体が心理的に準備できていません。UFOの目撃例は増えていますが、それを人類の大多数が科学的事実として受け入れているとは言えません。危機に対しても、まだ地球規模での協力体制を構築する可能性があります。それゆえ、まずは御連合体の代表者数名と非公開で協議し、適切な対応策を検討したいと思います。」
〇佐藤真理博士と古代の叡智
研究センターから少し離れた場所、バンコクの古い寺院。佐藤真理はここで古代のタイの叡智を求めていた。彼女は科学者でありながら、日本の神道とタイ仏教の交点に深い関心を持っていた。祖父は日本の古神道の研究者で、タイの僧侶との交流を通じて、両文化に共通する「地球の脈動」について研究していたのだ。
「師よ、この異変は何故に起き、どのようにして解決できるのでしょうか?私の祖父もかつて同じ質問をしたと聞いています」
「マリーよ、よく聞きなさい。あなたの祖父、佐藤厳道も同じ質問をした。この宇宙には全ての現象が既に織り込まれている。生命は全て宇宙の一部であり、宇宙を離れて生命は存在し得ない。宇宙の彼方から来た存在たちでさえ、この真理を完全には理解していない。彼らは地球の終わりを予言するが、生命がある限り終わりはない。彼らが終わりだと予測することは、実は新たな始まりでもある。始まりは終わりであり、終わりは始まりなのだ。その循環こそが永遠なのだ。日本の神道で言う「産霊(むすび)」の原理、タイ仏教で言う「パティッチャサムッパーダ(縁起)」の真理だ。」
老僧は穏やかに微笑みながら続けた。
「この永遠の中に様々な原因があって様々な現象が生まれ、様々な性質と実体、様々な力と作用、様々な縁と結果がある。それらが全て関係し合い一体となって存在している。古代では、これをアカーシャ・レコードと呼んだ。今日的に言えば、量子情報場のようなものだ。ここに全ての出来事は記録されている。」
真理の前にタブレットがあった。彼女のAIアシスタントがその会話を録音し、3Dホログラムで宇宙の姿を描き出していた。彼女は祖父から受け継いだ水晶のペンダントを握りしめていた。不思議なことに、その水晶がホログラムと共鳴するように輝いている。
「現代の量子物理学でも同様の理論が提唱されていますね。量子もつれや非局所性の概念...日本の『気』の概念や、仏教の『縁起』の教えと驚くほど一致します」真理が口にすると、老僧は穏やかに頷いた。
「その通り。古い知恵と新しい科学は、違う言葉で同じ真理を語っているのだ。今、地球を取り巻く磁場の変化は、太陽系全体のリズムの乱れから来ている。遠くの惑星系の動きが、私たちの太陽系に影響を与えているのだ。」
「太陽系外惑星の引力が作用している可能性があるということですね?」真理は自分の専門分野に引き寄せて理解しようとした。
「物理的な引力だけではない。意識のレベルでも相互作用がある。人類の集合意識が地球の物理的な状態に影響を与えているのだ。科学者であるあなたでも、瞑想をすれば理解できるはずだ。マリーよ、あなたの祖父が教えた神道の瞑想法を思い出し、そこにタイの瞑想法を重ねなさい。静かに目を閉じて。」
真理は目を閉じ、老僧の指示に従った。彼女は幼い頃、祖父から教わった神道の瞑想法を思い出した。自然との一体感を感じる「神懸かり」の状態。そこにタイの瞑想法を重ねると、彼女の意識が拡がり始めた。水晶のペンダントが温かくなり、地球を取り巻くエネルギーの流れが見え始めた。それは科学的なデータとは違うが、何か深い真実を含んでいた。
「見えますか?地球を取り巻く光の網。それが歪み始めている。これは物質レベルでの変化の前兆なのだ。あなたの祖父も同じものを見ていた。彼が残した古文書には、この危機と、日本とタイに古代から伝わる解決法についての手がかりが記されているはずだ。」
「ではどうすれば...」真理が尋ねかけたとき、彼女のスマートフォンが鳴った。ソムチャイからの緊急連絡だった。
「マリー、すぐに戻ってきてくれ。新たな展開がある。太陽系連合体の代表者が直接研究センターを訪れることになった。君の量子計算の知識と、祖父から受け継いだ古代の知恵が必要だ。」
真理は老僧に深く会釈し、急いで立ち上がった。
「師よ、またお話を伺いに来ます。祖父の古文書を持って。」
「行きなさい、マリー。だが忘れないで。科学だけでは解決できない問題もある。日本とタイに伝わる古代の知恵と現代の科学、両方が必要なのだ。あなたの祖父が求めていたのは、その融合だった。」
彼女はタクシーに飛び乗りながら考えた。地球の危機は科学的現象であると同時に、もっと深いレベルでの問題なのかもしれない。ソムチャイの科学的アプローチと、老僧の精神的アプローチ。そして祖父が残した古文書に記された予言。それらを統合できるのは、日本とタイの文化の架け橋となった自分しかいないのかもしれない。
研究センターに急ぐタクシーの窓から、彼女はバンコクの街を見た。現代的な高層ビルと古代の寺院が並び立つこの都市は、まさに過去と未来の融合の象徴だった。それは京都の風景を思い起こさせた。日本とタイ、過去と未来、科学と精神性。これらの融合こそが、地球の存続の鍵かもしれない。
タクシーが研究センターに到着する頃、空には不思議な雲が広がり始めていた。それは自然の雲というより、何か人工的なパターンを示していた。同時に、真理のペンダントが強く脈打つように輝いていた。祖父の古文書に描かれていた「天の印」そのままの雲の形。地球の危機は、すでに始まっていた。
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